会場の一部が開かれ退出する人も現れ始めていた。
最高のグランドフィナーレを迎えた以上ここにいるべきではない物達もいる。
綾小路家の面々。
司が祥子と新しい道を歩み始めた結果、伊集院家に泥を塗りたくられた。
綾小路家は道化として見られたのだ。
関係の修復をするのであればこの会場で祥子の両親に声をかける事。
庄司にとってはそれが最後のチャンスでもあった。
だが3人の女性達はもはや庄司から離れない。
離れず庄司のパートナーとしてこれから立ち振る舞う。
祥子の両親は軽く拍手をした後パーティー会場を後にする。
「まって!待ってくださいっ!こんなはずじゃ!こんな事をするつもりは!」
離れすぎて周囲から拍手と祝福の言葉を受け続ける庄司はそこから動けない。
開場からはどんどんと綾小路家の人間はいなくなる。
もはや完全に綾小路家の人間に声をかける機会を庄司は失ったのである。
説明もムービーの可笑しさも全て置き去りにされ始まった花火の打ち上げ。
それらはすべてのその場にいた人の目に映り等しく夜空は彩られたのである。
全ての視線は庄司達に向けられていた結果でもあるが。
集達はパーティー終盤では完全に脇役扱いであった。
良い形の目くらましになっていて祥子は誰にも気づかれずにその場を後に出来た。
既に会場は大盛り上がりであり異様な雰囲気になりつつある。
祥子と司はそのまま舞台袖へと集達に囲まれる様にして連れていかれる。
そこには司の部下が待っていたのである。
「祥子様には是非ともお着替えをして頂きたくご準備出来ております」
「あ、あの…」
「お話はお着替え後にお願いしますね!」
「は、はいっ!」
それは司の我儘。
伊集院家が婚約のために用意しておいたお着物。
祥子にそれを着せておく事が司には許せない事であった。
単純で明快な事であったが伊集院の物を身に着けさせたくない。
司が考えてしまっていて直ぐにでも着替えさせたかったのだから仕方がない。
けれど用意されたドレスはそれだけではなくて。
「さぁあなた達も着替えてください」
用意されていたのは祥子だけではなく集達の分もであった。
「華やかな夜は残念ながら今夜しかありません。
役目を果たした皆様はこれから短い時間ですが。
楽しんでいただけたらと思います」
それは司から集達へのねぎらいと言う意味でもあった。
この綱渡りのようなイベントをなんとか熟す事が出来た事。
司は感謝しかなかったのだ。
同時に祥子のお友達は司にとっても長い付き合いとなるメンバーである。
その予感もあったのかもしれない。
祥子の隣に立つ司。
「私達の事はこれからですが。
ここに私は宣言します。
必ず祥子を幸せにできる男になると」
司の宣言に祥子は顔を赤らめ耳を真っ赤になっていた。
さぁ…と背中を押され、
女性陣は仮設で用意されたフィッティングルームへと送り出されたのだ。
集達もまた着替えをする事になりその姿は音楽隊から切り替わる。
どういった采配の為に用意されたのかはわからない。
けれどその用意されていた着替えは…
紘一にとっては難易度が高い物だった。
非日常の体現とでも言えば良いのか。
「…まぁ良いんだけどさ?
楓も喜んでくれると思うし」
「当り前ではないですか師匠!
我らは重大なミッションをクリアーした英雄なのです!
英雄には英雄としてのスタイルがあるでしょう!」
「お、おう…」
それこそ王子様ルックとでも言えば良いのか。
普通のパーティー会場では着る様な事は絶対にない。
どちらかと言えば舞台衣装という形であった。
渋々ながら着替えた紘一。
彼のがっしりとした体格に合わせて作られたその衣装は確かに素晴らしい出来。
視点を変えれば歌って踊れるアイドルとも呼べそうだった。
「集は納得できてんのか?」
「出来ていますね。
だってまだ役割は終わっていないんですから」
「それはどういう?」
「女心と言うか…男心と言えばいいのかなぁ…」
司の心情を理解できるからこそ集はそれ以上は口にしたくなかった。
「ソウデスネ…
師匠は聖さんが知らない内に誰かと結婚させられそうになっていて…
相手が用意した花嫁衣裳を着せられていたとします。
それを何とか阻止して、その後になにをします?
