第六十八話『え? この通路、生きてる?』
ブルーの透明な一本角がある純白のユニコーン、虹色の翼があるペガサス、ドラゴンのような骨ばった翼の生えた麒麟、ルビーのように輝いている鳳凰、尻尾が九つもある真っ白な狐、真っ白い烏にエメラルド色の瞳の真っ黒な子猫。みんな赤ちゃんの芝犬サイズの二頭身で、れっきとしたモンスターらしい。生みの親は『応募してくれたお友達』。
ダンジョンイベントで募集したモンスターの絵を元に作られた『キメラ』だそうで、次のイベントで別に募集した中から名前を決めることになっていたらしい。ようは『遺伝子組み換え動物』なんだけれど…
「生態系への影響とかは大丈夫なのかな?」
モフモフの後ろ姿を見ながら、思わず呟いたアイ。
「ん? 迷ってないから、ダイジョブだよ」
その呟きを聞き間違えて、モフモフモンスター達の前を歩く香坂が振り返りました。さらに先頭を歩くスピリタスも振り返ります。それに軽く手を振って頷くアイ。香坂が歩き出した背中を見て、重い溜息をつきました。
今はレベル4以下の探検者は立ち入り禁止。もちろん一般人も。でも、ダンジョンの出入り口は見えない壁で封鎖されちゃって、スピリタスさんのケペシュでも駄目だったんだよね。一歩足を出せばダンジョンの外なのに。これはきっと、ラスボスを倒さないと出れないっていう『条件』かな? ということで、ラスボスのレッドドラゴンを倒しに。まぁ、今回のお仕事は、レッドドラゴンを倒してエネルギーの元になる化石燃料をゲットすることなんだけれどね。化石燃料が尽きちゃうと、国内のエネルギー使用に規制をかけなきゃいけなくなっちゃう。と、今はそんな状態まで落ちちゃっているんだよね。探索者に規制がかかって、各ダンジョンのアイテムを回収する探索者が一気に減少しちゃったから。
このダンジョンは『ビーミシュ』会社の持ち物で、社員の探索者が定期的にレッドドラゴンを倒して化石燃料をゲットしていたけれど、急にレッドドラゴンのレベルが上がって太刀打ちできなくなっちゃったらしいんだよね。がイベントで使っているダンジョン手前は変わり無しだったそう。でもその人、レベル4の魔法剣士だって話だけれど… 私と同レベルの人が太刀打ちできないなら… 燃えるよね。私の魔法やアイテムがどこまで通用するのか。それに、このダンジョンクリアして、上手くいけば私のランクが上がるかもだし。
という訳で、ダンジョンの中よりは安全だとは言え、香坂さんを一人にしておくわけにもいかないから、連れていくことになったけれど…
「あ、少し先のT字路は右~」
今は先を歩く香坂さんが、ナハバームに出したマップを見ながら道案内している。その周りをモフモフモンスター達がチョコチョコ付いて回って、まるで森にお散歩にでも行くみたいだなぁ。
「このダンジョンて、もともとこんな感じ?」
アイは、横を歩いている黒い子猫に聞きました。二本足で、ロリポップキャンディを片手で咥えながらです。
「レッドドラゴンの手下が巡回する所はそうニャね」
この子猫型モンスターは、他の子達と違う気がするんだよね。的確なナニかがあるわけじゃないけれど。なぜだか、ずっと私の傍にいてくれるし。
「さっきはガンダで逃げてたから、きゃぱくって気が付かなかったんだけれど、このダンジョンてイベント部分以外は相当入り組んでるよね」
さっき、私が水で覆った部屋は壁ごと崩れていて通り抜けが出来ない状態で迂回しなきゃいけないんだけれど、通路が分からない。通路どころか、方向感覚がつかめない。それはスピリタスさんも同じみたい。私達、これでもマップ無しで幾つものダンジョンをクリアしてきて、まぁ、方向感覚がおかしくなるダンジョンは未経験じゃない。けれど、ここまで酷いのは初めて。ナハバームに出したマップも私達には役に立たなかったし。モフモフモンスター達も、メインはイベントダンジョンで過ごしているから、こっちはあまり詳しくないって言われちゃったし。でも、香坂さんは分かるんだから不思議。マッパーの能力があるのかな?
