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第75話 お茶会の後で

第七十五話『お茶会の後で』


 これも夢だったら良かったのにィィ~!!


 赤レンガの地下道です。左右対称に木のドアが付いていて、間には明かり用の松明が静かに燃えている地下道を、裸足で駆け抜けていく人影。丸い黒縁眼鏡に纏めていない長い黒髪、シャツと短パンだけの姿で必死に走る女子高生。その少し後ろを、甲冑をガチャガチャ鳴らしながら追いかける大量の彷徨さまようう鎧達。


「なんで私だけなの~! 黒崎先生~」


 ここ、絶対にいつもの野良ダンジョンだよね?! 目が覚めたらダンジョンて、どんなサプライズ? なんでベッドの上じゃないのぉぉぉ~! 黒崎先生はどこぉぉ~。

 ああ、もう、どこをどう走れば正解なの? そもそもどこに向かえばいいのか分からないんだから正解なんてないよね? いやいや、目指すのは出口! 正解は出口でしょう。さすがのダンジョン好ハオの私でも、今はパギャルでもないんだから、『逃げる』一択でしょう!! で、出口はどこ~?!


「お願いだから、追ってこないで~」


 プチパニックになりつつも、必死で逃げる美月。それを追う彷徨う鎧達は、左右のドアを通過するごとにその人数を増やしていきます。美月は一気に襲われるリスクを避けて、細い通路を選んで進んで行きます。出口に近づいていると信じて。けれど、10分も走らないうちに、その足が通路の先に気配を感じてスピードダウンしました。


「狭い通路なら、挟まれたとしても相手にするのは数体ずつ。落ち着けば大丈夫」


 深呼吸で乱れた始めた呼吸を整えながら、パチンと指を鳴らしました。


 良し! 魔力が0になった時、別次元にしまっておいたレイピアが現れるスキルが使えた。昨日までの自分、よく頑張った! 


「視野を広く、基本姿勢を保って」


 右手の中に現れたレイピアをしっかりと握って、静かに自分に言い聞かせる美月。


 ギャルの装備とアイテムは皆無。魔法は一切使えない。頼れるのは自分の体とこのレイピアだけ。… やるしかないよ。今日の自分、頑張ろう!


 フゥ… と少し多めに息を吐くのと同時に、美月は進行方向に現れた彷徨う鎧に切り込んでいきました。


 キン!


 鋼と鋼がぶつかり合う音が響きます。それは数多く、ランダムに。狭い通路は前後から襲っても2体ずつ。しかも振り回すお互いの剣が邪魔で、思うような攻撃が出来ません。美月は紙一重で彷徨う鎧の剣先から逃げると、前だけを向いて進んで行きます。彷徨う鎧に突っ込んでいきます。レイピアは、避けきれない剣を受けて流すだけ。それでも、相手の体制を崩すのには有効だったし、道は開けていきました。


「視界は広く。顎は引く。下腹部と肛門に力を入れる。重心は踵から土踏まずあたり」


 お経のように、ブツブツ呟きながら。


 いい調子。でも、真っ向勝負は絶対に負ける。剣技もパワーもない私は、最小限の動きで避けながら進むのがベストだけれど…


 攻撃をするもスルスルと美月が逃げるので、彷徨う鎧達はお互いが振りかざした剣で傷つけあったり、ぶつかったりと少しずつ自滅していきます。避けた後、甲冑の背中を押してバランスを崩したり、レイピアで受け流した後に足を出して引っかけたりと、美月の地味な攻撃も効いていました。


 身体中がアンテナみたいに、彷徨う鎧の戦意をピリピリ感じてる。これは、スピリタスさんからは感じなかった殺意だ。


「いつまで続くの?!」


 美月にも疲れが出始めていました。広くしていた視界はブレ始め、重心はグラグラと動くようになって姿勢が少しずつ保てなくなりました。


 集中しなおさないと…


「しまった!」


 剣を避けて、崩れた体制を立て直そうとした時でした。彷徨う鎧の足に引っかかって、美月の体は勢いよく床に転がります。すかさず、四本の剣が美月の頭を突き刺そうと襲ってきました。


「わわわわわ!」


 カツカツカツカツ!


