目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第73話 お茶会は夢の中で

第七十三話『お茶会は夢の中で』 部屋の隅には上へと伸びている石の階段、真逆には火の入っていない暖炉、ベッド、そして壁の一面を覆う本棚にはビッシリと詰まっている本。そんなこじんまりとした部屋の中央には、小さなランタンの乗った小さな二人掛けのテーブルセット。私はそこに座って、本棚を眺めながら部屋着のままで待っているここは、「あの男」の部屋。不思議なのは、これが『夢』だと分かっていること。 こんなに意識がはっきりしている夢って、珍しいな。「ごめんなさい、お客様をお待たせして。ボクが呼んで来てくれたのに」 そう言いながら三人分のティーセットを乗せたシルバートレイを持って、テチテチとどこからともなく現れたのは、子犬ぐらいの大きさの… 体は熊のようで斑点模様があって、尻尾は牛で脚は虎。顔は象の鼻に猪の牙と犀の瞳。キメラかな?「初めまして。僕、獏です」 獏… ああ、悪夢を食べてくれる想像の動物。その獏が私の夢の中に? まぁ、確かに、この部屋はある意味『悪夢』か。 獏はいつの間にか出ていた三つめの椅子に飛び乗ると、虎の足で器用にティーポットから三人分のお茶を、ユックリユックリ煎れ始めました。ポットの口から流れ出るお茶はとってもゆっくりで、まるでスローモーションの動画を観ているよう。象の鼻もゆっくりクルクルと回っていて… ご機嫌なのかな? と美月はジッと見つめていました。「ここは、美月さんの夢の中じゃないよ。ここは、僕の夢の中。ボクのテリトリー。僕の夢にご招待しました。だから、ラルジャンは来ないから安心してね。まぁ、今は拒否されたショックと、今までで一番きつく叱られて、そうとう凹んでいるから来ないと思うしね」 美月? あ、Tシャツに短パンの部屋着だ。スッピン眼鏡だし。ラルジャン? 私の知っている人? ああ… お茶の香りが漂ってきた。少し甘めのいい香り。「美月ちゃんはアイツの名前を知らないニャよ。こんにちは、美月ちゃん。この前はボクや友達を助けてくれて、ありがとうニャ。大活躍だったニャね」 また、いつの間に。隣の椅子に座っているのは、見覚えのある長くて真っ黒の毛の子猫ちゃん。人間みたいにお座りしているから、胸のところだけハートの形に真っ白なのがよく見える。テーブルまでの高さが足りなくて、長い尻尾でお尻を上げているけれど。エメラルドみたいに澄んでいて、キラキラクリクリの目で私を見ている。「あ、ビーミシュ社のデパートダンジョンにいた、キメラの子猫ちゃん」「僕は、キメラじゃニャイの。猫の妖精、ケット・シー。ニャがいから、「ケットちゃん」でいいニャよ」 猫の妖精… だからあの時、他の子たちと何か違う感じがしたんだ。「はい、どうぞ。熱いから気を付けてね」 差し出された白いティーカップには、中心は金色で外に向かって薄ピンク色の… お茶だよね? 白い湯気と一緒に上がってくる甘めの香りは桃に似ているかな? 確かに、これは熱そう。少し冷めてから頂こうかな。「美月ちゃん。綺麗な黒髪ニャね。焦げちゃわなくって、良かったニャ」 ケット・シーは長くて黒い髭を前後に動かしながら、そっと腕を伸ばします。けれど子猫の腕の長さでは美月の髪には届かなくて、残念そうに手をグーパーグーパー。あ、肉球はピンクなんだ。なんて思いながら、美月は自分の頭をその小さな手に寄せました。「触っていいニャ? ありがとうニャ」 ツルツルでサラサラ~。と、美月の髪を触りながらご機嫌のケット・シー。すると、スルンとその小さな体を美月の膝の上に移動させました。チョコンと美月の膝の上で、髪の房を相手に小さく猫パンチを繰り出すケット・シー。 うわぁ~、軽い。綿毛みたい。しかも、何だかいい香り。撫でてもいいかな? 遊びの邪魔になって怒っちゃうかな? うう~、撫でたくて両手がワキワキする。「我慢しニャイで、撫でていいニャよ」 葛藤する美月に、ケット・シーはキラキラ輝くエメラルドの瞳で見つめます。その言葉を聞いて、美月は即座にその頭をいい子いい子と優しく撫でました。「はい、こちらもどうぞ」 獏がティーカップの横に白いお皿を差し出しました。そこには綺麗に焼かれた数枚の、まん丸いクッキーが乗っています。それを見つめながら、美月は思いました。ケット・シーを撫でながら。 端がほんの少し茶色くなっているだけで、他は綺麗なバター色。まるで満月みたい。でも、この部屋でこんなにいい香りのお茶と美味しそうなお菓子でもてなされるなんて、何だか変な感じ。初めての時は、湯気は立っているけれど暖かくない真っ赤な、明らかに紅茶の色じゃないお茶だったよね。あの時は匂いはなかったけれど… 夢の中の方がいい香りだなんて、可笑しいな。そう、これは夢だよね。夢… それにしてはやけにリアルな夢。紅茶の熱も香りも、ケットちゃんの毛の感触も。思考回路もしっかりしているし。

