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第100話


「それではご覧ください」

「あぁ…」


遠くの方から有珠達が奏でる音楽が庄司の耳に届いていた。

舞台裏の控室にはちゃんと椅子も用意されており庄司はその椅子に腰を掛ける。

前には大型のモニターがありそこには有珠達の演奏も映し出されていた。


「なかなかの見世物だな」

「それは宜しゅうございました」


有珠の演目に目を奪われる庄司。

けれどその演目に集中していられるのはそこまでだった。

楓達の演奏をバックミュージックに流され始めたPVの映像。

見始めて数秒で庄司は怒りの表情に染まったのだ。

極小音で流されるその音声。

けれど音声込みで見せられたその姿は庄司が見ていられるものではなかった。

プライベートジェットで乗り付ける素晴らしい旅の始まり。

アクシデントをかっこよく片付けて空港に着陸する若きパイロットの姿。

そして命を預かる重さを理解しパニックなる事などなく冷静に対処した自分。

それが映し出されていなければいけないはずである。

夢のリゾート地へといざなう優秀なパイロット。

それがPVのコンセプトの一つであったはずだ。


「な、ん…なんだ?」


けれどそんな映像はただ一つもない。

それどころか勝手に操縦席を離れ祥子たちを侍らせているシーン。

そしてトラブルが起きた瞬間操縦席ではなく貨物室へと逃げようとする姿。

倉庫に内側で自信を落ち着ける為に呟いていた失言すら録音されていたのだ。

挙句の果てには着陸を只の乗客でしかない集へと押し付けるその姿。

責任は取れるのか?と迫り逃げるように個室へ戻った所まで。

撮影用に隠しカメラを設置されていた事は知っていた。

けれどそれはあくまで庄司のカッコいい所を取る為の物だった。

それが失態で無様な慌てようしか写しておらず、

挙句の果てには、祥子と有珠に接待されているシーンまで。

着陸する瞬間ににはひっぃという悲鳴に近い声まで上げて、

ただ一人緊急着陸の姿勢を取っていたのである。

どう見ても庄司を称える映像ではなかったのである。

ただひたすらに庄司の無責任さを追求するように作られていた証拠でしかない。

そんな映像を庄司は勿論望んでいない。


「お、おまえっ!これは何だ!」

「如何でしょうか?前日の伊集院様の見せた素晴らしい行動の数々。

その全てを理解しやすく。

そしてご自覚できるように作成された物です。

良く出来ているでしょう?」

「こ、こんなものを作って許されると思っているのか!?」

「許す許さないの問題で済むのでしょうか?

私にはわかりかねますね。

私ですら知っている非常事態宣言を出す事から逃げて…

責任を他者に押し付けたのですからね」


司の目はどう見ても今までと違っていた。

庄司は司の変わり様に付いていけないでいたのである。


「どういう事だ?土壇場でお前に何があった?」

「何と言いましょうか。

我慢する意味を失ってしまったのです」


ぴっとコントローラーを操作する司。

庄司の失態の集大成のPVから画面が切り替わる。

そして次の瞬間画面に映ったのは庄司が目をそむけたくなる画面であった。

それは伊集院家の内部資料であり部外者が見る事が出来ない者である。

しかし司は伊集院家の内部を知っている。

そして怪しい所をピンポイントで調べれば致命的な文書が出てきたのだ。

それは伊集院家が隠した物であり…綾小路家が飲み込む毒である。

粉飾決済の証拠の一部であった。


「な、ゼこれがここにある?

いや、そうじゃない。これを部外者の人間がどうして見る事が出来た?」

「それは私が部外者ではいられないからでしょうね」

「何を言っている?

ちがう何を知っている?

