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15-8

【14】


 バーディがバレルの懐に入るものの、彼女は至近距離からの拳を受け流すと肩に手を置く。彼女はそのまま跳び上がると彼を飛び越え、空中で逆さの状態から回し蹴りを繰り出す。更に、着地したバレルは怯んだ彼にラリアットを叩き込んだ。

「ぐおっ!?こいつ!」

 彼は回転して彼女を振り払うと、スライディングでその足を崩そうとする。しかし、それを事前に読んでいた彼女はそれを難なく躱すと、逆に彼の胸に膝蹴りを命中させた。だがバーディは根性でそこから動き、反撃の拳を彼女の腹に叩き込む。

 両者が距離を取るも、すぐに殴り合いが再開した。そこにラジオからの連絡が来る。

『バンカー司祭、そろそろ議事堂の部隊を鎮圧できます!』

「承知!もうLSTは壊滅寸前だな!」

 その時、バーディの拳が逸れたかと思うとバレルの耳元の無線機を外し握り潰す。これで仲間との連絡が取れなくなったと考える彼であったが、実際のところラジオは付近の車のオーディオを使えばいくらでも連絡が取れるのだ。

 その隙に彼女は彼の腹へ拳を叩き込む。

「正々堂々やろうか!」

「政府の犬が何を!」

 あらゆる身体能力や権能が対等になった今、技量による実力差は圧倒的だった。だが、必死に食らいつくバーディの攻撃はたまに思いもよらない力を見せる。追いかける彼女に彼は至近距離から網目状の斬撃を放った。彼女はそれを躱すが、そこに一筋の斬撃が直撃し動きが止まる。

「これが民衆の答えだ!政府に飼われたい民衆の!」

 怯んだ彼女にバーディが跳び蹴りをぶつけ、吹き飛ぶ彼女を追いかけて追い打ちをかけようとする。既に全身がボロボロの彼に後はなかった。もうここで全てを出し切る以外に、未来はないのだ。

 彼がバレルに拳を振るう。

「何故不正を許す!何故声を上げない!」

 何度も繰り出される拳にバレルも次第に捌き切れなくなっていき、弱った彼女に何発かが命中する。両者共に長期戦から衰弱していた。

 至近距離から網目状の斬撃が彼女に命中し、皮膚から僅かに出血する。

「あと何人死ねば考えを改めるッ!?」

 バーディが回し蹴りを放ち、咄嗟に両手で受け止める彼女だったが耐え切れず飛んでいく。バレルは地面を転がると両手で跳ね、よろめきつつも着地して構えを取る。その体からまだ戦意は失われていない。

「正しくても暴力に出てどうする!何故正面から戦わない!」

「お前たちが……抗議を鎮圧したせいだろうがああ!」

 向かい合った二人がその号令を合図に駆け出した。拳が接触するまでの一秒にも満たない時間にバーディは必死に考える。決着を付ける方法を。

「(奴は俺の攻撃をカウンターする気だ……なら!)」

 彼が姿勢を低くして横に逸れ、ラリアットの構えで迎え撃つバレルを襲う。

「(この一撃は避けられない!)」

 だが、それは浅はかな予想だった。バレルは倒れそうなほどに腰を落とすとそのままバーディにタックルする。ラリアットを搔い潜った不意打ちの一撃は彼を押し倒し、立ち上がったバレルが踵落としを胸に叩き込む。

 その刹那にバーディが斬撃を放つが、彼女の頬に傷を付けるだけに終わった。

「そ……そこまで……腐敗した世界が好きか」

 それだけ言うと彼は意識を失った。バレルも体力が底つき地面に寝転がる。祭具の鎖のリングが消滅し、元の駐車場に戻っていった。鎖の消えた先から藍川が現れ彼女の下へ歩いて行き、天井を見つめる彼女を見つめる。

