「集…もう少し機首を下げろ。
角度が付きすぎている」
「ああ…」
的確なアドバイスが大地から聞こえてくる。
ここまで来ているともはや計器を見ている余裕が集には無かった。
ともかく慎重に…
滑走路へと向かって高度を下げていく。
片腕で握る操縦桿に、もう片方の腕でエンジンのコントロールする。
同時に両足で機体の傾きを制御しながら繊細に繊細に。
フロントウインドウの先にある長い黒い滑走路目掛けて…
重い…風に流されている?
そう感じ取った次の瞬間。
「滑走路に真っすぐに侵入していない。
旋回が必要だ」
「っ…」
動かしたくないが操縦桿を捻らざるを得ない。
それこそ強烈な進路修正が必要な事は解っていた。
ぐいっとひねれば機体がぐらりと揺れる。
それこそ何とも言えない浮遊感が遅い機体は急激に落ちたのだ。
「いける。修正は出来ている。
進路に乗った」
それでも方向は思った様に修正できていて。
降りられる。
集はその瞬間確信した。
滑走路までの距離。
そして機体の高度。
奇跡的にも横風は弱くなりつつある。
それは教本に出て来たかのような風景が集の眼前に広がる。
「理想的な形だいけるぞ…集!」
後もう少し。
急激に高度が下がり更にグラリと斜めに落ちていく。
それでも許容範囲。
後から叫び声と悲鳴が聞こえてくる。
操縦桿を握りしめた集は後はなるようになれと。
そのまま機体を滑走路に押し付ける。
「正面…タッチダウン!」
同時にフッドペダルを強烈に踏み込むのだ。
それでも速度が思った様に落ちない。
燃料をほとんど使い果たしているのにも関わらず。
撮影用の荷物満載の期待は想像以上に重かったのだ。
「集!逆噴射だ!」
「っ!逆噴射開始」
フッドブレーキに気を取られていて反応が遅れた集。
大地がその忘れをカバーする指示を的確に飛ばしてくる。
ゴリンと音が鳴りガタガタと地面に接触した感触が伝わってくる。
エンジンを制御するスラストレバーを思いっきり引き絞り、
出力の位置を逆噴射まで押し込んでいた。
轟音と共に機体は急減速を開始し…
どれ程滑走するのか解らない。
その減速がどれだけ行えるのか集も大地も想像がつかなかったのだ。
「止まれ…止まってくれっ!」
「大丈夫だ。許容範囲内で下りれているっ距離は十分残っている」
自然と両足のフッドペダルを更に踏み込み、
強烈な減速感を体に感じる事が出来た。
ギヤギヤと容赦なく踏み込まれた車輪のブレーキは想像以上に酷使され減速する。
集達の乗っていた飛行機は予定通りに着陸を成功させたのである。
その減速感を感じ機体は滑走路へとゆっくりと停止したのだった。
「はは、はははやったぞ集」
「ああぁ、何とかなるもんだな…」
しかし降りられた事でほっとしていたのもつかの間だった。
バタバタと音がして撮影スタッフと庄司が勢いよく入ってきたのである。
けれど緊張していたのかその額には集と大地以上の汗をかいていた。
しかし伊集院庄司として役目を果たすと言えば良いのか。
副機長としてその場に現れた庄司は命令を遂行した集と大地に命令する。
「ご苦労。
席を譲りたまえ」
そこに二人が感動している時間はなかったのだ。
止まった飛行機のコックピットに撮影スタッフと庄司が乗り込んでくる。
ぐいっと肩を掴まれた集はそのまま庄司に操縦席から、
引きずりおろされる事になったのだ。
着座をした事を確認したカメラクルーが直ぐにでも庄司の撮影を開始したのだ。
そして庄司が主役の映像を取り始めたのだ。
「ふぅ…何とかみんなの命を守ることが出来たな。
強いプレッシャーの感じていて責任感に押しつぶされそうだったが…
これも良い経験だったな」
その演技を集達が見守る事は出来ず…
大地共々操縦室よりすぐさま叩きだされたのである。
そこは一瞬にして庄司の為の撮影空間として確立されたのだ。
ゆっくりと進み始めた飛行機は乗降できる場所まで、
庄司の手によって移動させられる事になったのであった。
タラップが繋がれると倒れた機長を運び出す為に救護班が入ってきて、
直ぐにタンカーに乗せられて飛行機から運び出されて行った。
救急車に乗せられて連れていかれる機長を見送る庄司。
カメラは操縦席に座った庄司を撮り続ける。
「機長が倒れた時はどうなるかと思ったが。
なかなかどうして厳しいフライトになってしまったね。
けれど私の操縦で事無きを得る事が出来たな」
「そうですね!素晴らしい操縦でした」
カメラマンの一人が庄司に語り掛ける。
褒めちぎる様にしてアクシデントを難なくやってのけたと。
それこそ危機に立ち向かって一人で飛行機を空港に降ろしたヒーロー。
伊集院庄司の為のCMの続きが撮影される事になったのだ。
無事着陸できた大地と集はその先から始まる撮影に興味はない。
客室に戻って自分達の席にもう一度座り直してただ笑うほかなかったのである。
「素晴らしい副機長の指導での空の旅は疲れるね」
「ああ、とても良い経験だけはさせて貰えたな」
一部の撮影クルーを除いてご苦労様と労いの声を掛けられる集達。
プライベードジェットの中で繰り広げられたありえない事柄。
それを表に出したがる人もいない。
そして無事に着陸して駐機場にプライベードジェットが降り立った。
それだけの結果が残り旅行の移動と言うワンシーンはドラマチックに。
そして伊集院庄司の素晴らしい活躍があったとして仕上げられる事になる。
彼等の旅行はまだ始まったばかりであるが…。
集には災厄の一部が飛び火して別の所で引火した結果。
それが今の状態なのではないかと思わずにはいられなかった。