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16-4

【6】


「天下の蓮向かいが家出少年の捜索とはな」

「文句言わないでください谷口さん」

 授業中の学校の廊下で谷口と粳部が佇んでいる。生徒が静かに授業を受けている中、廊下からその様子を見る二人は何か手掛かりがないかと追っていた。どの子供達も幼い小学生で、見ただけではその心情を少しも読み解けない。だが、粳部は違った。

「藍川が動ければすぐ解決だというのに」

「鈴先輩は休んだ方が良いんですよ……」

「……まあ、それはそうだな」

 実際問題、藍川は休暇が必要だ。精神的に休息を取らなければ心が摩耗し続け、やがて何もかもがなくなってしまう。彼は既に擦り減り切ってひび割れ、壊れていたのだ。手遅れではあるがこれ以上悪化しないようにしない限り、藍川は悪化し続けることだろう。

 彼女が窓から五年生の教室を覗き込む。

「進藤鉄は小学六年生だぞ?五年生を調べるのか?」

「ヘアピンの少女は身長的に五年生だと思うんです」

「……勘か」

「……あの子とあの子、心ここにあらずって感じですね」

 粳部が指差した先に居る二人の少女は集中力に欠けた表情をしていた。片方は鉛筆で机をトントンと叩いており、もう片方は髪をいじりながら唇を噛んでいる。どちらも不安を示すシグナルであり、彼女の読みは的確であった。

 彼女が谷口の方を振り向く。

「谷口さん、事情聴取お願いします」

「嫌だ」

「何でぇ!?」

「自分でやれ。それに仮面の男は不審過ぎる」

「自覚あったんすね……」

 事実谷口が教室にいきなり登場すれば不信感と笑いが起きることだろう。小学五年生の子供の相手をするには彼はあまりにも不適格だ。となると消去法で粳部になるのだが、彼女も彼女で問題がある。

「仮面外してやってくださいよ!」

「駄目だ。お前がやればいいだろう」

「わ、私はコミュニケーション苦手なんです!」

『もっと社会人らしくした方が良い』

 その時、谷口が声に気が付いてポケットから携帯電話を取り出す。いつの間にか通話が始まっており、もう聞き慣れたラジオの声が周囲に響く。彼女がいつから聞いていたのかは分からないが、権能の有効範囲であれば彼女は何でも盗み聞きすることができるのだ。

「あっ、ラジオさん」

『そんなんじゃ部下を持った時に困る……』

「ずっとラジオさんの下が良いです……」

「まあ、今回は特別」

「うわあっ!?」

 突然背後からラジオの声が聞こえて彼女が跳ねる。いつも遠隔で任務を行うラジオが突然背後から現れれば誰だって驚くことだろう。特に、今回のような不意打ちは予測できない。

「ら、ラジオさん!」

「本部に情報が集まってきてる。終わらせて戻るよ」

「じゃあ手早くお願いします!」

「……本当に小心者だな」

 例え相手が小学生でもあたふたしてしまうのが粳部という人間だ。彼女のコミュニケーション能力の欠如はきっと一生掛かっても治らないだろう。

 谷口が呆れている中、学校中に授業の終わりを知らせるチャイムが響き渡る。それを聞いたラジオが指を鳴らすと、腰にあった刀の祭具が消滅した。そして、堂々とした足取りで教室のドアまで向かうと中に入っていく。粳部はその後を子分のように付いて行った。

「どうも先生。私は田代巡査、警察です」

「え、えっ?な、何ですか?」

「家出している進藤君の捜査で参りました。もうその件はご存じですよね」

「は、はあ……存じておりますが」

 ラジオは警察ではないのだが用意された偽物の警察手帳を見せ、流れるように嘘を吐いて場の支配権を持つ。こういう時は勢いのある方が圧倒的に強い。女教師は突然やって来た謎の刑事二人に押され続けていた。

 ラジオが胸ポケットから二枚の似顔絵を取り出す。

「この二人の小学生が家出に関与している疑いがあります」

「こ、こ、心当たりは?」

「……こっちの子は……うちの柳さんに似てます」

「柳……出席表にあった柳竹子さん?」

 目撃情報がある三人を特定すれば、彼らの関係性から現在地や法術を教えた張本人を見つけ出せるかもしれない。蓮向かいは学生についての情報が不足しており、こういう時にそれが大きく影響してしまうのが玉に瑕だ。こうやって自らの足で情報を稼がなければならない。

