目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第64話 私のギャルマインド

第六十四話『私のギャルマインド』


『え? お昼の事? ミズッチ、ギャル好ハオっしょ? ギャル好ハオなら、うちらの仲間だよ。ミズッチ、ギャルマインド持ってるし。え? ギャルマインドが何かって? んとね『ポジティブ』『自分を持ってる』『好きを貫き通す』『自分を肯定する』『皆に優しく』あと… まぁ、『明るく、元気に、みんな仲良く』て感じ。ミズッチはちゃんと持ってるじゃん、ギャルマインド。好きを貫き通してんじゃん。ダンジョンはミズッチの好ハオでしょ? メッチャ貫き通してて、めっちゃイケてる。ワタシ、応援してっからね』


 帰り際に香坂さんに言われた言葉。ダンジョン配信を見ている私しか知らないはずだけれど、香坂さんには『好きを貫き通してる』って見えていたんだ。 


 デパートのパウダールーム。フィッティングブースで、白いへそ出しロゴTシャツとダメージ加工のショートデニムに着替えた美月は、鏡に映る「アイ」にチェンジしていく自分を見つめながら、香坂の言葉を思い出していました。


 そうだ。私は消えたお父さんを探してダンジョンに入ったけれど、それと同じぐらいダンジョン探索が好き。見たことのないモンスターやダンジョンの不思議な生態系にゲットできるアイテム。ダンジョンの世界はとっても魅力的で、探索できるなら苦手なギャルにもなるし、難しい勉強も頑張れる!


 今日のウィッグはホワイトミルクティー。毛先に向かってホワイトピンクのグラデーションになっていて、それを大きく巻いて高いポニーテールに。カラコンはブラウンベースのピンク。思っていたより、ナチュラルだなぁ。メイクは全体的にナチュラル仕上げだけど、アイメイクはしっかりと! 最後にリップを塗って…


 ポーチの中からリップを取ろうとした手が、ピタっと止まります。リップに今朝の黒崎先生の顔が重なって、耳の奥に優しい声が聞こえてきました。


『気にしますよ。自分の不注意で、大切な人を傷つけたくはないですから。大切なものは傷つけるのではなく、守るものでしょう?』


 黒崎先生は、いつだって私を守ってくれていた。怒るのも、私が後先考えないで危険な事をしたから。レベルアップを手伝ってくれるのだって、『引退』の言葉を出したのだって…


「私を守りたいから…」


 でも、なんで?


 その時、カウンターの隅に置いておいたスマートホンのアラームが時間を知らせました。慌ててリップを取り出して、カウンターに散らばったメイク道具をしまってバッグに詰め込むと、リップを握りしめてパウダールームを飛び出しました。


 夏休みで賑わう夕方のデパート。7階メンズフロアーは割とお客さんが少なく、さらに女性用のパウダールームは穴場なので、アイはこの近くで探索がある時、好んでここを利用しています。


 いつもなら、パウダールームを出て直ぐにエレベーターで降りるけど…


「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」


 誰かに待たれてるなんて、なんだか変な感じ。


 パウダールームの前にある休憩用の椅子から立ち上がったのは、白いワイシャツに黒のスラックス、髪をナチュラルバックに整えたスピリタスでした。


 眼鏡姿もいいけれど、無いと本当に人目を惹くなぁ。いい男オーラが出てる。シスターさんが騒ぐの、分かるわ。ハァ… この階で正解だったかも。他の階だったら、周りの女性の視線、独り占めしちゃってるよね。私としては目立ちたくないもんね。


「『時間は有限』って言いますよね。これ以上メイクに使うより、配信前の打ち合わせをしたいんです」


 行きましょう。とスピリタスを促して、エスカレーターの方へと歩き出しました。エレベーターの中では、話が出来ないから。


「さすが、ダンジョンオタクのアイさん」


 ダンジョンオタクって…


「それ言うなら、ダンジョン好ハオですよ。

 えっと、デパートに撮影と探索の許可は取ってあります。地下駐車場はこの後19時には完全封鎖してくれるそうなので、それ以降の車やバイクに関する被害は、持ち主の自己責任でいいそうです。なので、あと2時間弱は場外乱闘禁止って事で。あと、記録用のスマホは私とスピリタスさんのナハバームを、それぞれ可動です」


 エスカレーターで地下を目指しながら、スピリタスとこれから探索するダンジョンについて確認していると、チラチラと周囲の視線を感じました。スピリタスさん、目立っているな〜なんて思っていたら


「ダンジョン配信のアイじゃない?」「アイちゃんだ」「本物?」「アイちゃ〜ん」


 なんて声が聞こえて、アイはニッコリ微笑んで手をふりました。控えめに。


「さすが、カルミア社のカリスマI‐Tu‐ba」


「何言っているんですか。自分だって、カリスマI‐Tu‐baじゃないですか。チャンネル登録数、私より多いいですよね」


 そんな話をしながら、2人はデパートの地下二階へ。夕飯の買い物で賑わう中をスルスルと人混みを縫うように駐車場へと進みました。途中で声をかけられたら


「これから生配信するから、視聴よろ~♪」


 と、軽く手を振ってスルスルっと逃げていました。


 パウダールームはお気に入りなんだけれど、この時間は人が多いいのが難点なんだよね。まぁ、今日はスピリタスさんが一緒だから余計に目立っているんだろうけれど。


 駐車場の出入り口横のロッカーに大きい荷物を詰め込んで、ボディバックからロリポップキャンディーを二本出して、黒ベストを着て蝶ネクタイを締めているスピリタスに差し出しました。ピンクのハート形のロリポップキャンディーを咥えて、袖をまくってアームバンドで止めれば『スピリタス』の準備完了です。立っている警備員と挨拶を交わして、駐車場の中に入りました。