「格上にしか使えず確実に持久戦ってのはキツイな」

「……だが、正々堂々戦える権能だ」

「お前らしくはあるな、バレル」

 藍川が彼女に手を差し伸べ、バレルは立ち上がった。




【15】


「散々な結果に終わったな」

 議事堂の廊下、政府の職員が忙しく往来する中で藍川は呟いた。全身包帯でグルグル巻きのバレルはベンチに座っており、立っているラジオは珍しく祭具の刀を消している。流石に議事堂内で帯刀するほどの馬鹿ではない。

 ボロボロのバレルが顔を上げる。

「……ラジオ司祭、累計の死者は」

「推定では約六白人だと。死体の大半が紛失しましたが……」

「ギョロ目が持って行ったな。監視してたがやられた」

「ホント情報統制が大変でしたよ」

 落ち目のテロリストに兵器や司祭を渡して焚き付け、自分は死体だけ回収して逃げる。それがギョロ目ことヴィスナのやり方だった。奴に関する証拠はもう残っておらず、テロ事件だけが解決しただけに終わったのだ。

「LSTは全員逮捕拘束済み、事件解決です」

「……解決か」

「それでは、うちの手の者に報告してきます」

 そう言うとラジオは敬礼してその場を立ち去り、廊下の奥へと消えていく。いつもよりも人通りの多い議事堂、ラジオの足音は簡単に掻き消されてしまう。そしてその音は次第に大きくなっていき、二人は奥から誰かが来ていることに気が付く。

「大統領、今回の事件を受けて……」

「大統領!」

「ああこけそうだ。道を開けてくれ」

 歩いて行く大統領とそれを追うマスメディアの記者。邪魔をされて少し面倒くさそうな顔をしていた大統領は、何とかそれを顔に出すまいと抑え込んでいた。

 それを眺めていた藍川達二人。

「悪運が強いな大統領も」

「まあ、ウチの職員が付いていたからな」

「……それもこれが最後だが」

 そう言う藍川の言葉の意味を理解できないバレルだったが、これからそれを理解することになる。藍川は大統領のことを睨むように見つめ続け、何かに気が付いたかのように目を見開く。

 不審に思うバレル。

「どうした鈴?」

「……すぐに分かる」

 そして、男は一言だけ言った。

『自供』

 途端に大統領は足を止める。そして震えながら真実を話し始めた。

「わ、私は麻薬カルテルと協力関係にあり、資金提供を行っている」

「……は?」

「八年前、当時の大統領を降ろす為にカルテルに利用しテロをさせた」

「……待て、八年前だって?」

 八年前のテロ、それはバレルの弟が死んだテロのこと。唐突な大統領の告白に周囲の記者は何も反応できず、言葉の意味を理解したバレルは信じたくない真実を聞かされる。彼女の表情は次第に青ざめていくが、対極に記者は興奮していく。

 藍川は冷ややかな目で全てを見ていた。

「対立候補の暗殺も同様の手口だ。また、人身売買にも関与している」

「で、ですが警察は無関係と発表を!」

「カクリコンには私が賄賂を握らせた。警察は麻薬農園を警備してる」

「何故今自供を!?」

「理由はない。証拠はこのUSBに。自宅のベッドにも証拠がある」

 周囲の政府職員が騒ぎ困惑し始め、大統領からUSBを受け取った記者は震えていたがすぐにその場を後にする。国のトップが大規模の犯罪を自供したという一大事件に記者は遅れて大騒ぎし、怒号と質問の声が響き渡る。

 そこに副大統領が駆けつける。

「お前達何してるんだ!?」

「彼は人身売買のルートを開拓した。利益は私が四割、彼が三割」

「なッ!?大統領!」

 その時、大統領が正気に戻り周囲を困惑した目で見渡す。

「えっ……私は何をしていたんだ?」

「副大統領!今の発言は事実ですか!?」

「犯罪に加担を!?」

「黙秘だ!黙秘する!下がれ!離れろッ!」

 大統領だけでなく副大統領の周りにも記者が駆け寄り、事態に困惑しつつも警備員がそこに割り込んでいく。しかし、騒ぎを聞きつけた警察官が大統領達を捕まえようと更に割り込む。

