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第67話「出張秋物コーデ」

 いつも通りに朝食を食べ終わったラヴェンナはガーデンチェアに腰掛けながら秋風に吹かれ、そろそろ来るであろう訪問者を一人で待っていた。

 しばらく座っていると、遠くから覚えのある荷馬車が近付いてきた。御者台にはオレンジのドレスを纏った金髪の女商人セレスティアが腰掛け、ゆっくり寛ぐ黒魔女に向かって手を振りながらもう片方の手で手綱を操っている。


「ラヴェンナ~!」

「はいはい」


 セレスティアは毎度のようにニコニコ笑顔で魔女小屋までやってくると、早速荷馬車を展開して今回の商品を見せてきた。ラヴェンナは椅子から立ち上がり、あらかじめ書いていたメモを取りだしては指でなぞって確認する。


「えっとね、まずは毎回お願いしてるパンとベーコン」

「はーい、ただいま」

「あと、今日はロクサーヌが街に行ってるから、彼女からの頼まれ物もあるわ。小麦粉と塩、それとシナモンにトウガラシ……」

「ふむふむ……」


 言われた商品を取り出すセレスティアの横で、ラヴェンナはふと、中の一画がやけに色鮮やかなことに気付いてつい目を惹かれる。

 そこには何着もの衣服が畳んで置かれていた。濃淡の異なる茶色に深い緑、白とクリーム色と赤、いかにも秋を感じさせるものが並んでいる。それをぼんやり見つめていると、ささっと用事を終わらせた女商人が顔を出す。


「何か気になる物でもあった?」

「見てるだけよ。今日は服を沢山持ってきたのね」

「そうよ。せっかくの秋だもの、おしゃれして楽しまなきゃ!」


 腰に両手を当てて胸を張るセレスティア。ラヴェンナは半ば呆れたような顔で口を開け、溜め息の後に言葉を紡ぐ。


「あなた、他の季節でも同じこと言うじゃないの」

「おしゃれしたい気持ちに時期なんてないわ! ラヴェンナもほら!」

「私は大丈夫よ。いま着回してる服はどれもまだ着られるから」

「そんなのいけない!」


 身に纏っている黒いローブをつまんでやんわり断ろうとするが、セレスティアは一歩も引かないと言わんばかりにずいと近付いてくる!


「ラヴェンナも歳なんだから、新しいことをやらないとボケボケで嫌味ばっかりのおばさんになっちゃう!」

「いいからいいから。出さなくて大丈夫だから、早くしまいなさい」

「よくないわ! ほら、せっかくこんなにいっぱい持ってきたのに!」


 既に女商人は何着もの衣服を両腕に抱えている。わかりやすく頬を膨らませて不機嫌をアピールしながら、ぷいとそっぽを向いて魔女小屋の方へ歩いて行く。


「だったらいいわ、私が着るもん! お家を借りるわね!」

「ちょっと……まったく、返事くらいは聞いていきなさいよ」


 今日は彼女主催のファッションショーが始まるらしい。そしてそれはもう決定事項となり、ラヴェンナの言葉では動きそうにもなかった。しかし他にやる用事もなかったため、渋い顔をしながらも後を追って魔女小屋の中へ続く。



◆ ◆ ◆



 荷馬車を引いてきた馬二匹が頭を下げて道端の草を食べている正面で、集落のウシがゆったりと座りながら寛いでいた。動物たちがまるで通じ合っている空気を醸している間、壁一枚挟んだ向こうでは、家主が仕方なさそうな顔のまま椅子に腰掛けて来客を見守っている。

 視線の先では、セレスティアがオレンジのドレスを脱いでベッドへ放り投げていたところだった。それからは、インナーである白のチュニックを上から押さえつけるコルセットの紐を解き、締め付けられていたお腹周りを楽に解放する。


「ふう……」

「しっかし、よくそんなものつけて動き回れるわよね」

「そりゃあもう、気合いよ。おしゃれの為だもの!」


 次に手に取ったのはグレー色のワンピースだ。セレスティアは早速それに腕を通し、その上から栗色の大きな布を被る。それから真ん中に空いた穴より彼女のふんわり流れる金髪をこぼし、明るい茶色のハットを頭に乗せる。

 いかにも秋らしい格好だ。小麦色の小さなバッグも持てば、洒落た通りで見かけるような麗しい立ち姿が完成した。セレスティアもご機嫌だ!


