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第六十八話【おっかさんの仕事が決まった模様】

 面接から二日後、寮の前に公爵家の馬車に乗ったフリーダさんがやって来た。

「サフラン・ライスさん、貴女に合ったお仕事が見つかりましたのでお迎えに上がりましたわ」

「嘘ぉ!」

 私は驚いた。あの面接で合格したのかと。

「嘘ぉ!」

 おっかさんも驚いた。働きたくねえと顔に書いてあった。

「さあ、現場までご案内致しますわお二人ともどうぞ」

「フリーダさん、何で私まで」

「一緒に居ないと心配でしょう?さあ、馬車に」

 フリーダさんは強引に私を馬車に乗せると続いておっかさんも馬車へ押し込もうとした。

 がッ。

 押し込もうとした。

 がッ。

 押し込もうとした。

 がッ。

 押し込もうとした。

 ガガッ。

 どう頑張っても、おっかさんは馬車に入らなかった。

「あー、残念。お尻とツノが引っ掛かって乗れないわ。働きたかったのに、残念だわ〜」

「それじゃあ、おっかさんは、この便座に乗って」

「え?」

 馬車と便座をロープで繋ぎ、便座におっかさんを乗せて馬車は走り出した。

「うきゃあああ、びゃああああ、どひゃああああ」

「雑炊さん、さっきからカーブに差し掛かる度に後ろから悲鳴が上がるのですが。馬車のスピード落としますわ?」

「全速前進で」

 見慣れた山道を登って行き、辿り着いたは懐かしきあの場所だった。

「ここってラスタンだよね?うっわー、来るの二回目だけど何故か落ち着くなあ」

「そりゃあ五回目ですもの、雑炊さんは」

 そうだった。私はフリーダさんとドナベさんに拉致されて、寝てる間に三回連れて来られたんだった。

 私達三人はエレベーターで最下層へと向かう。はずだったのだが、そうはならなかった。

 ブー!

「エレベーターの重量オーバーですわ。申し訳ありませんが、サフランさんは階段を使って下さい」

「えー!このエレベーターボロくない?ねえ、ボロくない?」

「黙れ550キロ。少しは運動して痩せろ」

「うう〜っ、皆がいじめる…」

 私とフリーダさんはエレベーターで地下五階へ行き、おっかさんの到着を待つ。おっかさんが追い付いたのは二十分後、汗だくになったおっかさんが、お腹を押さえながらドスドスと走って来た。

「フリーダさん、トイレどこ?」

「エレベーターの横ですわ」

「いや、エレベーターどこ?」

「私が案内するよ。おっかさん」

 二人でトイレの個室に入り、同時に踏ん張る。

「「しゃあっ!!」」

 一緒に手を洗って魔王の間へ戻ると、そこには馬鹿みたいにデカい椅子と机が用意してあった。

「フリーダさん、これ、おっかさんの机?」

「ですわ。サフランさんには、これから毎日ここで働いて貰いますわ。それで仕事の内容ですが」

「わーい、高そつな椅子だーペロペロペロペロ」

 フリーダさんの話を聞かず、おっかさんは目をキラキラ輝かせながら、椅子に飛び乗り背もたれを舐め回した。恥ずかしいから、辞めて欲しい。

「フオオオオ!この椅子、私にすっごく馴染むわ!ここを離れたくねぇ~!」

「ホーッホッホッホ、お気に入り頂き何よりですわ〜!」

「仕事をしてれば、ずっとこの椅子に座っていられるんだよね。私、働くっ!」

 信じられない。あれだけ働いたら負けだと言っていたおっかさんが、椅子一つでここまで変わるなんて。

「フリーダさん、あの椅子何なの?怖いんだけど」

「ゲーム本編で魔王が座っていた椅子を再現した至高の一品ですわ」

「大丈夫ソレ?おっかさん、魔王化しない?」

「その時の為に、雑炊さんを連れて来ましたのですわ」

 こ、こいつ!まーた、私に相談せずに危ない橋を渡りやがった!でも、おっかさんの様子を見た感じ、椅子をペロペロしてる以外に変な所を見られないし、今の所問題は無さそうだ。

「ペロペロペロペロ、それで、私はこの椅子に座って何すればいいのかしら?」

「サフランさんには、魔物図鑑を作って貰いますわ」

 そう言って、フリーダさんは机の上に何十枚もの紙束を置いた。

「サフランさんはベテラン冒険者で、しかも魔王と一体化して別次元から様々な魔物を人間界へ送り出してたのですわよね?その情報は間違い無く価値がありますわ。是非、魔物図鑑作りに力を貸して欲しいのですわ」