そう言えば獏さん、さっき今この部屋は自分のテリトリーだから、誰が来ないって言ったっけ?「ラルジャンはこの部屋の主ニャ。美月ちゃんを欲しがっている、銀髪のアイツニャよ」 妖精だから、私の考えている事が分かるのかな? と、美月は少し驚きながら、膝の上で丸くなったケット・シーを見ました。「ラルジャン…。あ、あの人は、何者なんですか? なんで私を捕まえようとするんですか?」 この子猫はどこまで知っているんだろう? 何者かだけでも分かればいいんだけれど。「ラルジャンは人じゃないよ」 答えたのは、獏でした。長い象の鼻を上げて、器用にお茶を啜っています。「人じゃない? 確かに、あそこまで強力な魔力を人間が持つのはなかなか難しいだろうけれど、不可能じゃあ…」 正直、あの魔力は羨ましい。呪文の詠唱を必要としない鋭いインスピレーション、魔力の絶対的威力。どんな修行をどこまですれば、あの高みに登れるんだろう?「不可能じゃないと思うよ。でも、ラルジャンは人間じゃないよ」 獏はティーカップの中を見つめながら考え込む美月を見ながら、クッキーをサクサク食べていきます。ちゃんと、虎の手で。「ラルジャンは僕と同じ猫の妖精、ケット・シーだったニャ」 あの人が、猫の妖精…。あ、この部屋に初めて入った時、白い猫を見た! 真っ白で、目が綺麗な紫の猫。「ラルジャンは、悪魔を食べたんだ」 え? 今… なんて言ったの? 何を食べたって?「悪魔って言ってもニャ、小物の悪魔ニャよ」 ケット・シーは膝の上で大きく伸びると、自分のイスに戻って人間の様に座りました。子猫サイズからチーター位のサイズになって、優雅にお茶を飲み始めます。「「どれだけ大きなモンスターに化けられニャ? わぁ、凄いニャ。じゃあ、今度はどれだけ小さなモンスターに?」て、豆粒サイズのドラゴンになった悪魔をパックン! て、自分の中に取り込んだニャ。バカな悪魔ニャよね〜。『力』はあっても、『知能』はニャかったのよ」 手振り身振りを加えた説明は、最後はニャハハ〜と少し小馬鹿にした笑いで終わりました。そして、飲みニャよ。とケット・シーが、程良く冷めたお茶をすすめて来ます。けれど、それどころじゃない美月。 … どこかで聞いた話だな。でも、それじゃあ、妖精で悪魔ってことは、私が感じていた嫌な感覚は当然の反応かぁ。悪魔的要素があるんだもんね。なら、私の四元素を元にした魔法より浄化魔法の方が効果的か。浄化魔法… イマジネーションがイマイチ乗り切らないんだよね。相性の問題なんだろうけど。シスターさんなら、いいコツとか教えてくれるかな?「あ、でも何で私を? 私を食べれば、さらにパワーアップ出来るとか?」 食らべれるとか、か、考えたくないけれど。それに、私を食べてもパワーアップするとは思えないよね。ギャルの格好をしていなかったら、ダンジョン探索が好きな陰キャ女子高生なだけだもん。「食べニャいよ。美月ちゃんは特別ニャから」「わ、私が、特別?」「『妖精の実』の子どもだからね」 獏にも促されて、ティーカップを両手で包み込むように持つ美月。けれど、何となく飲む気になれません。話の方が気になりすぎて。「「妖精の実」はニャ、僕達妖精が好む食べ物のことニャ。森の草だったり、花や露や果物。穀物や蜂蜜もニャね。特に人気ニャのがドングリ、キノコ、林檎、大麦、カラス麦の粉、黄色い妖精バターニャ。飲み物はミルクやジャスミン茶」「だけど、美月ちゃんの『中』にあるのは、本物の『妖精の実』だよ」え? 私の中にある? 何が? 妖精の実? 妖精が好んで食べる妖精の実が、私の中に?「えっ? なんで? どおして? やっぱり、食べるために?」「それは…」 ケット・シーと獏が顔を見合わせた時でした。「ズルいなぁ〜。僕の愛しの姫とティータイムだなんて。なんで私を呼んでくれないのかな?」 ズルリと美月の影から現れた銀色の髪の男、ラルジャンは美月の後ろに立つと、両肩に手を置いて美月が手にしているティーカップを肩越しに覗き込みました。

 美月、夢の中で妖精たちとお茶会です。でも、色々とやけにリアルなようです。しかもあの男まで…。Next→

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?