 ゴロゴロと転がって避ける美月。レンガの床に突き刺さる剣先。


 マズイ。体制を立て直せない。隠し扉とか、無いかな。


 美月は床の上をゴロゴロと転がって、何とか剣の攻撃を避け続けます。それも、転がるスペースがあるわけでもなく、イヤイヤと身をよじっているだけです。


 あ… 来る。


 それは、ほんの微かな変化でした。風の流れがほんの少し変わったのを感じた美月は、胎児のようにギュっと丸まりました。


 ヒュゴ! ガラガラガラ!!


 空気の塊のような音。間髪入れずに、いくつもの甲冑が崩れ落ちる音。同時に美月の体に、床から振動が伝わります。それは一回だけではすみませんでした。


 これ、絶対に動いちゃダメな奴だよね。


 止まらない音と振動に、美月は出来るだけ体を小さくして、ギュっと目をつぶって待っていました。収まるのを。



 むき出しの手足は汚れでまっ黒で、擦り傷に切り傷だらけ。血は止まって… ない所もあるか。まぁ、そのうち止まるよね。ハァ… なんとかスレスレで避けていたと思っていたけれど、皮膚も服もけっこう切れちゃってる。髪も埃だらけだし。


「深くはないですが、浅いものばかりでもないですね。すみません、回復呪文が使えないので、しばらく我慢してください」


 黒崎先生は美月の傷を確認し終わると、自分のTシャツを脱いで美月に渡しました。

頑張りましたね。せめて、これぐらいはさせてください」


 ボロボロになった私のTシャツの代わりに? でも、先生が… わぁ、凄い筋肉。いい体。先生って、着痩せするんだ。あれだけ大きなケペシュを難なく振り回すんだもん、これぐらの筋肉はあるよね。


 美月は黒崎先生の裸になった上半身に見惚れていました。黒崎先生はそんな美月の手からTシャツを取ると、ズポっと美月の頭から被せました。


「さぁ、帰りましょう」


 そして、軽々と美月をお姫様抱っこです。


「え?! いや、その、あの… あ、歩けます。お、下ろして…」


「暴れない。自分が思った以上に体力を使っていますよ」


 ジッと見つめられて優しく叱られた美月は、ポン! と顔を真っ赤にさせてうつむくと大人しくなりました。それを見て、ほんの少し口角を上げた黒崎先生。そして、スタスタと歩き出しました。


 でも、どこを見ればいいの? 逞しい大胸筋? 上腕二頭筋? 顔だって、この角度から見る事なんてないから… そうだ! 目をつぶっておこう。目を… ああ! 目をつぶっても、体温とか筋肉の感触とか、逆に意識しすぎちゃう。


「… 怒っていないのですか?」


 この状況に目をつぶったままアタフタしている美月に、黒崎先生が静かに聞きました。


「わ、私が怒る? 黒崎先生に怒られることはあっても、ぎゃ、逆はないと思います。今だって…」


「今まではともかく、今日の哀川さんは精一杯頑張りましたよ。怒るポイントは見当たりません。あの状況で、よく頑張りましたね。僕の方こそ、探し出すのに時間がかかってしまって、すみませんでした」


 先生、探してくれたんだ。夢から覚めたら、そのまま帰ることだって出来たよね? 私がダンジョンに居ない可能性だってあったのに。


「いえ。助けてくれて、ありがとうございます。ダンジョン探索者として、もしもの時は覚悟しています。… ですよね? 先生」


 でも、夢から覚めたらダンジョンだったなんて、想定外すぎたけれど。装備皆無もね。


「それより、出口は分かりますか? 私、さっぱりで」


「ここら辺の階層なら、大丈夫です。何度も通っていますから」


 テリトリーとまではいかないけれど、迷うものでもない。てことか。さすが先生。


「でも、このダンジョン、野良でしたよね? 空間の狭間は考えたくないですけれど、どこに繋がりますかね?」


 なんて美月の心配は、するだけ無駄でした。美月を抱えた黒崎先生は、時に通路の角や開けた扉の裏に身を潜めて、モンスターとの交戦を避けて進み、すぐにひときわ狭いドアを開けました。



 美月、夢から覚めたらいつものダンジョン! 初めて『美月』でのダンジョン!!大きなケガこそなかったけれど、九死に一生でした。Next→

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