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第45話

「美咲、それはこっちのセリフよ! どうして招待してくれなかったのよ」

「それは……今はまだ沙代里の体調が思わしくないから。別の部屋で休みましょう」


 主催者である美咲さんよりも高圧的な態度の沙代里を、他の客が遠巻きに見ている。

 美咲さんはなんとか沙代里をなだめようとするが、逆にヒートアップしていく。

「嫌よ、体調は絶好調だもの。私も参加するわ、いいでしょ?」

 許可を求めているという態度ではなく、もう決めつけている。

 美咲さんは困った顔をする。それはそうだろう、今日ここにいる人達は美咲さんの大切なお客様で、人脈は財産なのだから。いくら沙代里が美咲さんの好きな人だとしても、この場所で好き勝手していいということにはならない。


 沙代里と関わると碌なことにならない、今までどれだけ厄介ごとに巻き込まれかことか。

 ここは関わらない方が絶対にいい。そう思っているのに我慢できない。

「沙代里さんやめて! 美咲さんが困っているでしょ?」

 沙代里が私の方をゆっくりと向く。その顔に一瞬ひるむ。

「あら、香澄さんじゃないの? どうしてあなたがここにいるのかしら?」

 沙代里は言葉通り驚いている感じではなくて、私を煽っているように感じた。

 やっぱり声をかけたのは失敗だったのかもしれない。

「美咲、私と美咲は親友よね?」

「ええ」

「だったら知っているわよね? 私がこの女に酷い目にあわされたことを。どうしてこの女がここにいるの?」

「えっと……」

「何か弱みでも握られているの?」

 沙代里は美咲さんと会話をしながらも、私から視線を外そうとしない。

「沙代里さん、そんなわけないでしょう。落ち着いて、別の部屋で話しましょう」

 周りの注目を集めているのは当然のこと、これ以上の諍いは美咲さんの評価を下げてしまうと思い、そう提案する。

「嫌よ、美咲のパーティーでしょ? 親友の私がいなくてどうするのよ。それに私はあなたが嫌いなの、一緒にはいたくないわ、あなたの方がどこかへ行ってよ」

 どうしたことか、沙代里が興奮すればするほど私は冷静になっていた。

 酷い言葉を言われているのに、腹が立つどころか呆れて沙代里が可哀想に思えてきた。

「ちょっと沙代里――」

 それでも、オロオロしている美咲さんを見て、何か言わなければと口を開きかける。


「いい加減になさい」

 別の声が聞こえてきたと思った瞬間、沙代里の髪が濡れ毛先から雫が零れた。

「あら、ごめんなさい。手が滑ったわ」

 そう言ったのは、空のグラスを持った紗綾先生だった。

「これはこれは、うちの愚妻の手が滑ったようで申し訳ない、さぁこちらで着替えを」

 ご主人が沙代里を強制的に奥の部屋へと連れ去っていく。

 見事な連携プレーだ。

「先輩、ごめんなさい」

 美咲さんは紗綾先生に謝ったあと、沙代里のいる部屋へと入っていく。


「みなさん、お見苦しいところをお見せし申し訳ありません。今日のパーティーはこの辺でお開きということで」

 紗綾先生の言葉で、参加者たちは三々五々帰る準備をし始める。

 私も、ここに留まってまた沙代里が興奮してもいけないと思い、帰ることにする。


 それにしても、沙代里は招待されてもいないのに、何故パーティーのことを知ったのか。そして突然現れたのか。

 たまたま友人から情報が漏れたのだろうか。沙代里の性格からすれば、招待されなかったこと自体に怒っていたのかもしれないが、私に対する敵意には辟易する。

 美咲さんは大丈夫だっただろうか、落ち着いたら連絡してみよう。



 美咲さんに連絡をしようと思っているうちに数日が過ぎてしまっていた。

 そうしたら、逆に連絡が来たのだが、それは美咲さんからではなく紗綾先生からだった。


「ごめんなさいね、急に呼び出して」

「いえ、私は時間に余裕がありますので。先生の方こそお忙しいでしょうに、連絡いただきありがとうございます」

「この前、中途半端だったでしょ。あなたとゆっくり話がしたくて」

「あの時はありがとうございました。あの後、美咲さんは大丈夫でしたか?」

「まぁなんとかね。ちょっとやり過ぎちゃったかなとは思うけど」

「いえ、先生が沙代里に水をぶっかけてくれなかったら、私がやっていたかもしれません」

「そうよね、わざとパーティーをぶち壊しに来たとしか思えなかったものね。なんなのあの女」

 あの時のことを思い出しているのか、かなり険しい表情だ。

 美咲さんが思いを寄せていると知ったらどうなるんだろう、少し興味があるが告げ口みたいなことはしない。


「それで、今日はどういったお話で?」

「そうね、本題に入るわね」

「はい」

「あなた、あの時再生医療について話していたわよね?」

「ええ」

「何を知りたかったの?」


 紗綾先生は聡明な人だと思う。こういう人には嘘や駆け引きは必要ない。私の正直な思いを告げて、それでダメなら潔く諦めよう。

「私が起業を考えていることはお話しましたよね、学生時代に金融学を学んでいたので自分の会社を立ち上げた後は、人々の役に立つような分野への投資を中心に行っていきたいと思っています。再生医療は病気を患った患者さん、特に今後の小児医療にはなくてはならないと思いまして。ただ、なにぶん素人なものでお医者様の意見が聞きたいなぁと思っています」

 紗綾先生は、私の言葉を聞いた後もじっと考え込んでいた。

「そうね、あの子たちの笑顔が戻るなら……」

 独り言のような呟きだった。

「木暮香澄さん、あなたの言う通り再生医療が臨床でどんどん使えるようになれば、小児の……特に今の医療では治らない病気の子供たちが救われるわ。今すぐには無理だけどいずれは一般的になるわ。そのためには研究や治験に莫大なお金がかかるの。理解ある投資家が一人でも増えるのは嬉しいわ」

 紗綾先生は綺麗な笑顔で右手を差し出し、私はその手を握った。



To be continued



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