 車、まだけっこう止まっているな。どれもこれも高そう…。19時には全部なくなる予定だけれど、ダンジョン入り口に防御魔法かけておいた方がいいよね。

 あ、空気が変わった。出入り口から50メートルちょっとで、ダンジョンのテリトリーかぁ。近いなぁ… モンスターが流出する可能性を考えたら、あっちにも防御魔法かけておこう。『シールド・アテナ』でいいよね。


「警備さ~ん! そこ、防御魔法かけたからね~。ガラスが割れたような音が聞こえたら、逃げてね~」


 アイは駐車場の出入り口に防御魔法をかけると、立っている警備員に大声で伝えました。お辞儀をする警備員を見て、アイは大きく手を振って再び歩き出します。


「スピリタスさん、始める前に一つ質問していいですか?」


スピリタスが頷いたのを見て、アイは言葉を続けました。


「なんで、ダンジョンに入ったら話さなくなるんですか?」


 黒崎先生の時はもちろん、『スピリタス』の時だって会話を交わすことはあったけれど、ダンジョン外なんだよね。ダンジョンの中では、絶対に話してないと思う。配信も無言で、何かあったらスケッチブックに書いてるし。


 スピリタスはキョロキョロと周りを見渡して、人気がないのを確認してから口を開きました。


「ケペシュを出すと、声がなくなるんですよ」


 そういう事! ダンジョンの『縛り』だ。私がギャルの恰好でギャルの言葉を使わないと魔法が使えないように、スピリタスさんはケペシュを使う時は声が出せないんだ。


「ケペシュはスピリタスさんの体内から出て、体内に戻っていますよね? つまり、『声=ケペシュ』なんですね」


 スピリタスが頷くと、アイは満足げに微笑みながら口の中でロリポップキャンディーを転がしました。


 ケペシュが無くても話さないのは『無言キャラ』ってイメージが付いているからかな。イメージ、大切だもんね。


 スピリタスの秘密を知ってご機嫌なアイの前に、ダンジョンの入り口が現れました。地下二階の駐車場の一番奥。コンクリートの壁に、外枠を鉄で補強された古い木のドア。鉄のハンドルが禍々しく見えます。そんなドアにまとわりつくように、どんよりと淀んだ空気が見えました。


 デパートイベントでも使われているダンジョンだから大丈夫だと思うけれど、念のために防御魔法の『シールド・アテナ』と『シールド・ヤヌスの門』を発動ストックして、スピリタスさんには『シールド・ヤヌスの門』をかけて… さて


「開始しましょうか? 準備はOKですか?」


 ボディバックから、トカゲタイプの自立型スマートホン・ナハバームを取り出して、スピリタスに向けるアイ。そんなアイの顎を、スピリタスは親指と人差し指で優しく摘まんで、自分の方に少し上げました。


「忘れ物です。リップは?」


 下唇の下に添えられた人差し指が少し伸びて、スッ… とアイの唇をゆっくりとなぞります。アイはその感触に一気に頭の中が真っ白になって、心臓がドキドキと騒ぎ始めました。そんなアイの気持ちを知ってか知らずか、スピリタスはアイの唇が加えているロリポップキャンディーの棒に指を絡めて、そっと引き抜きました。


「あ… あの…」


「パギャルで、中に入るんですか?」


 顔を真っ赤にさせているアイに、スピリタスは奪ったロリポップキャンディーを自分の口に入れて、ニコッと笑いかけました。白い棒が二本、ニュっと揃って唇から出ています。


 あ~! 何なの?! 何なの! 何がしたいのよー!! 分かんない、分かんない、分かんな~い!! スピリタスさんが、黒崎先生が何を思って、何をしたいのか、ぜんぜん分かんない!!


 怒っているのか、呆れているのか、恥ずかしいのか… 混乱して自分の気持ちが分からないアイは、とりあえずショートパンツのポケットに入れておいたリップを取り出して…


「あっ…」


 つけようとしたら、スピリタスがサッと取りました。そして、アイの顎をつまんでリップをゆっくりと塗り始めました。


「第一に考えるのは、貴女自身の身の安全。約束してください」


 … 社長とはちょっと違った優しい瞳。スピリタスさんが何を思っているのか本当に分からないけれど、私を守ってくれるってことは確かだよね。それなら私は『好きを貫き通す』。だって、ギャルだもん。


 リップが唇から離れると、アイはニッと唇を綺麗に湾曲させて言いました。


「アイはダンジョン好ハオだから、テンアゲなったら何するか分かんないや。だから、ちゃんと守ってね」


 あ、驚いた! スピリタスさんが驚いた! 初めてかも、こんな顔を見るの。何だろう? 気分が良いな。「してやったり」って感じ?


 クスクス笑って、アイは上がった気分に任せて、スピリタスの口からロリポップキャンディーを一本奪いました。半分の大きさになったピンクのハート形のロリポップキャンディーを咥えて、アイはナハバームの電源を入れました。


 アイ、スピリタスの驚く顔が見られて、すっかりモチベーションが上がったようです。Next→


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?