「全く」
軽率という側面もあるけど、あの行動力とコミュニケーション能力の高さが良介の良さなんだろうなぁ。
それにしても、なんで良介はこんなことに首を突っ込んでくるのだろう。
この不動産屋は来たこともあるし、もちろん香澄にも会うわけに行かないのだから、顔が知られていない良介が手伝ってくれるのは俺にとってはありがたいのだが。
不動産屋の玄関を張り込みながら、そんなことを考えていた。
「どうやらウィークリーマンションを借りるみたい、もう今日から入るって。どの辺りかも聞いてきた」
「聞いたって、本人にか?」
「いや、店長にだよ」
「おまえってやつは……」
「なんだよ透、おれのこと見直したかい?」
「いや、おまえの存在が怖くなったよ、どうやってそんな個人情報教えてもらったんだよ」
あははっと、良介は本当に愉快そうに笑った。
「人間なんて、私利私欲の塊だよなぁ。店長の娘がおれのファンなんだってさ。サインひとつでアッサリ教えてくれたよ」
「まじか」
言葉ではそう言ったものの、俺もそうだってことは実はもう知っている。
本当に、自分が良ければ他人なんてどうでもいいと思っている人の多さに、虚しさを感じるけど、それが現実なのだ。
「それで?」
「ん?」
「良介は何が目的なんだよ」
「ああ、おれはね……あの娘」
良介の視線の先には、不動産屋から出てくる二人の女性。
一人は香澄で、もう一人は確か親友の――
「誰だっけ?」
見かけたことはあるが名前が思い出せない。
「おれもまだ名前は掴んでない」
「は?」
「一回だけ、ライブで見かけたんだよ。こんな偶然……いや、運命かな」
独り言のように呟いている。
二人が別れると、当然のように「おれはあっちね!」と言い残し、お目当ての女性の後をつけて行ってしまった。
その後の行動については詳しく聞いていないが、どうやらずっと張り付いていたらしい。
そりゃストーカーに間違われるよ――いや、間違いじゃないかも?
悪いやつではないのだが。
いやまて、それを言うなら俺も香澄のストーカーということなのか。それが彼女を守るためだとしてもだ。
上等だ、愛する人を守れるのならストーカーでも犯罪者にでもなってやる。
香澄はその後、あの男と二回会っている。
あの男――爺の仮報告によれば、朝長裕也と名乗り、都内在住、年齢は三十手前、定職には就いていないとのこと。
爺にしては、ふんわりとした人物像である。ということは、そういう界隈の男なのだろう。
普通の、一般的な生活をしているのなら、もっとはっきりとわかるはずなのだから。
意識して隠そうとしているのは明白で、そうする理由があるということだ。
これは、こっちもそれなりの対応をしなければ香澄も危険だ。
香澄があの男と会うのを察知した俺は、良介を呼んだ。
「嬉しいな、透がおれを頼りにしてくれて」
相変わらずへらへらとしているが、しっかり変装をして――良介にとって変装は日常茶飯事だが――二人が会っているお店へ入っていった。
「どんな感じだった?」
戻ってきた良介を俺の車に乗せて、今は朝長裕也の車を尾行中だ。
「あぁ、なかなかお洒落なお店で料理も旨かったな。今度デートに使おうかな」
「おい、ふざけるな」
俺は睨みをきかせる。
「わかっているよ、二人の様子だろ? なかなか良い雰囲気だったよ、まじで外から見れば恋人同士みたいだった。会話は投資とか株とかって、なんかそんな話をしていた。ただ会計は女の方が払ってたなぁ、お礼だって言って」
香澄の興味のある話題を知っているってことか、もしかしたら香澄の身辺調査済みなのかもしれない。
香澄が車から降り、自分の部屋へ入っていくまで見届けた。だがきっと、これきりということはないだろう。
それから一週間と空かずに二人は会っている。
遠目でも、香澄は楽しそうに笑っている。木暮の家を出たことで香澄は日増しに綺麗になっているように思う。毎日見ている俺がそう思うのだから間違いではないだろう。
俺の心はジリジリと熱を帯びている。やめろ、そんな目でそいつを見るな! 今すぐ香澄を奪い去ってしまいたくなる。だけど、そんな気持ちは心の奥底へ押し込める。
今回は良介には連絡していない。いくら変装していたとはいえ続けて接近することは危険だ。幸い、今回は店の外からでも香澄の様子を窺うことが出来るため、俺はいつものように張り込んでいる。
この後どこかへ行くのか、すぐに別れるのか。あの男が何の目的で香澄に近付いてきたのか、あらゆる可能性を想定して次を予想して。俺の頭の中では香澄のことでいっぱいだ。
もしも未来を予言できるのなら、先回りして香澄の危険を回避出来るのに……
