第六十七話『ギャルとダンジョンとギャルマインド』
おかしい。もう、入り口についてもいいはずなのに。何回、階段をあがったっけ? こんなに広かったっけ? でも、野良ダンジョンに入った感覚もないし…
後ろから休みなく放たれる火の玉は、スピリタスのケペシュがサクサクと切り裂いてくれるものの、周りの壁や床に着弾して火があがります。それを
「今日は優雅に『テティスのワルツ』で、ガチチルデーなんだから!」
ロリポップキャンディーを素早く振って『〒〒ィス@ワ」レ"/』と空中に書き、同時に呪文を詠唱して水のカーテンを出すアイ。それはオーロラのように動きながらアイたちの周りの火を消してくれます。次の火が上がるまでは。
「テティスのワルツ! ワルツ! ワールーツー!」
あ〜、きりが無い! もしかして、イベント用ダンジョンだから、脱出に条件があるとか?
「きゃー、熱いよー!」「燃えちゃう、燃えちゃう」
ナハバーム、巻き込まれていませんように!
消しても消しても襲って来る火の玉。アイの前を走るモフモフ二頭身モンスター達は、降り注ぐ火の粉に走るスピードが落ちているし、手を繋いでいる香坂も「焼けちゃうしぃー!」と、空いている左手で頭から顔を庇いながら走っています。
皆モッフモフだから、私達より熱いだろうし燃えやすいよね。それにしても、これだけ連打してくるなんて、どんなモンスター? 一匹じゃなくって、複数いるのかな? チラっと後ろを見ても、スピリタスさんがケペシュで火の玉を切り裂く背中が見えるだけでモンスターは見えないし。… でも、あれだけ素早くケペシュを振りながら素早く後ろに下がるって、さすが… じゃない! 火の玉の勢いに押されて下がってるんだ。
て、あ、ちょっと待って! それ、大き過ぎない?! ここで放っていいサイズじゃないよね! やだ、間に合って…
「KYヤバ―! ポセイドンはオコだかんね! 海王星バースト!!」
ロリポップキャンディーが素早く宙で踊ります。アイと香坂、モフモフモンスター達を空気の膜が包み込んだかと思ったら、アイとスピリタスの間にサッカーボール大の球体が生まれました。深海のように濃い青の球体は、アイが指を鳴らした瞬間に弾け飛び、轟々と燃えていた火を瞬時に飲み込み、辺り一帯を水で包み込みました。
よし!! 消火!
「◯☓☓■▲◯◯!」
ザザザザザザザザザザー! と水の勢いの良さと、瞬時に水の中に入ったせいで、モフモフモンスター達は声にならない悲鳴を上げています。空気の膜に守られているのに気が付かずに。
破れないでよ~。
「スピリタスさん!」
泳ぐのもむなしく、水流にもまれているスピリタス。アイは膜の中から両腕を突き出し、スピリタスの手をしっかりと掴みました。
スピリタスさんにかけた防御魔法、ちゃんと効いてる。さっすが私の魔法。でも… くっ、半端ない水量と勢い。少しでも気を抜いたら、私が持っていかれちゃう。
空気の膜の壁に片足をかけて、アイは勢いよくスピリタスの腕を引っ張ります。それに気が付いた香坂がアイの腰にしがみついて引っ張り始め、モフモフモンスター達も慌てて香坂の足を引っ張り始めました。全然、動いていませんが。
「ミズッチ、水消しちゃえー!」
顔を真っ赤にしながら、香坂が叫びます。
「無理! まだモンスター倒れてない」
踏ん張れ私! 負けるな私! ここで力尽きたら、みんな一緒に水流に飲み込まれちゃう!
水流に切り刻まれているの、モンスターだよね? こっちのモフモフモンスター達と同じぐらいのサイズみたいだけれど、あんな小さな子達が火を吐いていたわけ? 1、2、3… 6匹はいるか。まだ動いてる? でも、まず先にスピリタスさんを中に入れないと。一番の問題は、私の集中力とスピリタスさんの息、どっちが先に切れるかだよね。ん? 引っ張られてる? そうじゃなくって、スピリタスさんが引き寄せているんだ。自力で私の腕を伝って、こっちにこようとしてる。水流プラス男の人の力なんて… ええぇ~い、ここは逃げる勝ち!