「ええ、今日は風邪で欠席です」

「その子、深夜徘徊で補導されたことあります?」

「い、いえそんなことは決して……」

「なるほど。えー皆さん注目!」

 その時、不意にラジオが大声を挙げてクラス中の視線を集める。他人からの視線が嫌いな粳部はそれにアタフタするが彼女は何も気にせず、小学生の注意を引くと話を始めた。対人能力ではラジオの方が圧倒的に格上だ。

「私は警察です。柳竹子さんと親しい人は?」

「ちょっと!困ります勝手に!」

「うーん……あなたと……あなたですね?」

 ラジオは驚く小学生の中から二人の少女を指差す。それは粳部が怪しいと言った二人で、指で差された彼らは驚いて口を半開きにしていた。ラジオと粳部の両方が怪しいと言った以上、そこには何かがある。

「二人以外は出て行っていいですよ」

 そう言ってラジオが手を叩くと、面倒事を避けようと少年少女がクラスから出ていく。周りの者が居なくなって遮る物がなくなってしまった少女達は、自分の腕を掴んで不安な仕草をしていた。いきなり警察が来て自分達に用があると言われては不安になるのも当然だ。

 ラジオと粳部が二人の下へ向かう。

「柳さんは深夜徘徊、不良行為の常習犯?」

「えっ……えっと……」

「あのすいませんまた後日に……」

「し、資料によると……校内でいたずらしたり授業中に逃げたとか」

 可愛いものではあるが当事者達からすればたまったものではない。その柳竹子が不良であることは純然たる事実であり、深夜に町を出歩いている可能性はとても高い。そうなればそこを深堀するしか、彼らに辿り着く方法はなかった。

「前から欠席してたけど、最近はずっと欠席してる?」

「……そ、そうですけど」

「親は人前では良い顔をするけど、実際は子供に興味がない?」

「どうしてそこまで……?」

「そういうお仕事なので」

 廊下の方からは休み時間を喜ぶ子供の歓声が聞こえる中、静まり返った教室内で二人の少女がラジオに釘付けになっていた。軽くあしらわれていた教員は困り果て、助けを求めて廊下に出て行く。昼間の学校にしては、明暗のコントラストはハッキリとしていた。

 教室が四人だけになった後、少女達は二人で見合わせて考え込んだ後に自分から喋り始める。

「竹子は家を出るって話してました!」

「ど、どこに行くかは知ってますか?」

「それは……でも、いつもの三人と行くとかで」

「その三人の中に進藤鉄君は居ますか?」

「……はい」

 今まで黙っていたもう一人の少女が答える。進藤と柳に繋がりがあるということは、同時にヘアピンの少女とも繋がりがあるということだ。他にもう一人正体不明の者が居るがそれもきっと時間の問題だろう。

「残りの二人の名前は分かります?」

「それは分かんないです」

「……でも、竹子とよく話してた沼野君が最近欠席してます」

「昔、警察に補導されたとか」

 小学生の情報網はそれなりに広い。その情報源が何かに関わらず、どんな内容でも簡単に人から人へ伝播していく。真偽はともかくそう言った話はその対象への印象に応じた内容になる。火のない所に煙は立たぬという言葉はよく言ったもので、そこには何らかの理由があるものだ。

 粳部が一歩前に出る。

「あの……その中にヘアピン付けた子は居ましたか?」

「……そこまでは」

「……そっすか」

 粳部がそう意気消沈したのを見て、察したラジオが胸ポケットからもう一度似顔絵を取り出す。彼女の一番の心配事はヘアピンの少女の方で、進藤よりもずっと彼女の方が気になっていたのだ。だが、その感覚を言語化することはできない。

「恐らくこの子なんですけど」

「……隣のクラスにこんな子居なかった?」

「見た事あるよね」

「分かりました。ご協力ありがとうございます」

 ラジオは手早く似顔絵をポケットに戻し、踵を返すとキビキビと歩いて出口へ向かう。クラスの周囲は既に人だかりができており、珍しい警察を見ようと十数人が集まっていた。谷口はいつの間にか消えており、粳部が彼を探して歩き出そうとした時だった。

 あまり喋らなかった少女が彼女に声を掛ける。

「あの……みんなを逮捕とかしないですよね?」

 居なくなった彼らのことを心配するような目をした二人を見て、粳部は少年少女の事情に思いを巡らせる。どうして彼らは法術を知っているのか、どうして非行に走っているのか。その理由が少女の声色からも何となく分かっていった。

 彼女が柔らかく微笑んだ。

「大丈夫です。話をするだけですから」

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