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15-7

【12】


『藍川!応答して藍川ッ!』

 地下駐車場、並んでいる自動車のカーラジオから最大音量でラジオの声が響く。応答のない彼に呼びかけ続ける彼女だったが、当の本人である藍川は無反応を貫いている。それは決して聞こえていないというわけではなく、聞こえてもいても理解ができていないのだ。

 項垂れる彼の心に声は届かない。

『六台が議事堂に行った!バレルは足止めを受けてる!』

「ん?六台か。俺が行けば政権奪取は確実だな」

 そう言ったジョンは飛び蹴りを藍川に命中させ、大きく吹き飛んだ彼は駐車場の壁に大きな亀裂を作る。仮にもΩ+だけあって頑丈な彼はまだ意識があったが、サンドバッグにされたこともあり既に血塗れでかなりの骨が折れてしまっていた。

 それでも、藍川は動こうとしなかったのだ。

「……来春、もう殺してくれ」

「お望み通り殺してやるよッ!」

 うわ言を話す藍川に加速するジョンが迫る。最高速度の拳が彼に直撃すると全身に衝撃が響き、血を吐く彼に何度も拳の乱打が放たれる。藍川の戦意は完全に消失していたものの、彼の体は彼を守ろうと概念防御で攻撃を弱め続けていた。しかし、それでも耐えられる限界というものがある。

 意識が朦朧としていた藍川は、不意に来春を見た。

「鈴君、苦しそうだね」

「……もう何もしたくない……もう何も見たくない」

「でも、楽になりたいとは思ってないだろう?」

「……」

 苦しくて仕方がない。でも、楽にはなりたくない。矛盾を抱える彼の感情はもうどうにもならない。彼を救える者はここには居らず、彼の中に正しい答えはなかった。思い悩んだところで事態が好転することはない。それでも彼は考えることをやめられなかった。

「幸せになりなよ。僕はそれしか願ってない」

 ジョンが藍川の頭を掴み力を加えていく。あまりの概念防御の強度に普通の打撃では彼に致命傷を与えることはできない。ならばジョンにできることは最大の弱点だろう脳を頭蓋ごと破砕するしかなかった。両手で呆然としている藍川の頭を掴む。

「いい加減に!」

 その時、藍川が錯乱した。

「うあああああ!」

 彼は目の前の来春の幻覚を蹴り飛ばそうと思い切り蹴り、宙を舞うジョンに肘打ちを叩き込む。床と天井を砕きながら跳ねていくジョンは血を吐き、空中で回転すると着地する。しかし、その着地と同時に迫った藍川がその足を払って崩した。

「なッ!?」

「うわあああッ!」

 幻覚で彼が来春に見えている藍川は、必死になって倒そうと振りかぶった拳を叩き込む。咄嗟にジョンは両腕で受け止め概念防御を最大にしてダメージを緩和するが、殴り抜け吹き飛ぶ彼は柱を貫き車を潰す。

「んだよこいつッ!?」

 血だらけで苦しむジョンは懐からホイッスルを取り出すと、勢いよくそれを吹く。不気味な音が地下駐車場に響いたかと思うと、車の影から能面の頭を持つ蛇のような概怪が飛び出した。高速で駐車場を這い回る概怪は藍川に狙いを定める。

「やれッ!」

 ジョンが概怪にそう指示した瞬間、見えない速度で動いた藍川が手刀で概怪を捌く。完全に取り乱した彼は普段と異なる思考で戦い、爆発した衝動と殺意のままに暴れる。ジョンが気が付いた時には概怪は三枚におろされていた。

「め、めちゃくちゃだ……!」

 そう言うジョンに向かって藍川が走り出そうとした時、それよりも先に現れたラジオが抜刀した。そして、彼女がすれ違いざまに刀で切り裂くと遂にジョンが倒れる。もう戦う体力は彼に残っていなかった。