「どう?」

「良いんじゃないの」

「……」


 ご機嫌ではなくなったようだ。


「……えーっと、その上着、あんまり見ない気がするけど可愛いシルエットね」

「でしょ! この形の服はもともと海の向こうで着られてたんだけど、最近は、こっちの大陸でも作り始めたの」

「へえぇ。なかなか都会的なデザインじゃないの」

「制作にはアリアも関わってるわ。見た目以上に機能的なのよ~」


 つらつらと解説したセレスティアは目を閉じて自分の世界に入ると、しばらくその格好のままポーズを決めたりクルリと回って見せたりする。鼻歌を交えながら鏡の前で表情を作ってみたり、両腕でリズムを取るように踊っちゃったり……まるでラヴェンナのことを忘れたようだが、それは、彼女が心から今この瞬間を楽しんでいる証左であった。


「うぅ~ん、このまま街に出て行きたくなっちゃうわ。おしゃれなテラス付きの喫茶店に行って、生まれ変わった姿でおいしい紅茶とケーキをいただくの……」


 ひとりそう呟いてはどこかで満足したのだろう、セレスティアは先程着た服をいそいそと脱いでは、今度は別のものを大きく広げてみせる。

 次に出したのは黒のタートルネックセーターにチェック模様のスカート。その上へブラウンのジャケットを重ね着して赤いベレー帽を頭に乗せる。ウィンデル集落の田舎で素朴な風景に合わせてみれば、まるでそこだけが色鮮やかに照らされたようだった。


「どう?」

「すごく都会的ね。王都の若い学生がそういう格好をしている気がするわ」

「私だってまだまだ若いわ!」

「はいはい、そうね」


 適当に相槌を返す中、セレスティアはまた衣装と共に自分の世界へ入る。部屋を歩いたり回ったりして――その最中でちらりと、片目でラヴェンナの方を見つめてきた。

 言葉は無かったが、長年の空気感で彼女が言わんとしている内容はラヴェンナによく分かる。それが思ったよりも切実さを帯びた願いであることも……


「……あのねぇ」

「ダメ?」

「わかったわよ、そこまで言うなら」

「やったー!」

「でも一回だけよ。色々着替えるのは面倒くさいから、私に合うものを頂戴」

「もちろん! お任せあれ~」


 ラヴェンナは本当に仕方なく立ち上がってローブを脱ぎ始める。いかにも緩慢な動きではあったが、キラキラと輝く旧友の顔を見れば、たまにこういう遊びに付き合ってやるのも良いと思えてきてしまうのだった。



◆ ◆ ◆



 目がらんらんとしているセレスティアの指示に従い、選ばれた服を身に纏う。いつもなら口をついて出てくるだろう言葉を押し殺して人形に徹すると、少しも待たないうちに見違える立ち姿へ変貌していた。


「どうぞ!」

「あら……」


 ラヴェンナは化粧台の鏡を覗き込んでは眉を上げる。

 彼女が選んできたのは深緑色のロングワンピースだ。丈がくるぶしの辺りまで伸びたそれはシンプルながらも魔女の大人びた魅力を程よい味付けで引き立たせている。服の裾からこぼれる手足は黒のロンググローブとタイツに包まれ、頭はベージュ色のハットで軽い印象に整えられていた。

 普段の黒いローブ姿と異なり、周囲の風景へ溶け込むような柔らかい見た目に変わったラヴェンナ。その胸中に不思議な高揚感がふつふつと湧いてくる……


「へえぇ……なかなか」

「うふふ、せっかくだから一緒にお外へ出ましょう? このまま集落のみんなに売りに向かっても良いかしらね」

「変なところはない?」

「心配しないで、大丈夫よ!」


 二人で昼のウィンデルに出て、荷馬車を引きながら広場へやってくる。

 そこでいつものように馬車を展開して移動販売を構えてから、セレスティアは細長いラッパを口に当てて……ウィンデル中に届く程の音を鳴らした!


 すると、たまの買い物の機会を求めてあちこちから人々が集い始める。

 珍しい物見たさで集まる子供がちらほらいる中、それでもやはり大人の女性の姿が多かった。そして彼女たちは真っ先にラヴェンナとセレスティアの目新しい装いを見て感嘆の声を上げる。


「わぁ、素敵な服! 魔女様も、セレスティア様もよく似合ってますよ」

「色鮮やかねぇ。普段の暮らしだと目にする機会もないわ」

「あの、少し羽織ってみても、良いですか……?」

「もちろん! 今日は服をいっぱい持ってきたから、好きなものを着てみて! 気に入った物があったら買うか、あとでカタログから注文するかして頂戴」


 セレスティアの移動販売は、ラヴェンナやロクサーヌだけでなくウィンデルの人々にとっても貴重な買い物の手段だった。そして同時に、なかなか村を離れられない人が外の文化に触れられる大切な機会でもある。

 商人を束ねる存在である彼女はそれをよく理解していた。更には一人の女性として、男とは違う方法で生活を支える女性たちの需要を感じ取っていたのだ。


「素敵なデザインね。都会ではこういう服が流行ってるの?」

「この服、あたたかくて動きやすいかも……」

「ほらおばあちゃん、こっちの帽子だともっと可愛く見える!」


 普段とは違うことで盛り上がる人々を見ながら、ラヴェンナは目を閉じて静かな興奮に浸る。たまには……こんな風に遊んでみるのも悪くはない。

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