聖さんが来ている花嫁衣裳を直ぐにでも脱がせたくないですか?
他人の花嫁となる為の衣装を見ていたいですか?」
「それは…なんかモヤるかもしれないかも?」
「そのモヤりを消したいんですよ。
更に言うのであれば今まで着ていた物に負けない物を着せたくないですか?」
「やれるのならやるかもな」
「だから僕たちに渡された物もつり合い取れた物にしたんですよ。
紫龍さんが来ている燕尾服も、
これから綾小路さんが着る物に合わせているでしょう。
折角勝てて権利を得られたんです。
ここからは紫龍さんにとってもご褒美の時間ですよ」
「…そうだな。心情は複雑で特別な夜は今日しかないならこうなるのか」
「なるんですよ。
それに付き合うのもこのリゾートに来た以上仕方ないんです」
「そうなんだな」
「そうなのです」
集は紘一に今の状況を力説して納得させる形となったのだ。
なかなか目まぐるしく変わる現状を把握するのに四苦八苦している紘一。
それに対して大地は余裕の構えを見せていたのである。
「集よ、君に確認しておきたい事があるのだ。
やはり私が黒というとは里桜も黒と言う事だよな?」
「そうなんじゃないかな?」
「黒…それは女性を輝かせる素晴らしい色だと思うのだ。
その光を吸収して取り込みわがものにする。
つまり私が里桜も取り込んでしまって良いと言う事。
それで間違いないな?」
「…そうなんじゃないかな?」
「やはり私の考えは間違っていなかったという事なのだな。
昨日から私のアストラルパワーがビンビンに感度を上げているは、
里桜の為だったと言う事で合っているな!」
「そうなんじゃないかな?」
「流石私の考えを読み切っているな集。
ならばここは一歩大きく出るべきだと思うのだ」
「ん?え?一歩、大きく出る?」
「そうだやはりこういった場にこういった姿でいると言う事は、
つまり開放的になるべきだと思うのだ。
私は今日、里桜にアタックを掛けるつもりだ」
「あ、アタックとは?」
「言わずとも解ろう。
ここまで私と里桜は浅からぬ仲となるまで関係を進めてしまったのだ。
なら今日はそこに一つの区切を付けるべきだと決心した次第だ」
「…なるほど?その気持ちは分からない訳じゃないけれど…
え?あれ?」
そこで集は固まる事になるのである。
正しくは混乱してしまったと言うべきかもしれない。
学校の屋上で見た花火大会。
そこで大地と里桜は二人っきりで花火を見ていたはずである。
告白寸前に有珠に里桜を探しに行かれたので集も覚えている。
「え?大地?おまえ大城さんと…
そのカップル…いや恋人同士だったよな?」
「集よ、細かい事を気にしてはいけない。
告白は何度やっても良い物なのだぞ?」
「え?ごめんあまりに、その辺りの考え方が違うみたいで…
ちょっと納得できない所があるんだけど」
「そうか?愛は伝えられるときには伝えておくべきだと思うのだ。
だから私はチャンスがあれば何度だって伝えるさ!」
「そ、そうなんだ」
「だから待たせてはいけない。
そして、つかみ取れるチャンスがあれば迷わず行くべきなのだ!」
「あー…うん。
解ってはいるつもりなんだけどね。
今はちょっと無理かな」
「うぬう…そうか。
ここまで押してもまだ駄目なのだな?
なら次を考えるとしよう。
もしかして失敗した事で恐れているのか?」
「それも無いとは言えないけれどね。
確認しないといけない事が出来てしまったんだよ」
「…なるほど確認は必要な事だな。
自分の好きなペースで進むがいいのだ」
大地からの盛大な押しである事。
どうしてこのタイミングで言ってくるのか。
それが気にならない訳じゃない。
けれどそれでも集は躊躇う。
前に進むわけにはいかない。
今回の事であまりにも違和感を覚える事が大きすぎたのだ。
その違和感が正しければ今動く訳にはいかない。