アルフォンソさんに家まで送ってもらった結果、ちょっとした騒ぎになった。
以前、私の家に何回か来たことがあるから、皆アルフォンソ様が何者なのか知っているわけだけど、送ってもらってきたことに驚いたらしい。
「いったい何があったの、パトリシア? あの方、フレイレ伯爵家のアルフォンソ様でしょう?」
驚きと困惑の表情を浮かべたお母様に、私は苦笑しつつ答えた。
「えぇ、あの、帰りに偶然会ってその……送っていただいたんです」
「以前、何回か貴方に会いにいらしていたわよね? その後まだお付き合いが続いていたの?」
お付き合いっていうかなんて言うか……なんて言うんだろうか。
その辺の事情にはとても疎い私は目を泳がせた後、
「そうねぇ……付き合ってる、ことになるらしいんだけど……」
と、自信なく答える。
恋人……になるのかな。でも私に恋心は今のところないからその言葉はあっていない気がする。
するとお母様はきょとん、とした顔になった。
「本当ですか、お嬢様! あらやだ、伯爵家のご令息とお付き合いだなんてさすがパトリシア様ですね!」
テンション高めにメイドのひとりが言うと、お母様がきょろきょろと視線を巡らせる。
「え? あ、え? どういうこと?」
お母様、もともと普通の一般家庭の出身ですよね? お父様とは恋愛結婚だって、昔聞きましたよ?
詳しくは聞いたことないけれど。絶対、お母様の方が恋愛事情、詳しいよね?
「え、あ、は、伯爵家の……嘘、パトリシア、付き合ってるの? 本当に? え?」
あ、付き合うの意味は分かってるのね。ただ驚きすぎて意味が分かんなかっただけかな。
お母様は私の顔とメイドの顔を交互に見つめ、混乱している様子だった。
「そういうことですよ、奥様」
「でもあの褐色の肌の方はご次男ですよね? 家督は継げませんからねぇ……結婚して、お嬢様がご苦労されなければいいですけど」
確かにそうなのよね。
だから貴族の次男以下は自分で仕事を見つけて財産を形成するしかない。
技術の発展で家事の負担は軽くなってきているとはいえ、貴族の家のようにメイドたちを何人も雇うのは無理だろうな。
まあうちだってそんなにたくさんのメイドたちがいるわけじゃないから、結婚したとしてもまあなんとかやっていけるんじゃないかな……
って、私、何考えているんだろう。
婚約とか結婚とかまだ考えられないのに。
アルフォンソさんとの結婚、私、意識しだしてる?
「うちだって結婚した時はここまでじゃなかったし、愛があれば大丈夫よ!」
と、お母様は力強く言い、私の手をがしり、と掴む。
いや私、まだ結婚する、なんて言っていないんだけど?
私はひきつった笑いを浮かべ、
「お母様、私はしばらく結婚とか婚約って話はする気ないから」
と答える。
するとお母様は、はっとした顔になって、目じりを下げて言った。
「そうよねぇ。あんなことがあってまだ四カ月くらいだものね。しばらく遊んでていいって言ったものね。でもほら、気になって気になって気になって……」
とりあえず、アルフォンソさんとのこと、とっても気になるという事だけはとても伝わってきた。
「褐色の肌の方、見慣れないですがとてもかっこいいですね。絵画に描かれる騎士みたいで」
そんなメイドの言葉に私はちょっと嬉しくなる。
色々と心無い言葉をぶつけられてきたと、アルフォンソさんのお祖母様であるマルグリットさんが言っていたものね。
褒める言葉よりも悪口の方が耳に入ってきやすいし、大変だっただろうなぁ。
「確かにそうね」
この間見かけた騎士の訓練の様子を思い出すと、確かに魅力的に見えたなぁ。
「もしかして日曜日に出かける、と言っていたけれどそのお相手はアルフォンソ様なの?」
お母様に言われ、私は頷く。
日曜日に出掛ける、とは伝えていたけど誰と、とまでは言っていなかった。
するとお母様は嬉しそうな顔になり、両手で口を押えた。
「あんなことがあったから、パトリシアは一生誰ともデートになんて行かないと思っていたのに」
ちょっとそれは大げさすぎませんかね?
この様子だと、私がすでに伯爵様やお祖母様に会ったことを伝えたら大変なことになりそうだな。
黙っていよう、そうしよう。
「ねえ、どこに行くの?」
まるで乙女のように目を輝かせて言うお母様は、なんだかとても楽しそうだ。
「あの、郊外の広場に来ているサーカスを見に行く予定で。あと他にもどこか行くみたいだけど聞いてないのよね」
天幕がどうのって言っていたけど、いったい何を見に行くんだろう?
楽しみなような……怖いような。
アルフォンソさんの行動、読めな過ぎてわかんないのよね。
「ねえパトリシア」
名前を呼ばれたかと思うと、お母様はとても真剣な顔で言った。
「私は貴方の幸せを願っているけど、ねえ、これだけは約束して。子供ができるようなことをするときはちゃんと覚悟をもってするのよ!」
ちょっとその言葉は突き刺さるんですけど?
私はふるふると首を横に振って、
「そ、そ、そ、そんなことしないってば!」
と、裏返った声で答えるのが精いっぱいだった。