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第82話 あっち・こっち・そっちでモンスター

第八十二話『あっち・こっち・そっちでモンスター』


 アイの放った竜巻がフワッと消えたら、そこは真っ暗な空間でした。岩石だらけの空間でも、ジメジメムシムシしていて規格外に育った動植物や昆虫がわんさかいる熱帯のジャングルでもない、ただの真っ暗な空間。けれど、瞬きをした瞬間に熱帯ジャングルに戻ります。


「え?」


 もう一度瞬きをすると、また真っ黒な空間に。


 パチパチパチパチ… 瞬きのたびに熱帯ジャングルと、それとは違うダンジョンの空間を行ったり来たり。そのうち、黒い空間に立っていることに気が付きました。


 車窓の外の風景みたいに、切り取られた空間が目の前を通り抜けていたんだ。目の前だけじゃない。上下左右、何重にも『どこかのダンジョンの一部』の空間が走り抜けて行く。百? 千? 万? こんなにたくさんの切り取られた空間…。ちゃんと、モンスターや探索者もいた。音はないけれど。


「なに… ここ」


 シスターは立ち上がることを忘れて、周りの風景を見ています。おちょぼ口を開けたまま。


「映画みた~い」


 香坂は感心したように目の前の空間に手を伸ばしました。その手を素早く止めるスピリタス。


 見覚えのある場所が何か所もある。自分で入ったダンジョンもそうだけれど、配信で観たのも… うちの本社のエレベーター内も。もしかしたら、ここが…


「あ! みっけ!! アイアイ、助ける4人、いたよ」


 アイの思考を止めたのは、香坂の興奮した声でした。


「「どこどこ?」」


 アイとシスターは、一緒に香坂の指さした方を見ます。けれど、切り取られた空間は、次から次へと通り過ぎて行きます。


 どこ? どこにいるの? この中に… 


「あ…」


 目の前を通り過ぎた一枚に、見慣れた男性の横顔。ほんの一瞬だけれど、見間違うことはないその横顔に、アイは必死に追いかけながら手を伸ばして… 触れる寸前でとどまりました。


 ダメ。今日は人命救助で来たんだから。これ以上、身勝手な行動はダメ。一人じゃないんだから。… まだ、チャンスはある。


 ふぅ… と深呼吸をして、気持ちを切り替えたアイ。キッ! と救助対象の4人を探し始めました。


「アイアイ、あそこ!」


 香坂の声と指先に、アイは即座に反応しました。走ります。切り取られた空間の海の中を。見失わないように、4人の姿だけを、瞬きせずに見つめて。その後ろをスピリタス、香坂、シスターの順番で追いかけます。


「マジで逃がさない!」


 走って走って、勢いよく飛び込みました。迷いなく、切り取られた空間の中へ。



 身勝手が過ぎて、皆様に多大なるご迷惑をおかけしたことは自覚しました。自覚して、反省しました。だから、これは身勝手じゃないんです。4人しか見ていなくって、切り取られた空間がどんな状態か見ていなかったけれど。でも、あの時はああするしか考えが… 頭より体が動いちゃったわけで… 不可抗力だもん!


 岩石の床に正座をして、シスターに胸元を掴まれてガクガクと前後に揺さぶられながら、アイは目をつぶってシクシクと泣いていました。ハニーミント味のロリポップを咥えて。怒りながらもかけてくれている治癒魔法が、アイには心なし熱く感じます。


「貴女はなんでいつもこうなの?! なんで後先考えないの?! なんで相談しないの?! 大切でしょう! ほうれんそう!!」


 いや、あの状況で「報連相」は無理ですって。逃がさないようにするので精一杯だったんだもん。


「お局、こわ~」


 コンパクトミラーを覗いて化粧直しをしながら言う香坂。そんな香坂をキッ! と睨みつけるシスター。アイの胸元を掴んだままで。


「はぁ?! じゃぁ、アンタは焦げて良いのね? ああ、そうよね。アンタはギャルなんだから真っ黒になってもいいのよね。黒ギャルって言うんだったかしら? 心置きなく焼けてきなさいよ。こんがりと!」


「バッカじゃないの~。あんなん、死ぬに決まってんじゃん」


 キャンキャン吠えるシスターに、香坂は小馬鹿にしたような声で返しながら、今だ化粧直し。


「こんなところで化粧直しなんてしている小娘に、馬鹿なんて言われる筋合いはないわよ!

