ギシアとジンが向かい合う直前、キャトリンとフローライトを乗せたクロは今回の作戦についての話をしていた。
それは、アリシナの張った結界の中でミラが意識のある状態では操られていなかったこと。
そして、今回のギシアとの戦いで、それを前提としてジンが作戦をたてたことだ。
「アリシナさんは言っていたよ。結界の張られている状態で意識さえあれば操られないのなら、結界の中で帝国軍の兵士が立ち向かえば良いって。
あの人の死体を操る呪い自体は強力だけど、あの人自体はそれ程強い訳じゃ無い。だから、傷を負っても大丈夫な条件での戦いになれば、もう負けはないって言ってた」
アリシナが考える通り、ギシアの能力の悪辣さは傷一つで身体の支配権を奪えるところにある。どれだけの武勇を誇る兵士であったとしても、一度戦場に出れば全くの無傷で戦うことは困難だろう。
まして相手が疲れ知らずの骸兵であれば難易度は飛躍的に跳ね上がる。
いつ終わるともわからない戦いの中、僅かな手傷で徐々に味方が取り込まれていけば、いずれは全員がギシアの配下となるだろう。
だがもしも傷を負うだけではギシアに操られないというのであれば、帝国軍の総力をあげてギシアの討伐にのみ注力すれば良い。最悪は結界の外側にまで逃げられることだが、それを塞ぐために光の柱が檻としての役割を果たしてギシアの退路を断っていた。
「それでは、あの中州には現在用意できる帝国軍の総力が集まっているのですか?」
「だろうな。でなければギシアを討伐することは難しいだろう。だが……、何かおかしいとは思わないか……」
クロの説明を受けてキャトリンが黙考する。その様子を見て、フローライトが疑問符を浮かべていた。
「何がおかしいのですか? 作戦自体に何も落ち度は無いように思えます。結界の中でギシアを迎え撃つ以外に、私達に勝ち筋はあり得ません」
「そうだ。それがおかしいんだ」
キャトリンが感じていた違和感を口にする。
「何もかもが、こちらに利するように出来ているとは思わないか? あの呪いの効果について、私達は何も知らない。だからこそ、知り得た情報から今回の作戦を立案したのだろう。だが、その知り得た情報は全て正しいのか?」
「と言うと?」
「あの兄上が……、自分の扱っている力の弱点に気が付くことも無く、何の対策も立てずにいるだろうか? 兄上は直接手を下すだけでなく、人の心を折る為の搦め手を使う。それなのに今回の兄上の動きは全てが力押しの単調な物では無かったか?」
かつて、ジンの心を折る為に帝国軍の暗部を見せつけたギシア。その策事態はギシアの取り巻きの考案したものかも知れ無い。しかし、そう言った非情な手段まで用いるギシアにしては、今回の作戦が力押し一辺倒に思えたのだ。
「怒りに我を忘れて……と言うことは考えられませんか? ギシアを切り伏せたのはキャトリンなのでしょう? そのキャトリンがここに居れば、怒りの感情のままに暴れることもあり得るのでは?」
「……そうだな。だがそれにしてはギシアは冷静に逃げる私を的確に追い詰めていた。ギシアは愚かな兄だ。皇帝になっていれば必ず暗君になっていただろう。だがな、私の知っている『兄上』は有力貴族の傀儡となったとしても、その裏で思考を巡らせていた。
だからきっと今回も私達に与えられた情報に、フェイクが混じっているのでは無いか? そしてフェイクを握らせているとすれば、その情報は今回の作戦を根底から崩すものの筈だ」
クロの速度が落ちていく。そしてクロはジンが言っていた言葉を思い出した。
「兄様モ言ッテイタヨ。上手クイキスギテイルッテ……。ダカラ、コロシオ全部ヲ結界デ覆ウンジャナクテ、戦場ヲ限定スル必要ガアルッテ」
その言葉にキャトリンは自分が感じていた違和感に確信を持つ。
そしてクロが足を止めれば、キャトリンとフローライトが見たのは中州へと続く連絡橋の出口。
そして、そこには本来なら中州にいる筈の帝国軍の兵士達が集まっていた。
「な……、何故だ? お前達は中州へ向かったのでは無かったのか?」
整列する兵士の隊長に向かって問いかけるキャトリン。しかし、返ってきた言葉は意外なものだった。
「ここで待つようにと指示を受けたのです。灰色の軍師様が、今回の作戦のここから先はキャトリン様が必ず指揮を執ることになると言っていました」
「……私が? 私が指示をとる? どうしてジンが自分で指揮を執ると言わなかった? 私が指揮を執らざるを得ない状況になると、ジンは思っていたんじゃ無いのか?」
キャトリンが目の前にある現実の情報を頭の中で組み立てていく。そして、彼女はある可能性に辿り着く。
そして、彼女と行動を供にしていたフローライトがある事に気が付いた時、その最悪の可能性が現実であったことに気が付く。
「キャトリン、さっき結界の中であれば、意識を失っていなければ操られることがないって言っていましたよね? それなら、どうして私が教会に立て籠もっている時、手傷を負った兵士は神父様にかみついたのでしょう? あれは……操られていたのでは?」
「……っ」
ゾクッと悪寒が背筋を駆け抜けていく。
手傷を負っても結界の中であれば問題は無い。今回のジンの策はその前提条件の中に成り立っている。だが、もしもその情報自体がギシアの握らせたフェイクであったとしたら?
もしもジンが当初の予定通りに中州に帝国軍の兵士を集めていたとしたら? それは即ち、この街に集った帝国軍が全てギシアに取り込まれることになる。
「で、でも……私の知っている情報が間違っている可能性も……」
「いや、おそらく間違いは無い。そして、ジンもおそらくはその可能性に思い至ったはずだ。だとすればジンのしようとしていることは――」
キャトリンが再び腰に下げていた剣をとろうとする。
その瞬間、中州で大爆発が起こったのだった。