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第81話

集達がインタビューを受けている間も裏方で予定の調整を続ける司。

飛行機から撮影機材が下ろされればスタッフたちは直ぐにでも動き始めている。

彼等の移動を管理するのも司の役割の一部であった。

本格的な撮影を開始する為の準備。

その為の機材は多々ある。

準備しすぎぐらいな量なのである。

機内での撮影もそれ相応に手の込んだ映像を取る為にカメラが設置されていたが。

それでも撮影側にとっては軽装だったのだ。

降ろされた荷物の量が凄まじい。

集達撮影される側の人数の3倍はあろうかという量が取り出されたのだ。

ベルトコンベヤーによって次々と出てくるその荷物はなかなか降ろし終わらない。

それだけではなく…

いつの間にか続行便で到着したスタッフの人数も増やされている。

どれだけ伊集院庄司がこの撮影に力を入れているのかがうかがえる。

その依頼人である庄司の夢を現実にある形にする事が司がここにいる理由である。

それこそ休憩室でインタビューを受けている間に続行機に乗って司は到着した。

本来なら庄司と同じ飛行機にのる必要があったが。

それこそカメラと撮影のために人員を確保して重量を減らす為。

やむなく司は同乗する事ができなかったのだ。


全ては庄司が思う撮影をするため。


2機の飛行機による移動だった訳である。

勿論1機で移動した方が色々と都合が良かった。

けれどそうならないのは庄司を副操縦士にすると言う為。

カッコよく副機長になるには飛行機の大きさに制約がかかったのだ。

それ以上の大きさの飛行機を飛ばす事が出来ない。

それでは庄司はヒーローになれないのだから仕方がない。

司はそこも考慮しての手配をしていたのである。

裏方のスタッフである司は集達の飛行機に乗っていなかった。

更に続行機に乗り撮影用の機材の積み込みの確認責任者と言う形も取らされた。

積み込みと撮影補助の人員に高価な機材。

それを目的地に確実に届ける為。

であれば仕方がないそう割り切った司であったが。

着陸して初めて集達の乗っていた飛行機が非常事態であった事を教えられたのだ。


「…え?それはどういう事ですか?」

「どうもこうもありません。なんでも非常事態になりかけたそうですよ」

「それは聞いていましたから。

副機長が足りなくて伊集院様が代わりにパイロットを務める。

そういった事ですよね?」

「まぁそうですが…

その機長がどういう訳か体調不良を起こしたそうです」

「え?で、では操縦は伊集院様が行って無事に着陸したのですよね?」

「いいえ、どうやらそう言う訳ではないらしくて。

同乗していたお友達?の一人が副機長の代わりに飛行機を着陸させたとか…

どういう理由なのか解りませんが、かなり危険だったみたいですよ」

「そんな…はずは…い、いえ。

本物の副機長は乗っていたのですよね?」

「?いえ?それこそ伊集院様が副機長でしょう?」


完全に情報が交錯していた。

色々と融通を聞かせた自覚があった司であったが。

ちゃんと安全という部分では考慮していたつもりだったのだ。


飛行機には乗せていない事にしておいて、

撮影スタッフの一人に本物の副機長を乗せていたつもりだったのだ。

プランナーとしてそれ位の庄司の嘘をカバーする要因は仕込んでいた。

けれどその嘘を本当にする為。

庄司が手を回したのである。

顔面から血の気が引く様な感覚に襲われていた。

飛行機での移動にそんな危険が潜んでいるとは思っていない。

司もハプニングは起こると聞いてはいた。

しかしそれでも予定調和で終わるのだと。

ただのお遊戯だと思っていた。

それが知らない所で大事になっていたのである。


「それで彼等は…祥…いや、綾小路様達は!大丈夫なのですか?!」

「あ…ああ。だからそこは問題なく着陸したよ」


飛行機の到着後の予定を司は思い出す。

ちょっとしたハプニングがあったとしてもその後は問題なく飛行機を降りて、

撮影スタッフにインタビューを受ける。

その間に続行機として空港に降り立って機材を下ろし撮影の準備をしておく。

そんな予定のはずだと。

司はともかく祥子の姿を確認したくて着陸後にいてもたってもいられなかった。

直ぐに飛行機から降りたってインタビューを受ける事になっている場所に向かう。

…そこでは3人掛けのソファーに座った庄司と祥子に有珠。

その姿を見るだけであからさまに司はほっとしたのであった。


「良かった…」


そう呟く司であったが。

同時に庄司達はインタビューを終らせている様で祥子に、

お茶を入れさせて優雅なティータイムの様な装いだった。

同時に司の耳に飛び込んできたのは集と大地の庄司を褒めたたえる言葉。


―あの副機長の決断は普通ではきっと出来なかったでしょう!―

―あまりにも独創的過ぎで今でも信じられませんが結果は正解でした―


その含みがありながらも褒めたたえる言葉。

それを聞いて何があったのかを確認したくてたまらなくなる庄司。

そこに近付いてきたのは紘一であった。

明らかに飛行機に乗る前とはそこにいた集達撮影される側の雰囲気が違っていた。

明確な壁が出来たのだ。

集も大地も庄司に対する視線は冷たい。

それが解らないほど司は鈍感では無かった。

安堵感を覚えている場合でもなかった。

紘一は司の隣に並ぶように立つと小声で問い質し始めたのだ。


「紫龍さんでしたっけ?」

「はい…」

「今回のハプニングはかなり予想外で危険だったと思う。

こうなる事を知っていた?」

「い、いえ。十分に安全に配慮したつもりですが」

「安全に配慮した結果弟子が飛行機を着陸させる事になったんだが?」

「そんなはずは…」

「機長が倒れたのは想定外だったと思う。

しかしバックアップ要員が誰一人としていないのは何故なんだ?」

「そんなはずはないですちゃんと正式な副機長が…」

「乗っていなかった。

だれも手を上げないからこそ集と大地が着陸させる事になった」

「…申し訳ありません」

「謝罪よりも確認をしてほしい。

おかしいと思うのならそれこそ誰に…って聞くまでもないと思うけれどな」

「…はい」


紘一からの忠告。

それは司に対する予定を把握しなおした方が良いと言う忠告であった。

一番伊集院庄司から離れた位置から周囲を見る事が出来ていた紘一。

その立ち位置は庄司が自身をよりよくかっこよく見せる為に。

司が考えていた以上の事をやろうとして手を伸ばしているのかもしれない。

そういった警告だった。

これからも撮影の為に色々と問題を起こすのだろうと。

紘一ですら考えついていたのだ。

問題の無い範囲内でのトラブルに抑えてほしくての警告と忠告だった。

そして更に紘一は強く出る。

休憩スペースへ慌てて駆け込んできた司を見て。

その視線が向けられたのは勿論祥子であり。

彼女を見つけてあからさまにほっとした司。

その姿を見てしまえば警告の度合いも強まると言うものだ。



「年上の紫龍さんにこういった事を離すのは何だか違う気もしますが」

「何でしょうか?」

「大切なら、守ってやりたいと思うのなら眺めるだけではなく動かないと、

遠くへと逃げてしまいますよ。

何よりも接点が少ないでしょうからね」

「…何のことなのか解りかねます」

「解らないふりをするのも構わないですけれどね。

解からないなんて言っている内に延ばせば手が届く範囲からいなくなりますよ」

「…さぁ」


紘一からの警告に似たアドバイス。

彼もまた楓を見た時から覚悟を決めて向き合い手を伸ばしたから。

楓との深い関係が始まっている。

切っ掛けは些細な事。

けれどその些細な事を起こさなければ距離は縮まらない。

司は決断を迫られる事になる。



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