 怒りたくもなるでしょう! 飛び込んだら、目の前にダンジョンのボスがいるのよ。しかも、火を噴いた瞬間よ! アイちゃんの防御呪文が上手く作動してくれたから助かったけれど、それでも先頭のアイちゃんとスピリタスさんは火傷をしたでしょう」


 香坂に言い切ったシスターはアイから手を放して、スピリタスの元へ… その横で横たわってピクリとも動かない4人の様子を見始めました。


 ウイッグもダメになっちゃったけどね。腕につけていたスマホが無事だったのは、本当にラッキーだったな。

 攻撃呪文の詠唱が間に合わなかったから、とっさにネイルチップ10枚使い切っちゃったけれど、そのおかげで足元に倒れていた4人を助けられたんだから良し! でも、10枚全部使って目くらましが精一杯なんだもんなぁ。


「ねね、どうやって脱出するん?」


 アイはスピリタスに回復魔法をかけ始めたシスターと、大人しくしているスピリタスに声を掛けます。リュックの中を漁りながら。


「ティティスのワルツ」も、目くらましのカーテンにしかなっていない。カーテンに映っている影がウロウロしているのは、私達を探しているのかな? そろそろ脱出しなくっちゃ。目くらましも切れちゃう。


「え? アイアイの魔法で、ソクサリじゃないん?」


 コンパクトミラーを閉じて、意外そうな香坂。


「4人を確保してすぐ、スピリタスさんがユニコーンの羽根、脱出アイテムね。それを使ったんだけど、ポワンて燃えて終了。と言うことは、魔法も微妙~。まぁ、アイテムよりは確率高いってだけ。ちょっと工夫しないと…」


 そうなんだよね。ユニコーンの羽根がダメだったから、慌ててイフリートの射程範囲外まで逃げて、重体だった4人の回復を最優先にしたけれど。… シスターさん、消費魔力凄いだろうな。残ってるかな?


「アイちゃん、私に考えがあるの。私、脱出呪文も使えるのだけれど、せいぜい4人… そうね、相当頑張って5人かしら」


 お、速い。スピリタスさんの回復、もう終わっちゃった。シスターさん、ちょっと呼吸が荒いし顔色もよくないな。これ、おすそ分けしよう。


 リュックの中からペットボトルを取り出したアイは、「あ、これも」とロリポップキャンディーを選び出しました。隣で香坂も覗いています。


「それでね、貴女、召喚魔法使えるかしら? 召喚獣や精霊じゃなくっていいの。ちょっとした…」


 ジュジュジュ… ペトペトペタリ…


 シスターの言葉が止まりました。微かな音と焦げたような匂いに、アイもスピリタスも一気に緊張感を増しました。


「アイアイ、見てみて。キモかわ〜」


 先に声を上げたのは香坂でした。ロリポップキャンディーを咥えながら、真っ赤な塊を指さして笑っています。

 それは30センチぐらいで、赤黒くて辛うじて人の形をした、ドロドロとしたもの。上の方に目と口らしき歪な空洞があります。そんなモンスターがワラワラと。

 シスターは叫びながら走って、香坂の襟首をつかんで引っ張ります。同時に、アイは魔法を発動させました。


「チビマグマンよ! 燃えちゃうんだから」


「バイブスも落ちちゃえ! アイシクル・ドロップ!」


 チビマグマン達に向かってロリポップキャンディーを投げると、その頭上に何本もの氷柱が現れて勢い良く落ちました。ジュジュジュ… と、頭や体に刺さるはずだった氷柱は、音を立てて蒸発していきます。それでも、動きは鈍くなりました。