何を知っていてお前は!お前は俺に話しているんだ!」


その慌てようで司の用意した資料は灰色から黒へと確信する。

綱渡りの部分もあった。

数字は確かに整合性が取れているように見える。

けれど実際の資金の流れがあまりにも不明確であり、

とこから持ってきたのか解らない部分が見え隠れする。

ずさんであるが同時に見て見ぬ振りが許される人物でなければできない不正。

それは伊集院家の資産と伊集院庄司の資産が混ざり合った結果であった。

淡々と司は話す。


「辻褄は合わせられるみたいですね。

何処からともなく湧き出る資金が尽きない限り。

借り入れは何を担保に?」

「それを言う必要はない」

「そうですね。

私に言う必要はないでしょう。

しかし綾小路家はどうでしょうね?

嫁いでくる祥子が望んだら拒否は出来ないでしょう?」

「祥子にはそう言った事は言わせない。

そもそも祥子は理解できるほどの頭はない」

「どれだけ見下しているのです?

構いませんが、祥子はそこまで愚かだと思える根拠は何です?」

「女が理解して良い訳が無いんだ!

俺の女だぞ?俺が好きにして何が悪い」

「そうですね本当にあなたの女になるのであれば、ね」


高速で回し続けている伊集院家の資金は既に限界なのだ。

このリゾート地は凄まじく金のかかった庄司の城。

無理矢理作り上げた庄司の王城は今無色だ。

成功すればその灰色は白へと切り替わる。

金の流れは洗浄され美しい形を体現できる。

だが…流れは悪い。

先が見えない状態となった。


紫龍司は伊集院庄司の才覚に疑問しか持てなくなっている。

それどころかいつまでこのくだらない踊りを続けるのか。

付き合いきれなくなっていたのだから。


「お前のやっている事は!明確な裏切り行為なんだぞ!?」

「確かにそうなのでしょうね」

「なぜっ?こんなものを作った?」

「勿論希望を見出せなくなってしまったからに他なりませんよ」

「希望なら十分にあるだろう!」

「何をもって希望と仰られているのか。

私にはわかりませんし。

しかし他者に責任を擦り付けてのうのうと後ろで問題が解決するのを、

待っている指揮官に付いていくバカはいません。

PV一つでそれを証明してしまっている」

「それは偽造されたものだ!」

「偽造?何をもって??

