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第66話 おしゃべりモンスター達と招かざる客

第六十六話『おしゃべりモンスター達と招かざる客』


 カチッ… て、音がするはずなのに、手ごたえがまるでない。あれ? 鍵が違う? あ、捻るのが逆だったとか? じゃあ、逆に捻って… やっぱり駄目だ。


「スピリタスさん、この鍵ってどこで手に入れたん?」


 アイが鍵を手に振り返ると、スピリタスはメモ帳にサラサラッと書いて見せました。


「… デパートの社長。なる、お偉いさんかぁ。どこの鍵か、聞いた?」


 アイの質問に、スピリタスの指先はピクリとも動きません。


「聞いてないんかーい! よくこの場面で鍵、出せたよね?! まぁ、ここしか使う場所がないかもしんないけどー!」


 思わず突っ込んじゃった。でも、突っ込むよね? そんな事より、この岩の扉。ここ開けないと先に進めないし、中の子達も危ないんだよね。さて、どうしようか… て、そんな心配は必要なかったね。


 金色の鍵をクルクル回しながら考えていたアイの目の前で、スピリタスがケペシュを構えました。


「お~い、聞こえる? 扉から少し下がっててね~」


 慌てて岩に向かって声をかけて、自分も岩から離れるアイ。それを確認して、ケペシュが岩を切り刻みました。パカッ! とケーキのように綺麗に八等分された岩。その下には、同じ大きさの穴が開いていました。


「ヒィィィィ~」


 その穴から漏れ出す悲鳴。まるでこの世の終わりみたいです。


 スピリタスさんの横顔、見えた? 怖かったかな?


「デーモンスピリタス」


 穴から聞こえた悲鳴に、アイはスピリタスに向かって呟きました。ププッと小さく笑いながら。そんなアイに小さな溜息をついて、スピリタスは穴に入ろうとしました。


「ちょちょちょ、向こうはキャパってるんだから、デーモンが先に入っちゃやばたにえんだって」


 はいはい、向こう側は混乱しているみたいだし、ここは私が行くのがベストだよね。無表情のデーモンさんは、どいてくださいよ… っと。まずは、軽〜く落ち着いてもらわなきゃ。あの呪文でいいかな…


 スピリタスを押しのけて穴に顔を突っ込んだアイは、目の前にあるレンガに思わず手を掛けます。


「って、これ何?」


 ガラスのように透明なレンガは、形も大きさも不揃いで、色は緑と赤と黒の三色。ところどころ隙間がありました。



「スピリタスさんのケペシュで切れなかったって事は、特別な解除条件があるって事だよね。あ、これ… 動く」


 と思ったら、一つ取れちゃった。文庫本の半分ぐらいのサイズかな? この出来た隙間から手を… って、駄目か。透明な膜みたいな… 結界が張ってあって軽くしびれる。隙間に触らなければ… あ、これスライドパズルだ。さっきの一つ以外は取れないけれど、上下左右には動くから、ちゃんと並べれば絵になるね。


「どうしよう? どうする?」「逃げようよ」「どこに? 上にしか逃げ場はないのに、すぐそこには悪魔がいるんだよ?」「でも、このままだとレッドドラゴンの手下が…」


 ん~、会話が堂々巡りしてるね。声は聞こえるけれど姿が見えないのは、影に隠れちゃっているのかな? ちょっと待っててね。すぐに完成出来そうだから。


 レンガの向こう側の会話を聞きながら、アイの手はシャカシャカとレンガを動かして絵を完成させていきます。その様子を、後ろから見守るスピリタス。


「あ、これって、もしかしてもしかしなくってもレッドドラゴンじゃん♪」


 半分も形がそろえば、何となくだけれど完成が分かるよね。ただ、形が不揃いで動かすのがスムーズにいかないのが難点かな。これ、このピースが… おっ! 綺麗にハマった。この後はスルスルいけそう。


 鼻歌交じりにスライドパズルを進めて、最後に取れたピースをはめ込んで完成させたアイ。「カチ」と小さな音がして、緑に縁どられたレッドドラゴンの姿が一瞬輝くと、完成した絵は右にスライドしてポッカリと穴が開きました。


