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第42話


「おい良介、あんまり勝手に動くなよ。探偵に調べられるなんて間抜けなことされるなよな」

 ここ最近の俺は機嫌が悪い。その自覚はあるから出来るだけ静かに過ごそうと思っていたのに、こいつが余計なことをするからイライラするし仕事も増える。

「本名で呼ぶなよ、良介ってダサくない? おれは翡翠っていう名前で売っているんだからさぁ、それで頼むよ」

「お前は昔から良介だろうが」

 なにが翡翠だ、こいつは俺の従兄だから小さい頃から知っている。

 愛想が良くて、顔も男にしては綺麗だったから親や親戚に可愛がられていた。本人もそれを逆手にとってお菓子やお年玉なんかもちゃっかり余分に貰ったりしていた。学生の頃もやけにモテていたっけ。

 そのまんま大人になったようで、今は地下アイドルなんてものになっている。

 男で地下アイドルなんてチャラいと思うのだけど、本人は何とも思っていないらしい。

 少しだけどメディアでも紹介されていて、自慢していた。


「まぁ、今回は俺も悪かったよ。だけどあの娘に近付くのは透にとっても得るものがあるだろ? ほら、不動産屋から新居を聞き出したのはおれの功績だしさ」

 良介が狙っているのは、香澄の親友で。だから、香澄に連絡が取れなくなった今、良介の言う通り親友の動向を注視することで香澄の動きもわかりやすくなっているのは確かだ。

「それはまぁそうだけど、ぶつかった時にGPSを仕込むなんてやり過ぎじゃないか?」

「ほぉ、透がそれを言うんだぁ」

 意味ありげな顔をしている。俺が良介のことを知っているように、良介も俺のことを熟知しているということだ。

「俺は一般市民にそんなことしないぞ」

「はいはい、これからは気をつけるよ。この借りはいつか返すからさ。いやぁ、でもやっぱり凄いよな、国家権力はさぁ」

「おい、言葉に気をつけろ」

「はいはい」

 今回、良介がストーカー行為をしているのではないかと疑われ――実際していたのだが――俺が揉み消した。利権をチラつかせ、少しのお金であっけなく買収される探偵は少なくない。極まれに正義感を振りかざす事務所もあるが、今回はそうではなかったということだ。


「でも透、あの男はどうするんだ? かなり悪事を働いているんだろ?」

 良介の言う『あの男』というのは、香澄にやたら近づいている『裕也』とかいう男だ。

 俺の機嫌が悪さの根源だ。


「あいつの本性を教えたら、香澄さんも透のところへ戻って来てくれるんじゃないのか?」

「いやもう少し、泳がせてみるよ」

 まだ決定的な証拠があるわけではないし、たとえ証拠があったとして、それで香澄が俺を許してくれるという保証はない。というか、その可能性は少ないと思う。

 俺はただ、香澄が幸せならばそれでいい。

 そのためなら、何でもすると誓ったのだから。



 一ヶ月ほど前のあの日、香澄が俺を拒絶してからも、俺はずっと香澄を見守っていた。

 探偵事務所から自宅へ帰り、何があったかは分からないが、しばらくしたら香澄は大きなスーツケースを持って外へ出てきた。

 もう辺りは暗くなっているにもかかわらず、一人でトボトボという感じで歩いている。

「危ないなぁ」

 俺の口から心の声が漏れる。

 距離を保ちながら見守っていると、雨が降ってきた。香澄は傘を持っていないらしく、濡れたまま歩いている。徐々に雨も本降りになる。さすがにこれでは辛いだろう、俺は香澄を助けるために車を出ようとした。その時、派手に香澄が転んだ。膝を打ったのか、痛そうにしている。

 そして、そんな香澄に近付く男性がいたのだ。


 俺は動かなかった。動けなかった。

 今、俺が出ていってもきっと、香澄は虚勢を張るだけだろう。

 男は香澄に話しかけている。

 その男に付いていくのか?


 もし不審な動きがあれば、すぐに駆け付ける用意はある。

 俺は念のために爺に連絡をした。何かあった時に動いて貰いたいと伝えるためだ。


 男の車が動き出した。

「なんで知らない男の車になんか乗るんだよ」

 俺は怒りでどうにかなりそうだった。

 車の向かった先は海辺の別荘地だ。まさか、ここに泊るのか?

 俺は一時間経っても出てこなければ踏み込む覚悟を決め、待っている間に爺に連絡を入れて、この別荘の所有者を調べるよう指示をした。


 三十分くらいで男は出てきて、車に乗って去って行った。

 尾行するかどうか迷ったが、香澄がここにいるなら必要ないと思いなおし、俺はそこに留まった。

 再度男が戻ってくるかとも思ったが、次に来たのは翌朝だった。

 最悪の事態には陥らなかったようだ。

 そして、香澄はもう一泊した。その日の夜も男はどこかへ去っていく。

「坊ちゃん、疲れたでしょう。交代しましょうか?」

「大丈夫だよ、爺。それより良介も連れてきたの?」

「ええ、ちょっと調べ物を手伝ってもらって。事情を説明したら来たいって言われたので」

「おれ、この街好きなんだよ」

「遊びじゃないんだけどなぁ」

 確かにここは、海沿いで都心からも近く、若者に人気の街でもある。


「まぁ、それより。あの別荘、なんだかキナ臭いですよ」

「というと?」

「所有者は会社名義になっていまして、実態がよくわからないんですよ」

「なるほど、そういうことか」

「えっ、どういうこと?」

 良介はわかっていないようだったが、それでいい。あまり裏の世界に詳しくならない方が良介のためだろう。

「良介は知らなくて良いことだよ」

「なんだよ、それ……」

 少しだけ不貞腐れた表情をした。


「明日の朝、その男が来たら調べて欲しい」

「わかりました」

「必要だったら、社員も使ってくれていい。上にも報告しておく」

「承知しました」

 どうやらこの件は、俺の仕事案件になる可能性も出てきた。

 その点、爺は頼りになる相棒だと思う。


 翌日、男と一緒に香澄は都心へ戻り、駅の近くで二人は別れた。

 爺は男の尾行を開始し、俺と良介は香澄を遠くから見守ることにする。

 アクシデントはあったが、どうやら香澄は自宅を飛び出してきたようで、案の定行き先は不動産屋だった。


 香澄はこの先どうするつもりなのだろう。

 木暮と別れる気なのか、仮に別れるとしても絶対に一悶着あるだろう、その後の生活はどうするのか考えているのだろうか。

 俺がぼんやりと香澄のことを案じている時に、同じように隣でも良介がある女性のことを考えていたらしい。

「おれ、ちょっと行ってくる」

 そう言って、帽子をかぶりサングラスをかけて、颯爽と不動産屋へ入っていく。

「えっ、おい、待て! 良介」

 良介は、一度も振り返らなかった。




To be continued




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