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第25話

 その日は、私の気持ちと同じような透きとおった青空と、そよぐ風が心地よい日だった。

 私はカフェのテラス席で親友を待っている。


 かけがえのない親友――葉山初音――彼女とは家が近く、幼い頃から近所の公園でよく一緒に遊んでいた。いわゆる、幼馴染である。

 小中学校はもちろん一緒で、当たり前のように同じ学校へ進学するものと思っていたが高校は別々になってしまった。だが嬉しいことに大学は同じであった。

 大学の入学式で会った時には、また一緒に学べることを心から喜んだ。

 彼女も、私と主席を争うくらい成績が良かったため、二人は良いライバルであり親友であった。そして卒業後も連絡を取り合っていた。


 初音とはずっと――たとえば二人がおばあちゃんになっても――仲良しでいられると思っていた、いや、その筈だった。あの事件さえなければ。


 初音の学力をもってすれば、卒業後も成功を収めることは確実だったのだけど、彼女はそうならなかった。

 なぜなら彼女の実家が古い考え方をする家系であったからだ。

 主に父親と祖父母は男尊女卑の考えが強く、兄弟の中でも男の子は優遇されていて、初音は大切にされていなかったのだ。

 女に学歴なんて必要ないと、大学進学についても良い顔をしなかった父親を、なんとか説得したのだと聞いたのは、入学して半年くらいの頃だったっけ。

 大学を卒業したらすぐにでも結婚をするという条件を付けられたとも。

 酷い話だと思った。既に許嫁の候補はいるらしく、父親が勝手に決めるらしい。

 今時そんな結婚があっていいのかと、私は憤りを覚えた。


「初音はそれでいいの?」

「いいとか悪いとかではなくて、そういう約束だから」

「好きな人と結婚したいと思わないの?」

 私は少しイライラした。

 初音は優しい反面、気が弱いところがある。いつも誰かに気を使っているし、自己主張をしないし。

「私は、この大学に入れただけで充分なの」

 なんで? もったいないよ!

