その後バイクで追走してきた夏美さんと合流すると、ミセリさんの知り合いの個人病院に向かった。到着する頃には元気いっぱいのみひろだったけど、念のため健康診断をしてもらう事に。
病院ロビーでみひろの検査を待ってる間、夏美さんは、その後の葉室警備とアマルガムの動きについて教えてくれた。
「みんなが私を置いてとっとと逃げちゃった後! 葉室警備の人がバズーカみたいなの、ばっかんばっかんぶっぱなして、ヘリを二機墜落させてたよ」
「ごめんってば」
置いていかれた事が相当ショックだったのか、その部分を強調して話す夏美さんに、私は両手をすり合わせ謝った。みひろが大ピンチだった事は夏美さんも分かってるから、笑って許してくれたけど。
それにしても、葉室警備はヘリ撃墜しちゃったんですか……しかもバズーカて。
そう言えば以前みひろが、葉室警備にはロケットランチャーが配備されてるとかなんとか言ってたっけ。これじゃあもう、どっちがテロ組織か分かんないよ。
そんな私の横で、伊織さんは「ううっ……」と唸りながら、頭を抱えうずくまってる。
今更ながら、事の重大さに相当なショックを受けてるみたいだ。その背中をリーラちゃんが棒きれでつんつん突っついても、気付かないほどに。
「珍しいね。伊織がそんなに取り乱すなんて」
リーラちゃんに振り向くと、伊織さんは半べそかいて訴える。
「あの三機のヘリはシーホーク――横須賀米軍基地に配備されたアメリカ海軍のヘリなんです! いくら葉室財閥といえど、米軍のヘリ二機もバズーカで撃墜させたとなれば、ただでは済みません……とても正気の沙汰とは思えない」
世界中の政財界に、アマルガムの支援者は潜んでいると聞く。おそらくあのヘリも、そうした支援者を動かして出動させたんだろうけど……まさか在日米軍まで動かせるなんて。
まぁそんなの、今考えても仕方ない事。私は夏美さんに、一番気がかりだった事を尋ねた。
「それで……ママとジルコはどうなったの?」
「最後に残ったヘリがロープで救急車を吊り下げて、そのまま飛び去ろうとしてたの。でも葉室警備のバズーカ攻撃で紐が切れちゃって、救急車は海にドボン。ヘリはそのまま帰っちゃったけど、葉室警備は大慌てで救急車を海から引き揚げようとしてた。だから藍海ちゃんママもジルコさんも、葉室警備に捕まったんじゃない?」
「じゃない? って事は、捕まるとこまで見てなかったのね」
「救急車が海に落ちた時点で、皆めっちゃ混乱してたし。久右衛門さんも『これは万能薬じゃなーい!』って大騒ぎしてたから、私も逃げ出すなら今かなーって」
夏美さんは軽い調子でそう言うと、ふわふわショートボブをかき上げて、左耳に付けた金色のイヤーカフ――錬金金貨<タクトシュトック>を見せてきた。
かなー、で逃げきれちゃうところが、バイクを手足のように操る聴覚の
対照的にずーんっと重低音を響かせて膝を抱えてるのは、伊織さんだ。ぶつぶつと呪詛のような自問自答が、言葉になって出ちゃってる。
「そもそも久右衛門さまが、万能薬を飲もうとするなんて……一体どうして」
「もしかしてお祖父ちゃんも、どっか具合悪いとこあったりして、とか?」
リーラちゃんが明るく答えるも、伊織さんは顔を伏せたままだ。
「私が本家に来て七年……久右衛門さまが持病を患ってるとか床に臥せってるなんて話は、一度も聞いた事がないです」
「お達者だねぇ……」
「とはいえ、久右衛門さまも御年六十七歳。何か深刻なご病気を隠してる可能性も、なきにしもあらずですが……」
「いやあ、きっとそう言う事じゃないと思うよ」
今度はマスク姿のミセリさんが、腕組みしながら話に加わった。