「おまた~。アイだよ。私とチルってね~」


 アイは穴の中に上半身を突っ込んで、明るい挨拶と一緒に呪文を唱えます。仕上げにチュッ♪ と投げキッス。すると、抱き合って固まって震えていたモンスター達が、ゆっくりとアイに顔を向けました。


「え… マジ?! 鬼かわなんですけど」


 小さくて、モコモコで、フワフワで、キラキラ。


「ぼ、僕たち、食べても美味しくないよ」「アイテムも持ってないよ」「み、見逃してくれたら、いいものあげる」「助けてくれるの?」


 皆、赤ちゃんの芝犬サイズの二頭身!ブルーの透明な一本角がある純白のユニコーン、虹色の翼があるペガサス、ドラゴンのような骨ばった翼の生えた麒麟、ルビーのように輝いている鳳凰、尻尾が九つもある真っ白な狐、それと真っ白い… 烏? 


「おなペコじゃないから、食べたりしないって。早くこっちに来ないと、捕まっちゃうんでしょ?」


 アイが両手を伸ばすと、「捕まっちゃう」の言葉に反応したそれらが、我先にと一斉にアイの腕にしがみついて昇り始めました。


「うわっ、ちょちょっ… ふふ、くすぐったい…」


 毛玉に襲われるアイ。最初は驚くも、モフモフの感触にちょっといい気分です。最後の一匹、真っ黒な子猫が腕にしがみつくと、そっと抱え込んで穴から上半身を出しました。

 アイの体が穴から出ると、レンガのスライドパズルがスッと出てきて穴を塞ぎました。さっきとは違う色です。


「毎回解かないと駄目なんだ」


 さっきより色が多いな。解くたびに難易度が上がるのかな?


「助けてくれてありがとうニャ」


 新しいスライドパズルに指を伸ばそうとしたアイは、腕の中の子猫に声をかけられてハッとしました。


「間に合って良かった~」


 わぁ~、この子猫ちゃんも可愛い。真っ黒の長毛だけれど、胸のところだけハートの形に真っ白。クリクリの目はエメラルドみたいに澄んでいてキラキラしてる。… て言うか、この子たちはこのダンジョンのモンスターなんだよね? こんなに可愛い子たちが住んでいるダンジョンのラスボスがレッドドラゴンかぁ~。可愛い系かな?


「皆、もうダイジョブだよ」


 アイの体を伝って穴から出て来たモフモフ二頭身モンスター達は、アイの足元にしがみついて囲固まっていました。スピリタスに背中を向けて。その子達の頭を軽く撫でているとプルプル震えていることに気が付きました。


 もしかして、スピリタスさんが怖いのかな? 無表情だからなぁ。でも、本当に怒っている時に比べたら、全然怖くないんだけれど。


「このお兄さん、怖くないから。そぉだ、いいモノあげる。これでチルしよう」


 アイはサラッと呪文を唱えながら、ボディバックから色とりどりのロリポップキャンディーを取り出して配りました。


「ボク、これが良いニャ」


 アイの膝の上で座っていた黒猫はボディバックの中に上半身を突っ込んで、自分でロリポップキャンディーを取りました。キャラメル味です。呪文とロリポップキャンディーの効果ですっかり落ち着いたモフモフ二頭身モンスター達は、口の中に広がる甘さに大きな目を細めて、楽しそうにお喋りを始めました。アイはハニーミント味をパクリ。


「せっかく、久しぶりのイベントだったのに。中止になっちゃって残念。でも、こんな美味しいものが食べられてラッキー」「うん、美味しいね」「でも、子どもたちと遊びたかった~」「僕たちだけでも出来るのにね」「カツラギさんが駄目って言ったら、駄目なんだからしょうがないよ」「でも、奥のお部屋に閉じ込めなくっても…」「カツラギさん、少しの間だけだよ。て、言っていたじゃん。勝手に出たキリン達が悪いんだよ。お部屋にいれば、レッドドラゴン達からは隠れられてたのに」「そんなこと言うなら、部屋にいればよかったじゃん。一人にしないで~… って、泣いて出て来たくせに」


