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第74話 猫の一番好きなモノ

第七十四話『猫の一番好きなモノ』

 これは、確かに夢だ。だって、あの男がいるのに戦いになっていないんだもの。戦意が起きないし、それどころか、一つのテーブルをティーカップを持って一緒に囲んでいる。まぁ、今はギャルじゃないから魔法は使えないもんね。

 それにしても、この男が後ろから湧いて出たのは夢の中だから? 神出鬼没はいつもの事だけれど、獏さんのテリトリーだから「入って来られない」って言っていたのが嘘だった? あ、入って来られないじゃなくって「来ない」か。でも、いつもみたいに吐き気がするほど嫌な感じはしないな。「いじけてたんじゃニャかったの?」

 意地悪な笑い声をあげて、お茶をすするケット・シー。

「いじけてなんかいませんよ」 声がいじけているように聞こえるのは、気のせいかな? しかも、白い猫になっちゃった。やっぱり、チーターぐらいの大きさ。「獏のテリトリーニャから『妖精』でしか入れニャいのよ。ケット・シーのラルジャンは、ボクより弱いニャね〜」 なるほど。だから気持ち悪くないんだ。「悪魔」の部分は意識的にしまい込んでたりするのかな。「ふん。君だって、大したことは出来ないだろう。せいぜい、そうやってお茶を飲むだけさ」 ラルジャンはポワンと出てきた4つ目のイスに人間のように座ると、美月のクッキーに手を伸ばしました。「獏が淹れたお茶なんかより私の方が美味しいのだから、それは私が飲んであげる」 クッキーは、口の中の水分を取っていくもんね。水分、欲しいよね。猫舌だろうし、どうぞ。


 美月がティーカップをラルジャンに差し出すと、獏が新しいお茶を淹れ始めました。象の鼻をクルクル回しながら。

 うん。これはまさしくお茶会だ。Tシャツと短パンの恰好だけれど。

「ボクは遠慮するニャ。ラルジャンのいれたお茶は。ボクの繊細なお腹には合わニャいのよね」


 ははは… 私もあのお茶は遠慮したいな。成分は気になるけれど。… 獏さんが淹れてくれたお茶も調べてみたいけれど、夢の中のモノを現実世界には持っていけないよね?


「これだから卑しいケット・シーは嫌なんだ。私の淹れるお茶の良さが分からないんだから。勇作を見習った方がいい」


 優雅にティーカップを傾けて、お茶を楽しむ大きな白い猫。その言葉に、美月はピクッと反応しました。


 勇作? 今、勇作って言ったよね?


「あの、ラ… ラルジャンさん」


「はい! 私のお姫様」


 おどおどした美月の呼びかけに、ラルジャンは紫の瞳を輝かせて髭を前に出しました。


「あ、あの…」


「何なりと。私を魔法で攻撃する貴女も、私を刺してダンジョンから強制退去させる貴女も、私にとっては愛しいお姫様ですから」


 あ… そうだった。そうでした。ごめんなさい… て謝るのも違うし、じゃぁ「少しはやるようになってでしょう?」でもないし。


「ニャンか、嫌味タップリニャね。愛しのお姫様が困っちゃってるニャよ」


「そもそも、最初が悪かったよね。強引に捕まえようとしなければ良かったのに」


 獏が言いながら、淹れたお茶を美月の前に差しだしました。新しいクッキーと一緒に。ペコッと頭を下げる美月。さっきの倍以上の時間をかけて淹れられたお茶は、金色が濃くなっている気がします。


「そうそう。ラルジャンは強引すぎるニャ」


「私のダンジョンにおいでになったんだ。お姫様をエスコートするのは当然のこと」


 最初はカルミア社のエレベーターホール。確かに、あのファーストコンタクトは恐怖しかなかったよね。エスコートには思えなかったよ。でも「私のダンジョン」と言うことは、ラルジャンさんは…


「誘うなら、僕みたいにスマートにしないと」


 獏が虎の前足をパン! と鳴らすと、ラルジャンと美月の間に五つ目の椅子がポンと現れて、そこに男性が座りました。Tシャツにハーフパンツ姿で、洗いざらしのボサっとした黒髪の黒崎先生。


「えっ… 先生」


 驚く美月の横で、黒崎先生は視線だけを忙しなく動かしています。


「呼ばなくてもいいのに。しかも、隣って…」


 ラルジャンはげんなり。


「… 夢のお茶会か。お茶、飲みました? クッキーは?」


 ため息を一つついて、黒崎先生は美月をジッと見ました。


「あ、まだ… まだ、飲んでも食べてもいません」


 先生、夢のお茶会の事、知ってるの?


