【13】
笑みを浮かべた粳部と卜部が向かい合う。戦況は法術のレパートリーでも体力でも粳部が不利であり、このままでは粳部が直に負けるだろう。当然、粳部は逆転の為の秘策を考えなければならない。
だが、ただでさえ強い卜部は更に本気を出す。
「お
卜部を中心とした数百メートルを半球状の壁が覆っていく。粳部は全く知らない未知の法術に驚愕することしかできず、壁が空を覆い尽くして完全に閉じ込められる。周囲の環境は一瞬で組み替えられ、荒地は都会の交差点へと変化した。
白線だらけの世界の中心で、卜部は信号機の上から見下ろしている。
「はっ!?はあっ!?」
「格の違いを見せてやる!」
卜部の下の信号が赤く点灯する。その瞬間、白線を踏んでいた粳部が何かに弾き飛ばされる。何が起きているか分からない彼女は何とか空中で姿勢を変え着地を試みるが、片足が白線に触れた瞬間に再び弾き飛ばされた。
更に背後に現れた卜部が
「信号領域じゃない!?」
「お
「……つ、つくづく天才」
「ここでは私のルールに従って遊ぶの。できる?」
「できないって言ってもやりますよね」
白線を飛び越えながら卜部が進み彼女に殴りかかる。粳部は直感で白線を踏んではいけないことを理解すると、周囲を常に確認しながら卜部と殴り合う。自分よりも小さい卜部との間合いに苦戦する粳部は徐々に追い詰められていき、白線に触れそうになったところで大きく跳んだ。
しかし、それを読んでいた卜部が
「ぎゃっ!?」
「楽しくなるよ!」
そう笑う卜部が白線の上に飛び乗った瞬間、信号機が青く点灯する。それに気が付いていない粳部は空中で姿勢を変えると道路に着地した。しかし、突然強い衝撃を受けて地面を何度も転がっていく。理解が追い付かない彼女だったが、白線の上に転がされた途端に衝撃は止まった。
そして、信号機を見上げてルールを理解する。
「し、信号が変わると安全地帯が変わるんですか!?」
「理解が早くて助かる!」
「何て危ないものを……」
つまり、常に相手と白線と信号機の色を確認しながら戦わなければならないということ。普通の人間であれば頭がパンクするような条件であったが、今の粳部には可能なことだった。
白線の上で粳部と卜部が殴り合う。卜部の着地を狙って彼女が足払いを仕掛けるが、逆に卜部が彼女の足を蹴って弾き飛ばす。粳部はバク転して距離を置きながら、
「捕まえた!」
しかし、信号機の色が赤く変わる。粳部は咄嗟にジャンプして安全地帯の地面に降りるが、白線の上に居る卜部は衝撃で吹き飛んで
「私のお
「慣れないとキツイんで!」
再び信号機の色が変わり青く光る。途端に二人は白線の上に移動し、狭い足場の上でギリギリの攻防戦を繰り広げていた。粳部が地面から
「があっ!?」
見事なフェイントに卜部が吹き飛び、地面を跳ねると更に衝撃を受けて吹き飛んでいく。何とか白線の上に着地して停止した彼女だったが、その瞬間に空間が砕けて元の荒地に戻っていく。お
「もう終わりですか?」
「お
「で、お座敷って何なんです?」
傷だらけの卜部が笑顔で語り始める。
「お
「空間を作るって、コスト莫大なんじゃ!」
「必ず壊すことを条件にしてコスト抑えたの!でもまだ莫大だけど」
空間を作り出すという荒業は天地創造のような偉業だ。天文学的な法力コストを支払うことは粳部にも不可能であり、実に粳部四十万人分の法力に相当する。一時的でも空間を構築できる卜部は正しく天才だ。
「完成度が高まると一畳から十畳まで変化する。足止めの為の法術」
「凄い……他にはないんですか!?」
「あるよ!見せてあげる!」
満面の笑みの二人は、感じていた敵意をすっかり忘れて法術の話にのめり込んでいる。二人は初めて自分と同じ領域に居る天才と出会うことができたのだ。完全に二人の世界に入ってしまっていた。
卜部の法力出力が上がっていく。
「お
二人を包むように空間が閉じていく。お座敷が閉じた瞬間に空間が歪み、世界が球形に変わるとそれに伴って重力も変化する。周囲に家と庭園が形成されると、机や椅子などの家具が飛び回り加速していく。それは現実世界ではなかった。