 ラジオが減速し止まると藍川の方を向く。

「……次、錯乱したら隊長として謹慎させるよ」

「やってみせろよフレア」

「私にやらせないで」

「……悪い。疲れてるんだ」

 彼女の言葉で少しずつ正気に戻っていく藍川だが、もう彼はかつての姿に戻れない。一旦踏みとどまったところで彼が立っているのは下り坂なのだ。

 彼女が納刀する。

「……バレルが首領を抑えてる。藍川はそっち、私は議事堂の援護」

「承知」




【13】


 バレルの祭具が囲う鎖のリング。その中心で彼女とバーディが組み合っていた。両者の速度は同等、力も同等。彼が振るうスパナを空に弾き飛ばし、彼女は隙だらけの胴体に拳を叩き込んだ。彼が怯み後ろに下がる。

「クソッ!どうなってる!」

 バーディが権能『針の孤城』で網目状の斬撃を放つ。見えないそれを彼女は感知することはできず直撃してしまった。しかし、切断されるどころか表面にわずかに傷が付くだけで、痛みもダメージもないバレルはバーディに迫ると蹴り飛ばした。

 先程までの彼女とは大違いだ。

「なにッ!?」

「そら二発目ェ!」

 再び接近するバレルに足払いを繰り出す彼だったが、それを読んでいた彼女が跳んで簡単に避けると、回し蹴りを放って鎖のリングに叩き付ける。正々堂々なタイマンはどちらが強者かを決めるには最適だった。

 彼女が額から流れる血を拭う。

「『撃鉄神話』の権能はタイマン。互いの実力を平等にする」

「ふざけるなッ!」

 起き上がったバーディが一筋の斬撃を放つ。一直線で進む最大威力の斬撃はかつて彼女に重傷を負わせた。しかし、それは過去の話だ。

 斬撃が彼女に直撃するも服に傷が付くだけに終わった。

「なッ……!?」

「どちらか倒れるまでリングからは出られないぞ」

「なるほど、身体能力が互角になったのはそれが理由か……だが」

 その瞬間、立ち尽くしたバーディの概念防御の強度が上昇した。それに対抗するようにバレルの概念防御の強度も上昇し、二人の体を概念防御の結晶が突き破る。そして、緑の輝きを放ち始めた。

 同時に叫ぶ。

『司祭第三形態!』

 二つの緑の光が膨張し衝突する。電撃迸る空間で力は拮抗し、次第にバレルの方が優勢になっていく。概念防御では勝てないことを確信した彼は苦虫を噛み潰したような表情をした。

「なるほど、概念防御で無効化は無理か」

「そう、このリングで互角でないのは技量のみ」

「……じゃあ、こいつは邪魔だな」

 彼がそう言うと両者共に形態変化を解除して元に戻り、駆け出すとタイマンを再開する。デメリットの多い概念防御のメリットがないのであれば、解除して戦うのが一番だ。

 バーディの拳を受け流すバレル。受け流し切れずに何発か打撃を受けてしまうが、隙を突いたカウンターの拳を胸に叩き込む。しかし、のけ反ったバーディは至近距離から一筋の斬撃を放った。

「食らうか!」

 彼女は足止めを狙った斬撃をのけ反って躱し、上体を孤を描くようにして起こすとバーディへ突っ込む。そして、肘打ちを打ち込むと回し蹴りでリングに叩き付けた。彼はその足を両腕で掴むと力を加え折ろうとするが、バレルは彼を蹴り後ろに下がる。

「正々堂々やろうじゃないか!」

「こんなショボいリングでか?」

「なんだ、もう泣き言かあ!?」

 鎖のリングから逃れるにはどちらかが倒れなければならない。力も速度も調整が施され、権能の威力も調整されている。相手に一番ダメージを与えられるのは素手による攻撃のみ。どちらかが倒れるまで戦いは続く。

 バレルが殴りバーディがやり返す。起死回生の一手などなく、地道に相手の体力を削ることが勝敗を決める。技量の高さで優位のバレルは彼の攻撃を躱し、すれ違いざまにラリアットを叩き込むと背後に回った。そしてバレルは思い切り背後に肘打ちをぶつける。

「があッ!?」

「まだまだあ!」

 怯む彼に追い打ちでバレルが殴りかかる。だが彼も咄嗟にそれに反応してカウンターを試みた。しかし互いの拳が交差し同時に頭に当たる。睨みあう二人は後ろに退いて向かい合い、お互いの次の手を予測しようとしていた。

「そろそろ終いにしようかテロリスト!」

「ああ、ここで止まるわけにはいかない……!」

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