 へ~… なかなか情報過多な会話。皆、話を被せてくるから聞き取りが大変だけれど。ダンジョンの奥の事も知りたいし、ちょっと質問しちゃおうかな。


「まぁまぁ、喧嘩は…」


「ハッ… クション!!」


 うわっ! なんて大きなクシャミ。スピリタスさん… じゃない。


 どこからともなく響いた大きなクシャミに、体をビクッと震わせたスピリタスとアイとモフモフ二頭身モンスター達は、キョロキョロと辺りを見渡しました。


「クッチョン」


 続いて、我慢して我慢して出ちゃったクシャミに、即座に反応したのはスピリタスでした。通路の陰からスピリタスが連れだしたのは


「香坂さん!!」


 制服のまま。てことは、私と一緒で学校帰りってことだよね? 補習の後、サボって先に帰っちゃったお友達と合流するって言っていたけれど。まさか、他の子達もいたりする?


「ボーン! バビった? バビらせるつもりはなかったんだけどー、どーしてもクシャミが… クッション! ほんまゴメンやで~。にしてもさー、その子達…」


 驚いて固まっているアイと、香坂の登場に怯えてアイの背中に隠れるモフモフ二頭身モンスター達。香坂は気にすることなく話しながらアイに歩み寄って、後ろに隠れたモンスター達を覗き込みました。


「マジ、鬼かわじゃん」


 パシャ! とアイの真横でフラッシュが光って「きゃっ!!」と後ろで小さな悲鳴がいくつも上がりました。


「あ、ほんまゴメンやで。声掛けなかったから、ポーズ取れなかったよね。んじゃ、もう一回…」


 スマートホンを構えなおす香坂に、ハッと我に返ったアイ。慌てて香坂のスマートホンの前で両手を振りました。


「ちょ、タンマタンマ。この子達、バビってるから。鬼かわなのはわかりみだけど、めっちゃバビってるから。ってか、香坂さん、ここにいちゃダメっしょ。なんでいんの?」


 ここ、ダンジョンだよね? 今って一般人はもちろん、レベル4以下の探索者も入れないはずだよね? 


「え~、ユイチーに見せてあげようと思ったのに~。まぁ、バビっちゃったら鬼かわも半減だよね。皆ほんまゴメンやで。ってか、ミズッチ、今日のメイク盛れてるじゃん。かわちぃよ」


「あ、あざま… ちょ、ちょっと待って。待って待って!」


 香坂さんのウィンクは相変わらず可愛いし、ギャルメイクを褒められたのは嬉しい。けれど、今「ミズッチ」って呼んだよね? 空耳?


 思わず香坂から数歩離れて、俯くアイ。背中に隠れていたモンスター達も、慌てて追いかけます。


「え? なに? なんでミズッチがバビってんの?」


 やっぱり「ミズッチ」って呼んだ。空耳じゃない。… これは、まずい。非常に、まずい。動画!… は、録画だから編集で何とかしてもらうとして…


「あの…」


 なんて返していいか戸惑いながらも声が漏れた瞬間、アイの皮膚がピリピリとした痛みを感じました。来る!と、即座に体が反応します。眼の前の香坂を抱え込み、グルッと後ろを向きながら座り込みました。モンスター達を庇うように。


 ゴウ!


 次の瞬間、アイの左右を大きな炎の塊が通り抜けました。


 防御魔法が発動してない。ってことは…


「さっすが〜。あざまる」


 振り向くと、アイの前に仁王立ちしているスピリタスの背中。構えているケペシュから白い煙が上がっていました。


 火の玉を一刀両断なんて、すごい芸当。味方で良かったって、敵に回さないようにしようて、本気で思うよね。


「色々話はあるけど、とりま出口に避難。」


 パン! とアイが手を叩くと、モフモフモンスター達は我先にと走り出します。アイも香坂の腕を掴んで走り出しました。


 アイ、モフモフの二頭身モンスター達に癒されるも、突如現れた香坂に名前を呼ばれて身バレピンチ?! Next→



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