「え? 入ってきたの、こっちっしょ。ちな、この通路、三回目ね」
て、私とスピリタスさんが道に迷って困っていたら、香坂さんが正反対の道を指さし始めたんだよね。ちなみに、
「違うところから入って来たよ。スタッフの出入り口」
入り口は私達と違う所だったみたい。そりゃぁ、ナハバームも気が付かないし、付いてくる気配がしなかったわけだよね。ともかく、道案内は香坂さんがしてくれるし、向かってくるモンスターは先頭のスピリタスさんが片づけてくれるから、私は散策に勤しめるよね。
「たま~に会社の人達が来るニャけど、何か見ながら歩いてたニャ」
「それ、マップだよね。基本、自社管理のダンジョンは入れる探索者が決まっているから、そんなに迷うはずないし。まぁ、よっぽどの方向音痴や特殊ダンジョンなら別だけれどさ」
私だって、水蚕のダンジョンはマップ無しでクリアしたし。でも、会社の人が持っているマップなら、『正解』の通路があるんだ。… いやいや、待って。私やスピリタスさんはビーミシュ会社の探索者じゃないけれど、ビーミシュから依頼を受けて来ているんだから、そのマップを受け取ってなきゃ駄目じゃない? スピリタスさんがマップを受け取り忘れたって事はないだろうし…
アイは足を止めて振り返りました。その行動は「ただ、何となく」だったけれど、今まで歩いて来た通路をジッ… と見つめていたら
「あ、空間が歪んだ。床、壁、天井、全部が動いた。そんなに大きな歪みじゃないけれど、微妙に動きながら道を変えてる。なるほどね。これじゃぁ、迷うよね。イベント部分と同じような壁や床だと思っていたけれど… ここの岩はずいぶん柔らかい。温度もイベントの所より2~3度は高いかな。触るとツルツルしているのは一緒だけど、微かだけれど蠕動運動みたいな動きをしてる。匂いは… ほんのりとラベンダー? あ、うっすらとだけれどコケみたいなのが生えてる。この匂いかな?」
これは、サンプル採取しなきゃだよね。ミニバタフライナイフで削り取れるよね。
フンフフン~♪ と鼻歌交じりにボディバックからミニバタフライナイフとミニ試験管を取り出して、壁の岩を削り出しました。
「お姉ちゃん、そんなの採ってどうするニャ?」
「「そんなの」じゃないよ~。もしかしたら新しい建築素材のヒントや、新しいエネルギー元になるかもしれないっしょ」
どこにお宝が転がっているか、分からないもんね~。
ご機嫌にミニ試験管の口を閉めた、その時。目の前の岩がゴツゴツと硬そうな音を立てて激しく動き出しました。
「あ~… もしかして、やっちゃったかな?」
うん、人型に組立っててる。これ、壁じゃなくって
「ゴーレム!!」
アイの叫び声に反応したかのように、壁という壁がゴツゴツと動き出して人の形をとり始めました。
「ゴーレムの巣だなんて、聞いてないよ~。こいつらタフだからな~」
ミニ試験管とミニバタフライナイフをしまって、代わりにロリポップキャンディを出します。そんなアイの後ろ、左右から鋭い波動が通り抜けて、目の前の出来立てほやほやのゴーレムを三等分にしました。アイを四人集めたぐらいの大きさです。
今の、ケペシュの居合の波動だよね。… 数ミリズレてたら、私が切れてたかも。… って、そんな場合じゃないか。
「ガンダでいくから! アテナの
アイが生み出した竜巻は、ケペシュの飛び交う居合の波動を飲み込んで、ゴーレムの硬い体をザクザクと切り裂きました。
「安定のガイア! プレス!!」
ロリポップキャンディが宙に『カ゛イア フoレス』と綴ります。瞬間、ゴーレムたちの頭上の空気が圧縮されて、切り刻まれたゴーレムの体が床に押し付けられました。ぺしゃんこです。
「絶好調~」
土屑に戻ったゴーレムを見て、アイはクルッと一回り。後ろにいた香坂とスピリタスを見て、ピースサインです。
「マジ、パネェ…。アイアイ、てぇてぇわ~」
香坂は押しのアイドルを見るような目つきで、モフモフモンスター達は信じられないといったように目を見開いて、アイを見ていました。スピリタスは表情を変えることなく、くいっと顎でしゃくって奥へと促しました。
アイ、魔法もサンプル採取も絶好調です。さぁ、このままの勢いでレッドドラゴンまで倒しちゃう?Next→