 ボボボボボ! と、いびつな口からアイ達に向かって、大量のマグマが勢いよく吐き出されました。慌てて飛びのくアイ達。


 シスターさん、魔法の詠唱に入った。ケペシュにかけておいた魔法を発動させて、スピリタスさんの攻撃も有効にしなきゃ。


「スピリタスさん5分!」


 パチン! とアイが指を鳴らすと、スピリタスが構えているケペシュがみるみるうちに凍り付き冷気を帯びます。スピリタスが一振りすると、空気中の水分が凍ってパラパラと足元に落ちました。それを見て、スピリタスは右側から向かって来るチビマグマンに突っ込んでいきます。


 おお、相変わらずの無双ぶり。私も負けてられない。


「ワラワラワラワラ、虫じゃないんだから。このアイ様をなめんなよ! と。アイシルク・ドロップ!!」


 マグマ系モンスターの注意点。中途半端な冷却は、爆発の引き金になる!


「カム着火インフェルノはごめんだからね。アイシクル・ドロップ! 50倍」


 一本一本がさっきよりも太い、相撲取り2人分ほどの氷柱がドドドドドン!! と勢いよく落下して、チビマグマン達を一気に氷漬けにしました。チビマグマン達の色が漆黒に変わっていきます。


「アイアイ、あっちも!」


 詠唱に集中しているシスターの横で、香坂が大きな岩石の影を指さしながら声を上げます。


 イフリートの射程圏外はチビマグマンの巣ってこと? これは一刻も早く脱出しなきゃだけど… 


 ドッシーン!!


て、なんで上からバロンさんが降ってきたの? バロンさんを召喚? シスターさんも香坂さんも潰されなくって良かったけれど。


「ちょ待て待て… て、まだバーサーク状態なん? しょうがないなぁ」


 バネの様に勢い良く体を起こしたバロンは、一目散にチビマグマンの集団の中へ。慌てたアイはバロンの振り回しているロングソードに向かって氷柱の魔法を投げかけました。体には、防御呪文を。


 パタパタタタァ…


 今度は6羽の鳩。… あ、シスターさんが何したいのか、分かったかも。


「アイちゃん! 信じてるわよ」


 シスターと香坂、横たわっている4人を囲む、金色に輝く魔法陣が出来上がりました。シスターはジッとアイを見つめて、目が合うと切れ長の細い目でキッとアイを一睨みして、術を発動させました。


 黄金に輝く魔法陣の円、綺麗だな。装備が『シスター』のせいもあって、神秘的。


 シスター達を囲む魔法陣の円が、下から上へと上がっていきます。同時に、シスター達の姿も下から消え始めました。上手くいきそうでホッとしたアイ。


「アイアイ!」


 胸下まで金色の円が上がって来た時、香坂は慌ててアイに向かって手を差し伸べます。その胴体は、ガッシリとシスターに掴まれて。


「ギャル最強!」


 そんな香坂に向かって、アイはニコッと両手でピースサイン。香坂もニッ! と笑ってピースサインを返して、フワッと姿が消えました。


 無事にダンジョンの外に出られていますように。


「さて、2人に時間稼いでもらっている間に、私もやんなきゃね」


 気合を入れなおしたアイは、ポケットからリップを取り出して魔法陣を描き始めました。


 問題は、召喚魔法。中から外に行けないけれど、外から中に何かを呼び寄せて空間に歪をつくれば… てことだけれど、何を召喚すればいいかな? そもそも召喚魔法、出来ないんだよね。… あ、まだ空間の歪が開いてる。そっか、バロンさんが落ちてきたところだ。体が大きいから? とにかく、やってみよう。


 ササッと魔法陣を描き終えたアイは、中央に立って


「きょどるよね~蜘蛛の糸」


 チュッと投げキスをして傀儡の呪文を発動させました。ちょちょっと腕を引くと、チビマグマン達の群れの中から、スピリタスとバロンが帰って来ました。とっさに、バロンを抑え込むスピリタス。


「んじゃ、ソクサリだよ~ソクサリ「サルタヒコの…」


 アイが脱出呪文の詠唱を完成させようとした瞬間、後ろから大量の炎が吹き付けられました。


 しまった! イフリートの目隠しが…


 アイ、無事に脱出なるか? Next→



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