「正直、魔王に寄生されてた間の事は、あんまり覚えて無いんだけどね…、知ってる範囲でやれるだけやって見るわ。それで、報酬は?」

「こちらの契約書に詳細が書いてありますわ」

 おっかさんは契約書にざっと目を通すと、自分の名前をサインして、早速紙にペンを走らせた。

「えーと、うん。まずはガマ族の解説文から書いてみよう」

 おっかさんはブツブツ言いながら書き続け、十分もすると完成した解説文をフリーダさんと私に見せ付けた。


【ガマ族】

 全長数十センチの巨大なカエル型の魔物。攻撃手段は一般的なカエルと変わらず、単体では冒険初心者にとっても脅威とならない。だが、それは通常種の話。知能を持ち立ち上がった種や、長生きして力を得た種も存在するので、どのガマ族なのかを確認するのが大切である。


「…どや?」

「ええ、いい感じですわ。この調子でガマ族全種類の特徴を書いて、それが終わったら別の魔物もお願いしますわ」

「おけ!ヤッテヤンヨー!」

 いつの間にか、おっかさんの顔つきが変わっていた。私が小さい頃に見た、カッコいいおっかさんの顔つきだ。全身肉団子状態の今は、顔のパーツだけキリッとしていても新手のギャグにしか見えないけれど、仕事に没頭して痩せてきたら、またカッコいいおっかさんに戻ってくれるかも知れない。

「カトちゃん、私ここで働くわ。というか、ここに住むわ!何と言うか、この椅子も魅力的なんだけど、このフロアの空気な気に入ったのよ。いいわよね、フリーダさん?」

「そう言うと思って、仮眠室やシャワールームも用意しておきましたわ。お腹が空いたら、ニ階と三階に食堂がありますわよ」

 ドナベさんが聞いたら、助走をつけて殴るレベルの改築がラスタンには施されていた。

「フリーダさん、ラスダンの中に社員食堂作るのは、流石に原作ブレイクにも程があると思うんだけど」

「ダイジョブダイジョブ〜てすわ。まだ卒業は先ですが、魔王が出現してそれを倒した時点で実質原作は終わったも同然。故に好き勝手し放題ですわ」

「そうかな…そうかも。それじゃあ、おっかさんの就職も決まったし、ここの食堂でゴハン食べて帰るね」

 住み込みで働く事を決めたおっかさんに別れを告げ、私は公爵家の馬車で寮まで送って貰った。

「ドナベさんが居なくなってから直ぐにおっかさんが居候しに来たけれど、そのおっかさんも出て行った。何だかこの部屋もがらんとしちゃったなあ」

 一人きりになった私は、部屋を掃除しながら昔の事を振り返る。

「一年生の頃は、キッチンで馬鹿の一つ覚えみたいに、クッキーと干し草作りまくってたなあ。でも、殆どの場合誰にも食べて貰えず、腐る前に自分で処理してたっけ」

 調理器具を洗剤に漬けておき、本棚を整理する。

「日が暮れるまで走り込みをさせられ、それが終わったら日が変わるまで勉強。こんな事を続けていたのに、足も目も悪くならなかったのは、運が良かったとしか言いようが無いよ」

 今でも運動と勉強は続けているが、ドナベさんが居た時程のモチベーションは無い。やはり、人というのは、誰かに教えられている状態の時が一番力を発揮出来るのだろう。時には、いや、しょっちゅうイラつく事はあったけれど、それでもドナベさんは最高の指導者だったと思う。ドナベさんに会わなかったら、今の私は間違いなく普通の生徒、いや、ハコレンがスタンピードをした頃までに心が折れて退学していただろうな。

「本棚も片付いたし、机を拭くか」

 年季の入った学習机を濡れ雑巾で拭きながら、最初の出会いを振り返る。そう、この机の引き出しの中に妖精が居て、その妖精と一緒に学園生活を始めると思ったら、近くに置いてあった土鍋からドナベさんが出て来て、妖精を握り潰して無理矢理相方の座に収まったんだ。

「あの時は、本当に妖精に酷い事しちゃったよ。もし、彼女が生きて私の目の前に現れたら、ドナベさんの分まで土下座しても許されないだろうなー」

 そんな独り言をいいながら、私は机の中も掃除する為に引き出しを開けた。

 ガラッ。

「あ」

 引き出しを開けると、中に小さな女の子が居て、彼女と目が合った。それは、私が初めてこの寮に来た時と同じ様なシチュエーションだった。

「あーあ、遂に見つかっちゃったかぁ」

 引き出しの中に居た妖精は、そう言って頭をポリポリと掻いた。

「グロリア…生きとったんかいワレ!」

「グロちゃんと呼んでって言ったでしょ」

 ラスダンのおっかさんお元気ですか?どうやら私は、常に誰かとルームシェアする運命にあるのかも知れません。

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