「ソクサリ「サルタヒコの靴!」」
ガリン! 歯を食いしばった瞬間、ロリポップキャンディーが砕けてハニーミントの味が一気に広がりました。
■
古い木のドアと太い植物の根っこの残骸。それがダンジョンの中と外の境界線でした。その上にパッ! と現れた団体さんがドサドサドサとばら撒かれるように落ちてきました。
「イタタタタタァ」「ヒン!」「グェェェ~!」「重い重い!!」「ぴぎゃっ!」
あちらこちらで上がるモフモフ二頭身モンスター達と香坂の悲鳴。その中に、アイの姿もありました。
「冷た… おもっ…」
のしかかってきた重みと冷たさに思わず目をギュっとつぶったものの、ボトボトと落ちてきた水滴に開けてみると…
あ、まつ毛長い… 呼吸、聞こえた…
「わわわわ~! 近い近い、近すぎます!!」
目の前の伏せた目と、ささやかな呼吸を耳元で感じて、自分の上に落ちて来たスピリタスを思いっきり突き飛ばしたアイ。ドキドキしながらも手の平に感じた微かな体温と鼓動に安心しました。
良かった。生きてる。
仰向けに寝転がって呼吸を整えているスピリタスを見つめながら、アイはドキドキと騒ぐ心臓を両手で押さえていました。
「あー! マジ、サゲぽよなんだけどー」
ドキドキイライラした声に、アイはハッとして後ろを振り向きました。
「せっかくミズッチに会えたのに、なにあれ? ねぇねぇ、髪、燃えてない? せっかくここまで綺麗に伸ばしたからー、切りたくないんですけどー」
ペタンと座り込んで、髪をチェックしている香坂。その周りをモフモフモンスター達が囲んで、香坂の髪を一緒にチェックしていました。
そぉ~っと消えたら… 駄目か。今日中の仕事が終わってないもんね。それに、香坂さんは一般人だから非難させないと。あと、ナハバームに故障がないかチェックしたいな。
「あ、あの、香坂さん…」
「ねーねー、ミズッチ、なんでダンジョンの外にいんの? さっきまで水の中… はちょっち違うかぁ。あ、新手の水族館? 火がドワー! て襲ってきて、その後に水がバシャバシャー!! て。あ! 新しいアトラクションっしょ」
恐る恐る声をかけたアイに、香坂は弾丸のように返しました。ズズイっと体ごと。
「え~っと… 普通のダンジョンだと」
あんな目に合ったのに、元気だな。
「え~、アトラクションじゃないん? こんな鬼かわなキャラまでいんのにぃ?」
一番近くにいたペガサスの二頭身モンスターをキュっと抱っこした香坂は、上目使いでプーッと頬を膨らませました。
こ、これがあざと可愛いっていうやつ?! 確かに、いつもの倍… 4倍は可愛く見える。って、私がときめいちゃってどうするの? 違うでしょう。今はそんな事より…
「あ、それは私も聞きたいところなんだけれど、それより、私の事…」
「わかりみ。だって、あのダンジョンでの事、全部じゃないけど記憶あるから。たま~に、意識戻ってたんだよね~」
ニへ。っと笑った香坂は、ペガサスをいじりながら話を続けます。他のモフモフモンスター達は、香坂を囲んで毛づくろいを始めました。
… 意識、あったんだ。たまに、たまに… ね。ハハハ…。
「いや、でもマジでバビったかんね。ガッコだと、いつも俯いていもってるのにさ、ギャルだし盛れてるし、魔法なんてレべチだしぃ。でも、ミズッチがワタシ達の事、いっつもガン見してんのが分かったよ。けどさ、なんでギャルなん? イメチェン?」
あんな状態でバレちゃうなんて、香坂さんにはかなわないなぁ~。
「なんで… か、は分からないんだけれど、そう言う『縛り』みたいで。えっと… 私のイメージするものを『魔力』を使って形にできるんだけれど、そ、それにはギャルの恰好でギャルの言葉を使わなきゃいけなくて。… でも、私、ギャルなんて無縁だったから… その、いつもジロジロ見ちゃって、ごめんなさい」
利己主義だよね。はぁ… 嫌われちゃったかな。せっかく、お友達になれたと思ったんだけれど。
項垂れたアイを、香坂は怪訝そうに見ました。
「え? なんでミズッチが謝るん? ケーサツに捕まるような悪いこと、したん? ワタシ、言ったじゃん。ミズッチはまだギャルの見習いだけどさ、ギャルマインドはしっかり持ってるって」
「それは、学校の勉強…」
パン! と、香坂はアイの頬を両手で挟んで、強引に自分に向けました。
「ミズッチ、ベンキョー出来るけど、馬鹿だよね? ミズッチ、ギャル好ハオっしょ? ギャル好ハオなら、うちらの仲間だって言ったじゃん。それがダンジョンで魔法使うためでもいーの。だって、ダンジョン好ハオなんしょ? ダンジョンの為に頑張ってギャルのベンキョーするなんて、ギャルマインド良きだよ。ダンジョン好ハオ、めっちゃ貫き通しててめっちゃイケてるって。それと、ワタシ、応援してっからね。て言ったじゃん」
また、助けられちゃった。香坂さんの瞳がキラキラしているのは、カラコンのせいじゃないよね。とっても強くて優しい視線。頑張れって応援してくれてるのが伝わってくるよ。
「え? 泣いちゃうほど痛かった? ほんまゴメンやで」
うる… っと、アイの瞳を涙が濡らしだしたのを見て、香坂は慌てて挟んでいた頬を優しく撫で始めました。
アイ、香坂の言葉に気持ちが救われた思いです。Next→