その夜は、香澄の部屋の前まで送っていた。そのまま部屋へ入ってしまったら次の手を考えなければならないと焦ったが、そうはならなかった。
ドアの前で話をした後に男は帰って行った。
「それは早めに手を打った方が良さそうですね」
爺に情報共有したら、そんな返事がきた。
「どうする?」
「まずは音声だけでも拾いたいですね、出来れば映像も欲しいところですが」
「それって、盗聴とか盗撮って言うんじゃないの?」
隣にいた良介が言わなくてもいいようなことを、ニヤニヤしながら言う。
俺だって出来る事ならプライバシーは尊重したいが。
「許可が下りるか?」
「危険性が証明されれば下りるでしょう、探ってみます」
それから次の週末には、三度目の逢瀬となった。
今回は二人きりではなく、親友も一緒だった。
良介が夢中になっている親友が一緒なので、当然良介もここにいる。
香澄の部屋から車で移動した先は、最初に香澄がずぶ濡れになった時に泊った別荘だった。
「中で何しているのかなぁ」
珍しくへらへらしていない良介がなんだか可愛く思える。
「さぁな、いきなり3Pはないだろうけど」
「なっ、なんだって?」
なんだこいつ、俺のジョークに反応しやがって、面白いな。
しばらく待っていたら、爺も合流した。
「少し気になることがありまして」
「なんだ?」
「香澄さんの部屋の付近から盗聴器の電波が出ていたのですが……」
「なに?」
「今朝、もう一度調べたら出ていなくてですね」
「それって香澄は不在だった?」
俺は、可能性を吟味する。
「はい。おそらく、香澄さんご本人がいる場所から出ているようです」
「え、どういうこと?」
良介が不思議がる。
それは例えば、スマホに盗聴アプリを仕込むとかの場合だろう。
「くそっ」
俺のイライラが絶頂になったその時、別荘の庭から声が聞こえてきた。
どうやら三人が出てきたようだ。
しばらく様子を窺っていたら、バーベキューが始まった。
「なんだ、楽しそうにしやがって」
良介も俺と同じようにイラついている。
「おれ、ちょっと行ってくる」
え、おい、またか?
良介は我慢できなくなったらしい。
「ちょっと待てよ、どうやって?」
ここは前回みたいにお店ではない、個人の家だ。
「車貸してくれる?」
爺が乗ってきた車の鍵を借りていた。
「行くならこれを」
そして爺は良介に盗聴器探知機を渡していた。
「お二人、やっぱり似ていますね」
良介が行ってしまった後は、ただ待つことしか出来ず、爺が話題を振ってくれたことは彼なりの優しさだろう。
「そうか?」
見た目も性格も真逆だと思うが。
「真っすぐな気持ちが清々しいですね」
爺は遠い眼をして微笑んでいる。なんでだろう?
「あぁ、そうだ。腹が減ってはなんとやらですよ、これをどうぞ」
「あぁ、ありがとう」
爺に渡された紙袋の中を覗いて、少し困惑する。
「なんだか、おしゃれなサンドウィッチだなぁ」
「この辺りは観光地なので、いろいろ売っていましてね」
「いつもアンパンなのに」
「あれ、お気に召しませんか?」
「まぁ、少し食べ辛いけど…………うむ、味は大丈夫だ」
「それは良かった」
「爺も食べなよ」
「はい…………ほぉ、これは旨い」
二人でモグモグと食べ進める。
そういえば最近はずっと香澄を見守っているから、ロクなものを食べていなかったと気付く。
たまには美味しいものを、ゆっくりと食べたいなぁ。出来れば香澄と一緒に……いや、そんなこと出来るはずないか。
そんなことを考えながら食べ終わる頃に、良介は帰ってきた。
「おう、どうだった?」
「あっ、何だかいい匂いがする。バーベキュー食べ損ねたから腹減ったよ」
「ん?」
「食べ損ねた?」
爺も、良介の言葉にひっかかりを覚えたみたいだ。
「話の流れでね、一緒にバーベキューでもどうですか? って言われてさ」
「まさか、おまえ――」
「いいですねぇって答えたさ」
「おやおや」
「でも、彼女らが嫌だって、断られた」
「はぁ…………」
呆れて言葉が出ない。
「え、なに? どうしたの?」
「勝手なことをするなよ」
普段よりも低い声が出て、自分でも驚いた。
「どうして怒るんだよ、ちゃんと確認してきたよ、ほら」
良介は探知機を取り出した。
「反応していた、あそこから確実に電波は出ているよ」
「そうか、ありがとう。助かったよ」
香澄の持ち物――おそらくスマートフォン――に盗聴器が仕掛けられている可能性が高い、ということだ。
あの男、朝長裕也を許さない。
「爺、手配を頼む」
「承知しました」
To be continued