「ねぇ、この人って」
初音の言葉に、私は先を促す。
「知っているの?」
透がキスをしている相手が気にならないわけがない。
私には初見の人だから、少しの手掛かりでも欲しいのだ。
「白石美雪さんよねぇ、そういえば幼馴染の婚約者がいるって聞いたことがあるわ」
婚約者ですって? それが透だというの?
「そんな……」
「どうしたの、香澄?」
「ううん、何でもないの。この白石さんって、どういう人? 有名なの?」
「そうね、家柄も良くて、だけどそれだけじゃなくて仕事もしっかり出来るバリキャリっていう噂ね。見てのとおり顔面偏差値も極上ね! 確か、大学は私たちと一緒よ。歳は少し上かしら」
「そう……」
透が好きになる要素は充分にあるということね。
「この男の人が婚約者なのかしら? お似合いね」
初音は何も知らず、そんなことを言う。
そう、先入観なしで見れば、そういう感想になるのだろう。
私は、更に落ち込んだ。
もしも、ここに写っているのが透と私だったなら、初音はお似合いだと言ってくれるだろうか?
私は落ち込みながら家へ帰った。
秀平さんは、私よりも遅くに帰ってきたが、彼も酷く疲れているようだった。
「お疲れのようですね」
「あぁ……誰のせいだと思っているんだか」
強い口調ではなかったが、非難めいていた。
「なんですか?」
「香澄があんなことをするから、大炎上なんだよ。火消しするのも大変なんだ」
「SNSなんて、放っておけばいいのに。時間が経てばそのうち忘れられるわよ」
「そんなに単純じゃないんだよ」
会社の株価を気にしているのか、または株主が何か言ってきているのかもしれない。
「それは、おつかれさまでした」
「まぁ、警察の方はどうにかなりそうだから、それは助かったよ」
「そう……」
「顧問弁護士の斉木くんが頑張ってくれてね」
「あら、優秀なのね」
秀平さんは私の顔をまじまじと見つめている。
「どうしたの?」
「君は……不思議な人だなぁと思って」
「えっ?」
秀平さんに、そんなふうに言われたのは初めてだった。
「斉木くんに聞いたよ、君が被害届を取り消すよう手配したんだろう?」
「なんだ、喋っちゃったのかぁ」
「敵なのか味方なのか……いや、そもそも何と戦っていたのか、わからなくなってきたんだ」
言葉に力がなかった。
「秀平さん、今日は本当に疲れているみたいね」
「あぁ、そうかも」
気弱になった秀平さんは、案外魅力的にみえて……
「なぁ、香澄。慰めてはくれないだろうか」
「私に出来ることなら……いいですよ」
つい、そんな言葉が口をつく。
「なら、一緒に寝よう」
「え……」
「一度くらいダメか? あぁ、やっぱり……今さら無理かな、悪かった、忘れてくれ」
秀平さんは、私の表情を読み取って、一人で寝室へ去っていってしまった。
何故そんなことをしようと思ったのか、自分のことなのに分からなかった。
昼間に透の婚約者の話を聞いたせいなのか、疲れ果てた秀平さんを気の毒に思ったのか。
ただ、それもいいなと、思ってしまったのだった。
「秀平さん?」
私は、秀平さんの寝室へ赴いた。
「どうした?」
「秀平さん、疲れているでしょうから、私がしてあげます」
「なに……を?」
「マッサージを、ですよ」
「あぁ、そうか。じゃぁお願いしようかな」
「うっぅ、あぁっ……香澄、気持ちいぃよ」
最初はぎこちなかった。
透にも、まだしたことがなくて、初めてのことだったから。
こうした方が良い、ここが気持ちいいのだと、秀平さんに聞きながらの局部のマッサージ。
なんとか合格点かな? それでも、まだ射精までには至っていないのだが。
「香澄、舐めてくれないか?」
「……っ」
「そうか、嫌ならいいんだ」
顔を上気させながらも、辛そうに顔を歪める。
これは、セックスするよりはマシと思って私が始めたこと。仕方ないかなぁ。
私は初めて、秀平さんのモノを口に含む。
「……ん、あぁ……」
秀平さんも、こんな声で喘ぎ、こんな顔をするんだ。
案外、可愛いのね。
私は、頭の片隅で冷静にそんなことを思っていた。
しばらくそうしていると、一瞬、口の中で脈打って液が噴出する。
「うっ……」
「あぁぁ……」
どうすればいいのか分からず固まっていたら、秀平さんがティッシュを渡してくれた。
「さすがに飲めないだろう」
私は口の中のものをティッシュに吐き出すと同時に、体の熱も醒めはじめていた。
「口をすすいできます」
そう言って、自室へ戻った。
何をやっているのだろう、私は。
虚しさが心を占めていた。
頭に思い浮かぶのは、透が知らない誰かとキスをしているシーン。
あぁ、やっぱり自棄になっていただけだったのだろうか……
その夜は、なかなか寝付けなかった。
そんな時、私は考える。
一度目の人生と二度目の人生のこと。
私はなぜ、生まれ変わったのだろう。
二回目の人生なのだから、もっと上手く立ち回れるだろうに、なかなか思い通りにはいかないもので。
前世での私は、秀平さんを盲目的に愛し、散々な目に合った。
自分の夢も将来も、家族でさえも犠牲にして一途に尽くしたというのに。
その人生が終わる時になって初めて後悔をした。
生まれ変わったなら、二度と同じ過ちは繰り返さないと誓った。
そして私は、二度目の人生において。
ようやく本当の愛を知った――そう、思っていたのに。
結局、同じだったのだろうか?
透から気にある素振りをされて、舞い上がっていただけなのだろうか。
本命の婚約者がいるのに、浮ついた気持ちで他の女性に言い寄るなんて、しょせん、男は浮気者なのだろうか。
真実の愛って、何?
いいや、もう。自棄にも、投げやりにもなるわよ。
こうなったら、男なんて信じない・頼らないで、仕事に生きてやるわ!
そんなふうに、つらつらと。
思いを巡らせていたら、ようやく睡魔がやってきた。
To be continued