「重力まで自由に!?」
「
卜部はパラソルなどの家具が跳び回る中、華麗に全てを避けて粳部に迫っていく。粳部は応戦して全ての拳を捌き、反撃の一撃を卜部の腹に命中させるも後頭部に家具が激突する。頑丈な家具の一撃は粳部の脳を揺らし、ふらつく彼女に更に家具が命中した。
「
粳部が家具に
卜部が反撃の
「ぐおおっ!」
「あははは!」
「やったな!」
重力が軽い空間で粳部と卜部が殴り合う。家具を躱しながら進む粳部が回し蹴りを放ち、卜部は足を掴むと振り回して空に放り投げる。しかし、離れる直前に粳部が
「私の技をっ!?ぐえっ!」
「がっ!?あはは!」
その時、お座敷が崩壊して二人が空中に投げ出される。法力が尽きかけて疲れ切った表情の卜部は何とか着地し、フラフラの動きで何とか起き上がった。粳部も同じように疲弊していたものの、両者共に笑顔を浮かべていたのだ。
「法力が尽きる!進藤!お竹!」
「わりい!遅くなった!」
「鎖が解けなくて!」
その時、畑を飛び越えて進藤と柳がやって来る。彼女が二人の手を取ると法力を受け取り、力尽きた二人が膝から崩れ落ちていった。顔色が良くなり調子を取り戻した卜部は笑い、再び粳部に向き合う。
「ぜ、絶対……か」
「勝って……ね……っ」
「任せて!」
二人の法力を受け取り回復した卜部と調子の出始めた粳部。二人のボルテージは最高潮に達しようとしていた。そこに怒りや使命感は介在せず、ただ純粋に力比べをすることを楽しんでいたのだ。
「あんた名前は!?」
「粳部音夏!」
「ははっ!名前まで似てる!」
二人の天才はまるで鏡のような自分達をようやく知り始めていた。卜部が彼女へと駆け出していく。強化法術も硬化法術もフルスロットルで回転し、その性能はまるで司祭のようだった。だが、卜部も粳部も人を殺すことはない。
待ち受ける粳部が構えを取った。
「お
「なっ!?」
言ったのは粳部の方だった。刹那、二人を囲むようにお
二人が向かい合う。
「わ、私のお
粳部の才能が完全に開花した。卜部という天才と出会ったことで、遂に天才は『怪物』としてその全ての性能を引き出してしまったのだ。命の奪い合いでない遊びの勝負で、粳部は法術の全てを理解していく。
海坊主が止めていた力が、目覚めるのだ。
「ははは!仕組みが分かってきました!行きますよおお!」
「そう来なきゃなあ!」
最高速度の二人がぶつかる。卜部の拳を彼女が腕で受け流し反対の手で腹に拳を叩き込んだ。だが卜部は
煙の中に突っ込んで追い打ちをかけようと卜部が進む。しかし、その先にはもう誰も居なかった。彼女が慌てて周囲を見渡すものの、振り向いた瞬間に背後から粳部に
「いつの間に!?」
吹き飛ぶ卜部が壁に激突する。粳部は彼女と反対方向に進むと角を曲がってどこかに消えた。疲労の溜まっていた卜部は何とか起き上がると、粳部を追って走り出す。しかし、突然横から走って来た粳部の膝蹴りを受ける。大きく吹き飛んだ卜部は地面を転がりつつも何とか姿勢を立て直した。
「ぐえっ!?どうなって……!」
「
「ループ処理!?凄い!実現できたなんて!」
「お座敷自体は狭く省エネ!それでも広大!」
「最高だよ粳部ぇ!
フルパワーの
彼女は卜部を探して辺りを見渡すが、卜部は空間のループ仕様を逆手に取って背後に現れる。そして、粳部に狙いを定めた。
「
「ハッ!?」
対応の遅れた粳部が
「
完全に才能が開花した粳部の出力は限界を超えた。もう法力も残り少ないというのに、過剰な火力が降り注ぎ卜部の全身を焼いていく。だが、卜部も全身ボロボロになりつつ彼女の方へ駆けていく。
そして、震える指を粳部へ向けた。
「流光おおお!」
ほぼ全ての法力を詰め込んだ一撃が空間を切り裂き、粳部の体を飲み込んでいく。光の本流に飲み込まれた二人がどうなったのかは目視では確認できない。だが、決着の時が近いことは確かだった。