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第65話 綺麗なダンジョンは安全?


第六十五話『綺麗なダンジョンは安全?』


 久しぶりのダンジョン前からの生配信。これまた久しぶりにパギャルじゃないのは、正直モチベーション上がるな。新しいサンプル、採れたらいいなぁ~。試してみたいこともあるし、楽しみ楽しみ。


 そんないい気分で、アイは構えているナハバームのお腹・自立型スマートホンの画面の「ライブ配信を開始」文字をタップして「ボーン!」と、生配信を開始しました。


 生配信は、組合の野良ダンジョン対策に付随して、カルミア社ではダンジョン内の生配信を控えていました。今日もダンジョン入り口だけのほんの少しの生配信でしたが、リスナーとのやり取りは、アイにとってとても楽しい時間でした。けれど、その楽しい気分は長くは続きませんでした。


「さ、ここからは収録~♪ スピリタスさん、準備OK?」


 生配信を終わらせて、記録モードに切り替えたナハバームを肩に乗せたアイは、モチベーションが上がったままのご機嫌な様子でダンジョンの古い木のドアと鉄のハンドルに手を掛けました。その瞬間です、アイの表情が引き締まったのは。


 あらら~。ドアの周りにまとわりついている禍々しさは、見掛け倒しじゃなさそう。


「ドアの向こうに1,2、3… 5匹ぐらい、強いのがいる」


 開けた瞬間、魔法を発動して…


 ナハバームに視線を向けて、鉄のハンドルに手をかけて考え込むアイの背中を、スピリタスがトントンと叩きました。


 あ、そうか。スピリタスさんに先陣を切ってもらえばいいんだ。


 そのことに気が付いたアイは、サッとドアから離れました。小さく頷いて、ドアの前でケペシュを構えるスピリタス。その剣先は古い木のドアではなく、それを突き破ってきた自分よりも太い木の根を切り刻みました。


 先制攻撃された! けど、さすがスピリタスさん。少しも動揺しないで綺麗にスライスしちゃった。本体は逃げちゃったみたいだけれど。


「5体いると思った気配は、根っこが5本だったみたい。皆、カウント出来た? メチャハヤだったよね。あ、樹液出てる」


 アイはナハバームに向かって言うと、出入り口前に座り込んでボディバッグから保存袋を取り出して輪切りにされた根を、強化ガラスのミニ試験管を出して樹液を採りました。


「見てみ〜、5本とも綺麗にスライスされちゃった。メッチャ綺麗な断面だよね。リアルバームクーヘン。樹液は柑橘系の匂い。… なんのモンスターかな?」


 保存袋とミニ試験管、多めに持って来て正解かも。出てくる時にはボディバックがパンパンになっていたりして。と、スピリタスさんが一人で入って行っちゃった。おいて行かれちゃう。


 早くもサンプル採取が出来てホクホクしているアイを置いて、スピリタスはダンジョンの中に進んで行きました。慌てて後を追うアイ。


「このダンジョン、洞窟タイプだね。組合が対応策を出すまでは、1か月に一回はイベントやってたから、遊びに来た人いるっしょ? 私は初めてだったりするんだよね」


 ナハバームに話しかけながら、アイはダンジョンの壁に手を付けて顔を寄せました。


「壁は岩だけど、あったかいよ。人肌って感じ。見かけはゴツゴツしてるけど、触るとツルツル。匂いは… 無臭。コケとかの植物も生えてなし… まぁ、イベントに使われていたダンジョンだから、手入れはされてるよね」


 人工ダンジョンって感じ。まぁ、小さな子どもも参加できるイベントもやっていたみたいだから、危険が無いように手は加えられているよね。洞窟らしく、クネクネと不規則に入り組んでいるけれど、出入り口に漂っていた禍々しい気配は中にはないし、スピリタスさんが切り刻んだモンスターの樹液も、出入り口に落ちていただけで中はとっても綺麗。