「年を取ると体力的にはもちろんだけど、精神力も衰える。葉室財閥総帥ともなればそのプレッシャーはハンパじゃないだろうし、失敗を恐れて保守的になっても不思議じゃない。若い頃あった気力や活力みたいなものを、取り戻したいと考えたんじゃないかな?」
「万能薬って、老化による衰えや活力不足も治っちゃうって事!?」
私が訊き返すと、ミセリさんは「さぁ」と曖昧な返事をする。
「万能薬の効能が私に分かるはずもないけど……三十過ぎた先輩レスラーとかと一緒にいると、感じるんだよ。老化による衰えってのは体力以上に、気合や根性といった精神力を奪うんだなって。久右衛門さんが持病持ちかは分からないけど、確かに彼からは、老人特有の若さへの憧れみたいなものを嗅ぎ取ったよ」
そう言うと、ミセリさんはマスクの鼻に指を当て、こすった。なるほど……決して言葉にしない本心も、匂いとなれば防ぎようもない。
人の感情を匂いで判別する嗅覚のコイン<ガンダルヴァ>の
どんなに食事や運動に気を遣っていようと、現実に人間が若返る事はない。
でももし、万能薬に若返りの効果があるとすれば……私はみんなに聞いてみる。
「もし万能薬に若返りの効果があったとしたら、それってもう、不老不死の薬って事になっちゃうと思う?」
「……みひろ様の負傷は、致命傷と言っていいレベルでした。それが万能薬を飲むだけで傷跡一つ残さず治った以上、不老不死に近い効果をもたらす薬と言えなくもないですね……」
伊織さんは顔を上げると、きりっと表情を引き締めた。
「久右衛門さまは、長く後継者問題に悩まされてきました。ことその問題に限って言えば、葉室家はいつも悪い方悪い方に転がり落ちてたように思います。これ以上、他人任せの後継者問題に悩むくらいなら……」
「久右衛門さん自身が、不老不死になっちゃえばいい……とか、思っちゃったり?」
冗談っぽく言ってみたものの、伊織さんは大真面目な顔で頷いた。
「目の前で孫娘が狙撃され倒れてるのに、万能薬を渡せとしつこく迫ったり、あの場でお飲みになられたわけですから。最初からそのつもりだったとしか思えません」
伊織さんの目に憤怒の色が滲む。その気持ちはよく分かる。
お祖母ちゃんを亡くして、ママと敵対する事になって、みひろまで死にかけた。
そうまでしてようやく手に入れた万能薬を、本当に必要としてる八雲さんじゃなく、久右衛門さんが飲もうとするなんて……。
そこまで考えて、ふと思い立った。
「これ、八雲さんが聞いたらどう思うんだろう? 私たちに病気の事告白して、万能薬は最後の希望だからって頭まで下げてたのに。まさか自分のおじいちゃんに先を越されるなんて……」
「偽物とはいえ、久右衛門さまが万能薬をお飲みになった事実は、八雲さんに知らせない方がいいでしょう。もしこれを知って八雲さんが極端な行動に出た場合、久右衛門さまの矛先が彼に向く可能性も……自分が不老不死になるおつもりなら、正統後継者は邪魔な存在でしかありませんから」
「そうだねぇ……八雲さん、お屋敷どころか部屋すら出れないし。いざ逃げようってなってもどうすればいいやら……」
私と伊織さんが真剣な顔で話し合ってると、間に夏美さんがやってきて「えへへ」と可愛くはにかんだ。
「どうしたの?」
「あー、えとね」
「?」
夏美さんは膝上に置いたヘルメットのバイザーを開け、インカムのマイクを見せてくる。
意味が分からずきょとんとする私たちに、ハイトーンの爆弾が炸裂する。
「みんなをバイクで追っかけてる間、私……メットのインカムで八雲さんと話してて、その事教えちゃった」
* * *