今日一日どれだけ尽くしてお膳立てしたとしてもその先が無い事を、

証明してくれた言動と行動が信用する事を許してくれない。

伊集院庄司。

PVと決算資料から伊集院家に未来を託せない。

そう判断した。

嘘だと言うのであれば証明してほしい」

「しょ、証明だと?」

「そうだ」


いつの間にか司の庄司に対する口調は変わってきていた。

敬う所から明確に高圧的に。

そしてその態度の変更が庄司を確実に追い詰める。

司の着ている袴の袖口から明確な資料が取り出されると、

その資料を思い切り庄司の胸へと叩きつけたのだ。


―バシン―


乾いた音が鳴りモニターで見た粉飾決算の資料。

それをより分かりやすく。

更に厳しく不正箇所を示された資料を庄司は見る事になった。

今は灰色。

ここから綾小路と一緒になって。

そして誤魔化して長い時間をかけて漂白していく。

それでうまくいくはずだった。

けれど見せつけられた資料は誤魔化せない。

これが公表されれば伊集院は傾く。



「夢を言い訳にして我儘を押し通しすぎたな伊集院庄司。

もう後戻りできない所まで腐りきっている」

「それでも…そうだったとしても進むしか俺には無い。

それに綾小路は断れない。

断ったら没落する」

「伊集院家だけを率いて進め。

綾小路を巻き込むな。綾小路は…祥子はおれが戴く」

「て、てめぇ…

できんのかよ?そんなことが!」

「出来るさ。

少なくとも私にはその道筋が出来ている。

だからもう諦めろ。

お前はこのリゾートと結婚するがいい。

良い出来じゃないか。

素晴らしくて私にはまねできない。

したくともな」


それは庄司への最大の皮肉であった。


「おまえ!おまえはぁ!」

「…それでも時期が来るまでは付き合ってやるからそれで黙れ」

「あ…ぐぅっ!」



庄司は握りこぶしを作り掌に爪を食い込ませていた。

明確な不正の証拠。手に入らない綾小路。

そして羽虫だと思っていた存在は自身を焼き尽くすドラゴンであった。

この場は完全に司が支配していたのである。

今までは脅して黙らせれば司と言う有能な駒が動いた。

動いて庄司の思い描く舞台を作ってくれた。

けれどその願いをかなえてくれる魔法使いはもう庄司にはいない。

これから始まるこの巨大リゾート。

未だ完成ではなくこれから大きくそだてなければいけない。

それにはどうしても司の才覚が必要だった。

それだけの技量を短い時間ながら司は見せつけている。

どれだけ無茶無謀を言っても必ず成功させた司の技量。

それ庄司は失う訳にはいかないのだ。

司の「付き合ってやる」と言う言葉は凄まじく重い。

ここで庄司がいなくなることはリゾートの失敗を意味する。

流行らせる為にはどうしても庄司は司に頼らざるを得ない。


譲歩しない司の代わりを直ぐに見つけられないのだ。

少しでも司の会社に資金の提供をしていたのであれば。

庄司は司の首を掴んで黙らせる事も出来た。

けれどその首輪は今世ではない。

ブルーから拠出された資金である以上庄司に司を縛ったりは出来ないのである。


「しょ祥子は俺の…」

「今のお前にその権利はない。

あるとお思いか?」

「こ、後悔するぞ!

紫龍がっ!伊集院を裏切るのか?お前は紫龍の!伊集院よりも家格が!

序列があるだろう!」

「裏切る?序列?

全てが伊集院の思うがままに動かせると思っているのなら、

それに見合った忠誠を尽くせるだけの物をお前は見せたのか?

伊集院はどこまで紫龍を大切にできていた?」

「本家に付き従うのが!分家の役割だろう!」

「…何時から分家と認めていたのか…聞きたいのはこっちだ。

祝賀会への参列で何時も末席に引っ掛ける程度でしかなかった事。

その扱いを忘れてはいない。

本家のしかも跡取りであればそれ相応に見ているべきだったな」

「ぐっ…」

「答えは出たか?」

「あ…」

「あ?」

「綾小路は…祥子は諦める」

「それでいい」


庄司はその場から動けなくなっていた。

脱力し座った椅子から立ち上がることすらできなかったのである。

すたすたと控室を出て歩き始めた司。

それは二人の勝敗が決したと言う事でもあった。

彼は舞台の袖へとたどり着いたタイミングを持って司会者が合図を送る。

それは演奏終了の合図だった。

それを確認した有珠はスッと舞を辞めて祥子の前へと跪く。

重要な発表の合図であった。

隣で里桜がスッとサックスのケースを腕を差し出し祥子から楽器を受け取る。

そして大地と集もピアノの演奏を辞める。

楓と紘一だけがトランペットで音楽を奏でた。

のんびりとした穏やかな演奏が続く。

同時にスモークがたかれその霧がかった場所から現れたのは…

勿論司であった。

その事に祥子は驚くものの、けれど同時に嬉しそうに笑ったのである。

そんな祥子に笑顔を向けながら司もまた祥子の前で跪いたのだ。


「祥子…

今すぐに私に好意を向けてほしいとは言えない。

けれど私は君を迎えに行ける人になる。

待っていてくれるかい?」

「あ…はいっ!」


それは祥子が望んでいた言葉であった。

庄司に道具として扱われる未来しかないと思っていた。

今日という日を迎えてしまえば後はただ庄司に尽すだけ。

そう考えた未来が切り替わったのである。

嬉しかった。

ただ純粋に祥子は喜んだのである。

この旅行で初めて祥子は笑顔を見せる事が出来たのだ。


運命は切り替わる。

祥子と司の関係はこれからであるが。

それでも祥子にとっても綾小路にとっても最悪な日々は終わった。

司と祥子には未来に夢を見れる可能性が生まれたのであった。




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