「香澄、この記事も参考になるかも」
「どれどれ?」
初音と一緒にネットで調べ物をする。なんだか学生の頃に戻ったようで懐かしいな。
こういう調べ物については初音の方が得意だ。
今回は、臼井美咲さんに招待されたパーティーにお医者様が集まるとのことなので、医療の世界での最新情報を収集している。もちろん専門なことは分からないが、今話題になっていることくらいは最低限知っておく必要がある。
その上で、知らない振りをして相手に話させることも戦略の一つだ。人は自分の力や知識を披露することが大好きだから、自尊心をくすぐってあげるのだ。
医者なんてきっと自意識過剰な人ばかりだろう。
「明日までにまた何か新しい情報があったら送るね」
「ありがとう、初音。悪いわね」
「ううん、私にはこれくらいしか出来ないもの。本当は明日、一緒に行ければ良かったのだけど」
本当にそうだ、初音が一緒にいてくれたら心強い。
「やっぱり夜は出られないの?」
「そうね、パーティーとなると難しいわね。飲み会とかでもうるさく言われるのよ」
「相変わらず石頭なのね、初音のお父さんって! あ、ごめん」
「いいよ、本当のことだもの」
初音本人が一番辛いはずなのに、やっぱり初音は優しい子なのだ。
「初音のためにも、明日は頑張ってくるね」
私は、私に出来ることを精一杯やるだけだ。
「うん、美咲さんにもよろしく。是非、今度会わせてね」
「香澄さん、今日は来ていただいてありがとうございます。すぐに分かりました?」
他の来客の対応をしていた美咲さんは、私に気付くとすぐに駆け寄ってくれてコートを預かってくれる。
「ええ、大丈夫でしたよ。こちらこそお招きありがとう。よかったらこちらも受け取って」
「まぁ、すてき可愛いお花ね。あら、こちらも? 後でみなさんにお出ししますね、ありがとうございます」
お土産としてお花とスウィーツと用意したのだが、喜んでくれたみたいだ。
リビングへ入ると、すでに何人かのお客が歓談していた。
「かしこまった会ではないので適当に……と言われても困りますよね、こちらへどうぞ」
私は美咲さんに付いて歩く。
「矢沢先輩、こちら友人の木暮香澄さんです。香澄さん、こちらは学生時代の先輩で矢沢紗綾。こう見えて小児科医なのよ」
「失礼ね、美咲には私がどう見えているのかな?」
ちょっと怒ったような顔を作って睨む。
そんな様子にも仲の良さが窺えた。
「よろしくお願いします。近々起業を考えておりまして、まだ連絡先だけなのですが」
「あら良いわね、これから何にでもなれるのね」
まだ肩書のない名刺を差し出すと、笑顔で交換してくれた。
「うわ、凄い」
その名刺には、国立の大学病院の名前が書かれていたのだ。おそらくは、出身大学もそうなのだろう。
言葉遣いは少々荒いが、見た目は派手でセレブなお姉さまタイプである。だが、やはり日頃から子供たちと接しているためか、笑うと目尻が下がって優しい表情になる。
「美咲とは親しいのね」
どうやらお客がやってきたようで、その場を離れた美咲さんの後ろ姿を見ながら言う。
「実は、仲良くさせてもらうようになったのは最近なんですよ」
「そう、じゃあ貴女ではないのかしら」
「え?」
どういう意味だろう、私じゃないってなんだろう。
「いえ、何でもないわ。こういう場所に友人を連れてくるなんて珍しいなと思っただけよ」
詮索は無用ということだろうか。
「せっかくなので、飲みましょう」
テーブルに並べられていたカクテルを手に取り渡してくれる。
「そうですね、ありがとうございます」
「香澄さん、ご結婚は?」
「一応、しています」
「一応?」
「別居中なので」
「あら、そう。お子さんは?」
「いません」
「そう、あら一方的に聞いてしまってごめんなさいね。私も結婚はしているわ。同じ病院の医師よ、後でここにも参加する予定なの。子供はいないわ。夫は欲しがっているけど私は作る気ないわ」
「何か理由でも?」
小児科医全てが子供好きとは限らないが、そこまではっきりと宣言する理由があるのだろうか。
「子供は可愛いわ、だけど……だからかな。医者失格かもしれないけど、もしも自分の子供が病気になったらと思うと辛くてね。もちろん
憂いという言葉がしっくりくるような表情をする。
私は衝撃を受けていた。
正直なところ、医者なんて自分の私腹を肥やすことしか考えていないのではないかと思っていた。だけど、彼女がどれだけ真摯に病気と向き合っているのかが、この言葉と表情から読み取れる。
世の中には、こんな医者もいるのね。
「先生は、再生医療に興味はないですか?」
「え?」
もっと、この女医さんと話をしてみたくて質問をする。再生医療やIPS細胞は私にとっても興味がある分野で、実際の医師の意見を聞いてみたいと思っていたのだ。
「紗綾先生、こちらにいらしたのですね」
「あら、お久しぶりですわね、小松先生」
話の腰を折られるように、中年の男性が声をかけてきた。
「おや、お話し中でしたか?」
「いえ、大丈夫です。では紗綾先生、また後ほど」
私は、すぐに身を引いた。この男、小太りで脂ぎった顔であまり関わりたくないタイプではあるが、先生と呼ばれているということはおそらくは医者だろう。機会があれば後で声をかけてみようか。
私は会場をさりげなく見渡しながら、声をかける相手を探しタイミングをはかる。
三人の男性と挨拶をし名刺交換をしたところで、一旦化粧室へと避難する。
スマホをチェックすると、裕也さんからメッセージが来ていた。
近いうちにまた食事でもどうかとのお誘いだ。もちろんオーケイの返事をすると、すぐにレスポンスがあった。「今、何しているの?」と聞かれたので、パーティーに参加中よと素直に話す。すると、頑張ってというスタンプが送られてきた。話を長引かせない心配りが嬉しい。
リビングへ戻ると、紗綾先生と目が合って手招きをされたので近づいていく。隣には年配の男性が二人いた。
「こっちがさっき言っていた、主人よ」
「え?」
どう見ても紗綾先生より一回り以上離れているのではないだろうか。
「ふふ、歳の差気になる? 二十よ!」
思った以上だった。
「そんな風には見えないですが、少し驚きました」
「美女と野獣ですよね」
当のご主人が、そう言いながら名刺を渡してくれる。
「いえ、とてもお似合いです」
そう言いながら名刺を見て更に驚く。それは肩書には副病院長とあったから。
「まぁ……凄い」
「いや、そんなの大した肩書じゃないですよ。こちらなんて厚労省の官僚ですからね」
ご主人は、隣の男性を紹介してくれる。
「あら。どちらも責任のあるお仕事ですわ」
いやぁ、そんなことは……などと謙遜している姿も傲慢さは感じられない。
無事に名刺交換も出来て、さぁこれから話を聞いて出来れば私に興味を持ってもらおうと、話題を探していたところだった。
なにやら会場がざわついた。
「招待されてなくたって、私は美咲の一番の友達なのよ!」
そんな声が聞こえ、段々と近づいてくる。
「美咲、ねぇそうでしょ?」
その声と姿……間違いようがない。
「沙代里、どうして?」
To be continued