 何度もそう言ったが、初音は微笑むだけだった。

「諦めないでよ」

「へ?」

「初音の幸せを諦めて欲しくないな」

 私がそう言った時だけ、何故か泣き出しそうな顔をしていた。


 大学を卒業後、初音は婚約をして花嫁修業に勤しみ、結婚をした。

 そして嫁いだ先の家族が……さらに酷い人たちだったのだ。


 私は初音と連絡を取り合っていたから、いろんな話を聞いた。

 最初は愚痴もたくさん言っていた。

 嫁の立場はとても弱く、働くだけ働かせて、食事やお風呂は家族が済んだ後にひっそりと。

 寝るのは一番遅く、起きるのは一番早い。

 そして口答えは許されないなんて。


「言い返せばいいのに!」

 何度も何度も、私は忠告した。

「そうもいかないのよ、私はこうやって話を聞いてくれる香澄がいてくれるだけで……」

 そうやって、初音は少しずつ少しずつ病んでいったのだと思う。

 もっと早くに、私がそれに気づいていたら……

 何度も何度も、私は後悔した。



 初音は結婚後しばらくして、妊娠をした。

 その報告を受けた時には、本当に幸せそうだった。

 あぁ、これで初音も報われる。そう思って、自分の事のように喜んだ。

 そして、難産だったが無事に男の子を生んだ。

 幸せの絶頂だったはずなのに、初音は死んだ。

 自殺だった。


 産後鬱、病名を付けるとしたらそうなるのかもしれない。

 だけど、私は殺されたのだと思っている。


 初音の実力を認めず結婚させた父親に。初音をただの使い捨てのように扱った嫁ぎ先に。守れなかった夫に。

 そして――親友なのに初音のSOSに気付けなかった、この私にも。


 だから、二度目の人生のこの世界では、初音を救いたい。

 絶対に死なせないからね。


 今、初音は婚約中だからまだ間に合うはず。

 これから、私が初音に関わることで、未来を変えてみせるわ。

 その時、風がふわっと吹いて、木の葉が揺れた。



「香澄、お待たせ。久しぶりねぇ」

「初音、待っている間にね、想い出に浸っていたの」

「あら、どんな?」

「とっても、楽しい思い出よ」

「ふふ、ポジティブな香澄らしいわね」


「それでね、実は相談があるのよ」

 しばらく雑談の後、私は本題に入る。

「なによ、改まって」

「私ね、会社を立ち上げようと思うの」

「え、香澄の旦那さんは社長よね? それとは違うの?」

「そうよ、秀平さんは関係ない。私の、私だけの会社よ」

「そうね、良いと思うわ。実行力のある香澄なら十分成功出来ると思うし」

 良かった、初音に賛成してもらえると嬉しい。

「ありがとう、それで、初音も一緒にやらない?」

「えっ?」

「初音と一緒なら心強いもの」

「でも、それは……無理よ」

 やっぱり、そう言うわよね。でも諦めないわよ。

「どうして?」

「だって私、結婚するし」

「私だって、結婚しているわよ?」

「香澄と私では、立場が全然違うもの」

「え、どこが? 初音は私と同等の学力だったじゃない」

「学力ではなくて、家族が……」

 そこで初音は言い澱み、俯いてしまう。

 私の実家と、初音の実家。

 考え方の違いは、幼いころからなんとなく理解はしていた。

「具体的には?」

「私の結納金が必要なの、それがないと弟の学費や結婚資金が足りなくて」

「はぁ、なにそれ? 初音の結納金なのに弟が使うわけ?」

「それに、嫁ぎ先からもうアチラの仕事のリストを貰っているの。そのために今は修行中。香澄の仕事の手伝いをする余裕はないわ。どちらの親も良い顔はしないだろうし」

 そうだった、いつだって初音は顔色を窺っていた。

 相手が求める事のいいなりだった。

 それが初音の長所であり短所なのだ。

「そのリスト、見てもいい?」

「どうぞ」

 なにこれ――私は言葉を失った。

 契約書か何か?

 何枚もの用紙にびっしりと、リストだけではなく、注意事項? やってはいけないことや、その罰則なんかも書いてある。

 まぁ結婚も契約ではあるけれど……初音をタダで働く使用人かなにかだと思ってない?

「酷いわねぇ」

「でしょ?」

 ほら、また諦めの顔をする。

「わかったわ、早々に起業して会社を興すから、一緒にやろう」

「ちょっと香澄、話聞いてた?」

「もちろんよ、成果を上げればいいのよ! これだけ利益があるって証明すれば納得してもらえるんじゃない?」

「そうかな……そうかも。私よりもお金の方が大事な人たちだもの」

 そんな初音の呟きが聞こえてきた。

「ねぇ初音。もしも結婚したくないなら、私が力になるわよ。困ったことがあったら必ず助けるからね」

 私の、お節介かもしれないけれど。

 初音は、しっかりと視線を合わせて頷いてくれた。


「では、早速だけど。細かいことを計画するわよ」

「はい」


 それから私たちは、時間を忘れて打ち合わせをした。

 楽しかった。

 私は初音との起業に胸がわくわくしていた。

「あら、もうこんな時間。そろそろ帰らなきゃね」

「そうね、今日はありがとう。なんだか私の人生が変わる予感がするの」

 初音の笑顔も、清々しかった。


 帰る準備をしている時に、私のスマホの通知音が響いた。

 なにかしら、なにげなく開いたソレを見て、私は驚きで動きを止めた。

「なによ、これ」


「どうかした?」

 様子がおかしい私を気にかけた初音が心配している。

「これ見て!」

 私は送られてきた画像を初音にも見てもらった。

「これって……」

 初音はじっくりと見入っている。


 その画像は、透が女性とキスしている写真だった。

 背景を見れば、どうやら空港のようだった。


 誰がこんなものを?

 それに、透がキスしている相手――この美女は誰なのか?



To be continued



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