「綺麗すぎね? ここまで何もないと、逆に怪しくね?」


 ケペシュの出番もアイの魔法の出番もなく、あっという間に地下二階の一番奥の部屋に到達しました。ナハバームがグルリと部屋を撮ります。


「ということで、スピリタスさんがこんなん持ってたり」


 アイの言葉が合図で、スピリタスがスラックスのポケットから金色の鍵を取り出しました。少し大きめの、南京錠の鍵です。


「このダンジョン、ここから先が『本命』なんだよね~。でも、その前に扉を探さないと。『扉』って、毎回違うとこにあるんだって」


 そう言うと、アイは壁に両手をついて顔を寄せて、『扉の鍵穴』を探し始めました。


 風の動き、匂いの変化、他とは違う手触り… ほんの少しでもいいから変化はないかな?


 ナハバームに映っているのも気にしないで、アイは壁に張り付いて、床に這いつくばって、ささいな変化を探していました。スピリタスはアイの届かない天井を調べています。アイほど必死じゃないけれど。


 ん~、変化がない。目的はこの下だから、魔法で穴を空けちゃおうかな? スピリタスさんにケペシュで床を切ってもらった方が被害は少ないかな? 強引すぎる? 


 なんて物騒なことを考え始めたアイの鼻が、かすかに柑橘系の香りをとらえました。


「この匂い…」


 クンクン… クンクンクン… まるで警察犬が犯人を追跡するかのように、アイは鼻を床につけて匂いを追います。その姿を、無表情で見つめるスピリタス。


 これ、スピリタスさんが切ったモンスターの樹液だ。ここまで何の跡も残していなかったのに… 瞬間移動でもしたのかな? ここが最終地点だ。… ん? 小さいけれど、気配もある。戦闘態勢じゃないな。怯えてる?


「ここ! スピリタスさん、ここ」


 アイがビシッ! と指さしたのは、部屋の入口近くの岩でした。


「ワンチャン、何かいるっぽい」


 岩をさした指で、トントンと空中でノックしました。スピリタスはアイの表情から察して、静かに岩に向かって鍵を差し込みました。硬い岩に、スルスルと鍵が飲み込まれて、半分ぐらいのところで止まりました。


「ちょい、タンマ」


 アイが何かに気が付いて、岩に耳を付けました。そして、離れて撮影をしていたトカゲタイプのナハバームに向かって手招きをします。素直に従って、アイの元に戻るアイのナハバーム。スピリタスのカエルタイプのナハバームは、相変わらず離れたところにいます。


「聞こえる?」


 ナハバームに向かって、ヒソヒソ。すると、ナハバームは収録マイクの感度をあげます。スピリタスも岩に耳を付けました。


「どうする? どうする?」「もうそこまで来ているよ」「早く逃げようよ」「きっと、ここは通れないから大丈夫だよ。… たぶん」


 岩の向こう側からかすかに聞こえる声は数人分。どれも、とても動揺していました。


「モモジイを切ったんだよ?! とっても強くって、とっても怖い奴だよ! 悪魔かも」


 思わず吹き出しそうになったアイは、反射的に口元を押さえてスピリタスを見ました。


「デーモンスピリタス」


 プププ… と小さく笑うアイ。スピリタスは無表情で受け流しています。


「どうする? 奥にはレッドドラゴンやその手下がいるから、下には逃げられないよ」


 レッドドラゴンは、このダンジョンのラスボスだよね。それを倒しに来たんだけれど… この子たちはレッドドラゴンの仲間じゃないんだ。それなら、仲良くなれるかな。


「どうするって言っても、早く上に上がらないと、手下たちが巡回に来る時間だよ。あいつらに見つかる前に、上に上がらないと」


 巡回時間があるんだ。この子たち、レッドドラゴンのモンスター達に見つかったら、攻撃されちゃうのかな? それは可哀そうだよね。


「とりま、開けよ」


 ヒソヒソとスピリタスに話して、アイは岩に刺さった鍵を右に捻りました。


 アイ、岩の向こう側から聞こえてくる声に興味津々です。Next→

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