「結構です。興味はあるでしょうが、絶対に手を付けないでください。で、今日は何の御用ですか? こう見えて公私ともに多忙なので、睡眠時間は穏やかな夢を見て心身ともに休みたいのですがね」


 先生、口調はいつもと変わらないけれど、ラルジャンさんを見ている表情が怖い。コメカミに血管浮いちゃってる。でも、知り合いなのかな? いやいや、知り合い? ラルジャンさんと先生が? ちょっとまって。今までの事を思い返したら… 知り合いとあんな真剣勝負をするの? ついこの前なんか、思いっきり刺したよね? 後ろからズブッと。


「私は呼んでいないよ」


 フン! て、そっぽを向くラルジャン。


「十分、承知です。貴方には聞いていません。負傷しているのですから、こんな所でお茶を啜っていないで、巣に帰って傷を舐めていたらいかがです? 今回のは深手でしょう」


「フン! お前につけられた傷なんて、すぐに治ったさ。勇作が手厚く看病してくれたからね」


 腕と足を組んで少し小馬鹿にしたように言う黒崎先生に、ラルジャンも小馬鹿にしたように返します。


 ラルジャンさんと黒崎先生の関係って、なに?! ただの知り合いじゃないのは分かったけれど…。それより、また勇作って名前。 


「あ、あの…」


「叱られニャがらね」


 二ヒヒって笑っていないで、私の声を聞いて欲しいな。


「あの…」


「ここは、僕以外はお話しすることしか出来ないんだから、仲良くすればいいのに」


 ねぇ。て同意を求められてもなぁ。あ、獏さんなら私の話を聞いてくれるかな?


「あの、ラルジャンさんて、もしかしてダンジョンマスターですか?」


「当たり。よくわかったね」


 やっぱり。ダンジョンマスターなら、神出鬼没なのも頷ける。


「もともとのダンジョンマスターは、ラルジャンが飲み込んだ悪魔だったんだニャ。たまたまこのダンジョンに散歩に来たラルジャンが気に入って、悪魔を飲み込んで乗っ取ったんだニャ」


 スケールが大きいな。何を気に入ったんだろう? 猫の好きなモノって言ったら…


「猫草?」


「いニャ、食べるけどね。このダンジョンにはニャいよ」


「エキドナがいるスペースになら… あ、美味しい魚のモンスターがいるとか?」


 干上がらせた地底湖の底で食べた焼き魚、美味しかったよね。猫は生で食べるんだろうけれど。


「このダンジョンは、アスモデウスがよく出るんだ」


「アスモデウスって、悪魔属性のウサギのモンスターの?」


 美月がオウム返しをすると、獏がウンウンと頷きました。


 アスモデウスは子犬から牛までサイズに幅があって、攻撃と防御力も個体差が多いいウサギ型モンスターなんだよね。子犬サイズは子ウサギみたいで本当に可愛いらしいんだけれど、攻撃力はめちゃくちゃ高い子もいるから油断しちゃいけないとか。私はまだモンスター図鑑でしか見たことがないんだけれど、黒崎先生は戦ったことあるのかな?


「猫の本当に好きな食べ物はニャ、ウサギなんだニャ」


「ウサギ… じゃぁ、ラルジャンさんはアスモデウスを食べるために?」


「そそ。アスモデウスの中で、たまぁ~にモンスターじゃニャくって、悪魔そのものが生まれたりするニャよ」


「じゃ、じゃぁ、ラルジャンさんが食べた悪魔って、悪魔のアスモデウスってことですか? それだと、ダンジョンマスターがウサギのモンスター… あ、でも悪魔か」


 紛らわしいニャよね~。と笑いながら、ケット・シーはクッキーを食べました。


「お茶の席にご招待していただいたのに申し訳ないのですが、先程も言った通りこう見えて多忙なんです。僕も哀川さんも。そろそろ失礼させてください」


 え? まだ聞きたいことがあるんだけれど。


「せっかく美味しいお茶を淹れたのに」


「お前だけ帰ればいいんだよ」


 残念そうにため息をつく獏さんと、シッシと黒崎先生に向かって手を振るラルジャン。


「せ、先生、あの私…」


 もう少し、あと一つだけでいいから聞きたいことが…


「おもてなしを喜んで貰えないのは悲しいなぁ」


 ああ、獏さんがションボリしちゃった。


「あ、その、お茶もクッキーもとっても美味しそうで… えっと…」


 でも、口にしちゃいけないって、黒崎先生が… うっ、そんな怖い目で私を見ないでくださいよ、先生。口にしませんから。味とか成分とか、色々気になるけれど。


「お茶会が駄目なら、こんなのはどうかな?」


 獏は「後で感想を聞かせてね」と言いながらパンパンと虎の前足を二回鳴らすと、美月と黒崎先生の姿がパっ! と消えてしまいました。



 美月の心残りは獏の淹れてくれた紅茶とクッキー。それと『勇作』という名前について。こんなチャンス、次があるのかな? Next→

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