 混沌とした状況の中、バレルは藍川を見上げた。

「ま、まさか君が……権能を!?」

「偶然心を読んだらこれだ。俺は……犯罪を見逃さない」

「……じゃあ、最初からこうしていれば……!」

「……」

 こうして、大統領による数年間に渡る悪政は終わった。




【16】


 沢山の人が往来する空港は普段に増して混雑していた。二階部分から下を見下ろす藍川はぼんやりとしながら雑踏を眺めている。数日前のテロ騒動で観光客やビジネスで来ていた者が引き返そうと殺到し、従業員はてんやわんやだ。

 彼が木製の椅子に座りアイスティーを飲み干す。

「良かった。もう行ったかと思ったよ」

「いや、待ってたんだバレル」

 エスカレーターから真っ直ぐに歩いて来たバレルは彼の向かいの椅子に座る。彼のコロンビアでの任務は完了した。テロリストのLSTは全員が逮捕され大統領は無事生存。ついでで大統領の心を操って犯罪の自白をさせたが、もうやり残しはない。

 彼女が空港の電光掲示板の方を向く。

「……てんやわんやだ。大統領の悪事が次々と暴かれていく」

「……それが吉と出るか凶と出るかは、俺には分からんな」

「滅茶苦茶だが正義は果たされたんだ。良い事だよ」

 苦笑いでそう答えるバレル。藍川のやり方は正々堂々とは言えない。彼は権能を使って大統領に無理やり自白させることで罪を暴いた。しかし、それは人の秘密を暴く行為で悪人と言えど尊厳を踏みにじっていたのだ。

 それでも、そうしなければ大統領を逮捕できなかった。

「これから余罪が調べられる……マシな国になるさ」

「……」

「LSTの主張は間違っていなかった。大統領は犯罪者だ」

 彼らは自分達の信じる正義に殉じて戦い、国民に必要とされていないと思った彼らはやけを起こした。大統領に苦しめられた被害者は正義を果たそうと革命を願った。だが、全ては実現しなかった。

 バレルが自分の頭を抱える。

「思うんだ……私達は何もしない方が良かったんじゃないかって」

「……まあ、追い詰めた結果虐殺が起きたわけだ」

 大統領の暗殺を阻止する為に藍川達は動いた。しかし、追い詰めた結果として彼らはやけになる以外に道がなかったのだ。何もしない方が被害が少なかったという現実は、彼女にとって受け入れられない真実だった。

「弟の死の原因はあいつなのに……私はあいつを守ったんだ!」

「正しいことだろ……」

「正しいさ……正しいが……間違えた方が良かったんだよ」

 正々堂々であることがバレルの信条だ。間違えず真っ直ぐに生きることが結果的に良いと信じていたというのに、世界は彼女が嫌う間違った方法でようやく動いたのだ。それはあまりにも残酷な話だった。

 席から立ち上がった彼が歩き出しバレルの肩に手を置く。

「間違ったやり方で解決しても、また別の問題が出るだけさ」

「……」

「バレルはそのままでいてくれ。ずっと、真っ直ぐに」

 肩を掴む手が少し強くなったと彼女が思うとすぐにその場から離れる。エレベーターに向かっていく彼を放っておけなくなり、咄嗟に動き出したバレルは背中から彼を抱きしめた。藍川は何の反応も示さずにその場で止まる。

「……ここでは……何もなかった。俺達は出会わなかった」

「……そうか」

「それがお前にとっての幸せで……正しさなんだ」

 そう言って彼は振り返らずに歩き出し、エレベーターに乗った彼は下っていく。視界の端へ消え、その場に取り残されたバレルは彼の居た方をずっと見つめていた。最後まで言いたい言葉は言えないままで。

 誰も居ない場所に彼女はそっと呟いた。

「さようなら、私の思い出」

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