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第14話:セレストとカロルの受難

(これでいい……。これで良かったんだ。これで少なくともミラはフォルンの束縛から離れられる。後は全て、私が決着を付けるだけ……。)


 セレストは領軍の詰め所で軍備を進めながら、今後の事を考えていた。


 フォルン領が戦時下になったことにより、彼の処遇については一度保留されている。


 しかし、既に軍の中隊長・カロルからは直々に、戦後に彼の処遇についての裁判が行われることを伝えられていた。


(帝国軍を巻き込んで戦争を起こしたのだ。私の命一つでミラがフォルン家から解放されることを考えれば安いものだろう)


 幼い頃から貴族として育ててきた愛娘。


 帝国軍に降伏し、帝国領に併合されてからはミラにも苦労をさせてばかりだった。


 フォルン家の名声は地に堕ち、売国領主の汚名を着せられ、それでも街の事を考えてこれまで過ごしてきた。


 愛する妻は気丈な女性だったが、今まで親しくしていた領民から投げかけられる罵詈雑言に精神を病み、早くに他界してしまった。


 もうセレストに残っているものは愛するミラだけ。彼女がフォルン家から離れることができれば、貴族としての立場などから解放されれば、まっとうな女性としての幸せも手に入れることができるのではないかとずっと考えていた。


(こんな状況になった時に、彼が来たことは偶然ではないのだろう。彼とミラはもう街を出ただろうか? いや……、きっと街を離れているに違いない。この状況下ではもう何もできることは無いと、彼ならば理解しているだろう)


 軍備が終わり、両軍が街の中心を通り進軍を始める。街の家々からは戦地に向かう領軍を見送るように、街に残らざるを得ない人々が彼らに視線を向けていた。


(これでいい……。あとは全て私が……)


 全ての責を負って、街から出ていこうとするフォルン領軍。しかし、その歩みが止まったのは、街から外へと続く門だった。


「どうした? なぜ進軍しない?」

「そ、それが……、街の外へ続く街道に大穴がいくつも空いていまして。その上、黒竜が更に穴を増やしている最中で……」

「な……、何を馬鹿な……」


 報告に言葉を失うセレスト。だがその報告に間違いはない。


 フォルンの街はフォルン領内でも指折りの大きな街だ。他の宿場町と比べても造りは特異であり、宿場町というよりは砦に近い。


 街の中心にある泉を中心に、外敵からの侵入を防ぐ為に作られた巨大な堀と壁。街に入る為には北側に作られた門扉から入るしか無く、戦争などの有事の際は堅固な防御力を誇るだろう。


 そして今、街から出るための唯一の道には黒竜が陣取り、道にいくつもの大穴を開けて、進軍を阻んでいたのだ。


(なぜ黒龍が進軍を? いや、今はまずい……。この状況で街の外に出られなくなれば……。教国がいつ攻めてくるかもわからないのに……)


 黒龍の突然の出現に焦るセレスト。そんな領主の思惑など知らず、街に続く唯一の道で、クロはその大きな爪を使って未だに穴を掘っていた。


「フフッ♪ 兄様ガ頼ッテクレタラカラ、頑張ラナイト!」


 せっせと爪を道に突き立てて、二度三度と腕を動かせば、道の中心に大の男なら二・三人は簡単に入りそうな大穴が空いていく。


 そしてクロはいくつもの大穴を開けると、最後に掘り返した土を山のように門の前に積み上げて、完全に街の入り口を塞いでしまう。こうなればもう、積み上げられた土を退け、道に開けられた大穴を塞ぐまでは、誰も街から出ることはできそうにない。


 高い壁と堀に囲まれた街から進軍することなど不可能。絶賛穴掘り中のクロに対して領軍が進軍することすら不可能だった。


「クロさん、もう充分です。そろそろ離れましょう!」

「ンッ……、ワカッタ」


 物陰に隠れていたアヤが黒竜に戻ったクロに声を掛ける。


 直後、クロはアヤを自らの背に乗せると、街の裏手へと回る。そして、黒竜の姿で堀と壁を越えると、人の姿に戻った。


「とりあえず、時間稼ぎはこれで充分でしょう……。後はジンさんとミラ様の無事を祈るだけです」

「兄様なら大丈夫だよ」


 アヤの心配を他所に、あっけらかんと応えるクロ。




 そして、フォルン領軍が土砂の山に進軍を阻まれている中、同様の混乱は帝国軍内でも起こっていた。


「おい、いたか?」

「いえ、どこにもいらっしゃいません」

「この非常時に……どこに行かれたんだ!」


 帝国軍の集まっている区画で敷かれる捜索網。


 それもその筈、昨夜の未明から今まで、中隊を率いているはずのカロルが姿を消してしまっていたからだ。


「警備兵の報告では、宿舎を出る姿を見かけなかったと言うことらしい。こうなると……人目を盗んで出たとしか……」

「まさか、戦争を前に逃げたとでもいうのか?」

「馬鹿な! あのカロル中隊長が逃げるなどありえん!」

「ですが状況的にはそうとしか……」


 カロルの消息不明に四人の小隊長たちが顔を見合わせ、今後の事について言葉を交わす。しかし、中隊長をないがしろにして、進軍を進めようとする者は四人の中には誰もいない。


 カロルが何事も無く戻ってきた場合、命令系統を守らなかったと判断される恐れがある。

 上官の立場を簒奪したなどと後になってから判断されれば、自らの経歴に傷が付きかねない。そんな思惑が彼等の脳裏によぎり、本来優秀な小隊隊長達の判断は鈍くなる。


 結果として、彼らは街中のどこかにカロルがいると信じて、兵士を使って街中を探させるしかなかった。




 一方その頃、ジンは帝国軍から調達した馬車を使って、荒野を走らせていた。

 彼の操縦する馬車に乗っているのは、フォルン家の当主代理であるミラ。そして、猿轡をされて簀巻きにされている帝国軍中隊長のカロルだ。


「とりあえず、これでフォルン軍も帝国軍も身動きがとれないだろう。これでもう少し時間を稼げるはずだ」

「まったく……。こんなことして、後でどうなっても知らないわよ?」

「そん時は一緒に処罰されてくれ。もう、こんな方法しか取れないのは確かなんだ」


 御者台に座るジンと馬車内のミラが言葉を交わす中、攫われたカロルがくぐもった声で怒声を響かせる。仕方なくミラが猿轡を外せば、カロルは顔を真っ赤にして大声を上げた。


「ジン! これはどういうつもりだ! 何の目的があって俺を攫った? この馬車はどこに向かっているんだ!」

「そんなに大きな声を出さないでくれ。俺としては雇用主のオーダーに従っているだけなんだから」

「雇用主だと……?」


 その言葉にミラを見るカロル。するとミラは馬車に転がされているカロルを見てニコリと天使のように微笑むと、彼に向かって言ったのだ。


「戦争なんてよくない事でしょ? だからね、これから商談に行こうと思うの。教国の砦の人達とね。幸い、こっちには軍の中隊長もいるし、商談の立会人になってくれるわよね?」


 彼女の言葉に正気を疑うカロル。


「馬鹿な真似はやめろ! 商談なんて上手くいくはずがないだろ? 三人そろって首を刎ねられるつもりか!」


 彼は何とかジンとミラを思いとどまらせようとする。しかし、馬車はスピードを緩める事はない。カロルを乗せた馬車はまっすぐに強国が国境沿いの大森林に建てたという砦へと向かったのだった。

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