戦うための武器も権利も司は用意した。
そしてその戦いに相応しい装いになっていたのである。
それは庄司の為に用意されていた予備の衣装。
祥子に着せられたお着物と対になる紋付き袴姿であった。
「安心しました」
「ご期待に添えるように努力いたします」
「それではよろしくお願いします」
「なるべく時間を稼ぎます。
叩き潰してください」
「勿論です。材料は揃えました」
「それは喜ばしい。
成果を期待します」
「はい」
「ご武運を」
「ありがとうございます」
庄司と祥子を待ち構えていた司達。
楽団員として司を取り囲む様に待ち構えていた7人に押しとどめられる形。
すり抜ける事は許されず庄司からの質問によって火蓋は切って落とされた。
「これは?」
「お待ちください伊集院様…。
予定外なのですが綾小路様のご学友が祝い事を祝福する為に、
演奏させてもらいたいと申されまして。
少しばかりお時間を戴きたいのですが」
「…わかった」
「それでは…綾小路様は皆さまの中心で音をお楽しみください」
司は祥子の為に用意したサックスを祥子へと受け渡す。
それから進行役の司会者に合図を密かに送ったのだ。
「あ…はいっ!」
不安であった祥子も有珠達に囲まれて。
その中心で有珠がヴァイオリンではなくカラーガードの旗を構えれば。
何をしようとしているのか解ったのだ。
「さぁ!」
満面の笑顔と旗を構える有珠。
それこそマーチングバンドの指揮者の様に立ち振る舞うと、
集達に音を出すように指揮を取り6人の演奏が始まったのである。
入場口が開きスモークが焚かれれば有珠は旗をクルリクルリと動かす。
そして舞台上で演目を始めるのであった。
動き始めた有珠の旗捌きは人目を惹きそれこそ妖精の様に舞い始めたのだ。
7人の進行を見届けた司。
取り残された舞台裏で庄司に申し訳なさそうに話しかける。
「それでは伊集院様と綾小路様…。
これから少しばかり私にお付き合いください」
「…紫龍の人間が今更何用だ?」
「何用?と申されましても綾小路様のご学友達が、
これよりお二方を祝福する為の演奏と舞を披露してくださいます。
急遽サプライズとして一幕設けたので御座います」
「ほう…」
「そしてそのサプライズの間は素敵なPVが完成いたしましたので。
そちらのご確認を伊集院様にはお願いしたいのです」
「このタイミングでか?」
「はい」
「入場後素晴らしい映像で失神しない様にする為にも、
事前に確認してもらいたいのです。
この演目はご学友から綾小路様へのサプライズ演奏なのですから。
それでは伊集院様はこちらの控室で最後のチェックをお願いします」
「…わかった」
司の誘導に付いていくしかない庄司。
全ての予定は司によってコントロールされているからこそ。
ここまで庄司を予定通り祥子から分断し一人にする事に成功したのである。
―それではこの素敵なパーティーに―
―才能あふれる若者達が花を咲かせてくれます―
―綾小路祥子さまのご学友たちです!―
拍手を持って集達はステージ中央へと呼びこまれていく。
中心にいる祥子の姿に皆視線は釘付けになるものの。
その意味を口にする人はいなかった。
スタッフの一人が有珠に声をかける。
「黒江さんお願いします」
「はいっ」
カラーガード用の旗を持った有珠は中学校の時にやらされた事。
特殊な一人演目。
クルクルと旗を振り回し楓を指し示せば楓もその指示に応えるのだ。
トランペットがその音を鳴らし始め更に場が作られていく。
妖精と言う名が付くに相応しい舞を有珠は見せつけるのだ。
それはプロダンサー顔負けのパフォーマンスなのである。
楓の音に合わせて里桜もまた音を重ね合わせていく。
同時に大地はステージ片隅に用意されていたグランドピアノへと腰かけ。
紘一が楓の補佐をするようにメインメロディーをより強調する形で音を作る。
そして集は最後尾で自身と有珠のヴァイオリン2台持って伴走。
1つのパフォーマンスとして完成した形は周囲を見とれさせるに十分であった。
有珠の人目を引き付け舞い踊るその姿はとても愛らしい。
氷のないフィギュアスケートの様でもある。
躍動的でそして旗を振る回す姿は確かに有珠にしか出来ない演目となる。
その場の主役は有珠であり…
観客の視線は散らばり祥子の白無垢姿は異質なステージ衣装へ変化させる。
意味を変える事に成功しており違和感は消えていく。
この瞬間庄司によって発表されるはずだった重要事項がかき消されていた。
周囲が有珠と楓達の動きに見惚れている間に天秤の傾きが変わる。
会場から少しだけ離れた控室にて司の戦いが始まる。