目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第35章 秋城が企業所属ってアリですか?④



 そこからは平たく言うなら努力の日々だった。履歴書の添削、面接の作法など細かい練習を日向さんに見てもらい、同時進行で提出動画の作成。それを鈴羽や世那、浅葱なんかに添削してもらって修正修正。他にも歌唱、演技などの項目が降ってくることを予測しての自主練。並行して日々の配信も欠かさなかった。

 ちなみに、@ふぉーむ様は季節ごとにオーディションをやる訳ではなく、常にVTuberを募集しているため、あとは俺が申し込むタイミングで全てが決まる訳だ。



 そして、俺が4年生に進級して1カ月。5月の初め、俺は@ふぉーむのオーディションにエントリーしたのだった。

 正直まだいろいろ練習したい気持ちも、まだ詰められるんじゃないかと思う箇所もあった。だけれど、この熱量を最大値で出すならそろそろじゃないか、という予感もあって。そんな折り合いのエントリータイミングだった。

 ちなみに、母さんには包み隠さず全てを話した。俺がどう考えたか、どう最後は着地したいか、そんな話を聞いて母さんは穏やかな顔で笑うのだった。


「頑張りなさい、母さんも応援するわ。……でも、全部駄目だった時はちゃんと就職しなさいね」


 そう母さんに受け入れられたことがまた嬉しくて、俺は自室に戻って涙をじんわり浮かべるのであった。




「お」


 そのメールが来たのに気づいたのはランニングマシーンの上だった。前回顔面を強打したのを教訓に、メールに気づいた俺はランニングマシーンを停止させて、汗を拭きながらマシーンから降りる。そして、端末を手に取りメールを開く。


「っ……お、あ……!」


 俺は全力で喜びたいのを抑え込んで、筋肉という筋肉すべてに力を入れてぷるぷると震える。そして、休憩エリアに移動して、俺は鈴羽と世那、浅葱に書類審査と動画審査に通った旨を送信するのだった。




 そして、そこからは1次面接に向けての努力の日々に切り替わる。面接は1週間後、喉を労わりつつ、対面に失礼のないように。俺が、秋城をやるために此処にいるということが伝わる様に。

 そんな1次面接当日。


「あ、秋城さん~!」


 面接会場にて久来くぐるさんに凄い気楽に手を振られて振り返していいのか悩んだ末に「お久しぶりです」とお辞儀をしたのだった。1次面接はなんとなく常識があるかどうかを計られているのだろうなというのを如実に感じた。


「配信時の失敗談、そちらをどうリカバリーしたのかをお話しください」


 予測してなかった質問についつい「長考します」と言いそうになってしまった俺が居た。ははは、此処はCS会場じゃねーんだぞっ!まあ、そんな中俺はこの一次面接を突破したのだった。




 そこからまた1週間を明けて2次面接、今度は知り合いがいるようなことはなかった。けど、現場マネージャーより上の人がそこに居ると思うとかなり圧があって。

 話した内容は主に@ふぉーむに企業所属することになったらどんな活動をしていきたいか、という話。あと多分これは俺が特例なんだろうけれど、何故個人でも十分にやっていけているのに企業所属になりたいのか、を問われた。それはもう何度も何度も、まるで契約書を取り交わすときのように聞かれた。そんなこんなの二次面接突破。この連絡を貰った時、俺はサムネイル作成中で誤操作をかまして、3時間近く作業したサムネイルを吹き飛ばした。でも、そんなの軽く感じられるぐらい喜んだのだった。




 そして、その2週間後。最終面接となった。5月も終盤になってくると梅雨入りの影響かじめじめとしていて、暑い訳じゃないのに汗をかいていた俺は@ふぉーむ本社に立ち入る前にコンビニのトイレで身支度を整えるのだった。制汗スプレーやらシートやらを活用して、どうにか汗臭くならないようにして、元から汗なんてかいてませんよ、って顔をしながらコンビニを出て@ふぉーむ本社に入る。

 もう何度目かの@ふぉーむ様の本社。俺は慣れがありつつも、気分だけは引き締めていつもの受付の事務員さんと決まった会話をして本社の中を案内される。今日は社長室での面談だということは事前にメールで知らされていた。社長室での面談、つまり……。

(東條社長との面談か……)

 @ふぉーむ代表取締役・東條とうじょう 葛木かつらぎ。あまり表に出てくることはないが、一度見たらもう忘れないというぐらいダンディなお髭のおじさんなのだが。そんな容貌から想像がつかないぐらいVTuberの知識が出てくる。凄い出てくる。黙っていればどんな女性もイチコロなのに喋るとお茶目~なおじさんというのが印象だ。……そんな人と、今日俺は話す。自分の未来を賭けて。

 緊張で引き攣りそうになる喉に手を当てて軽く喉ぼとけを握る。そうして、なんとか喉の違和感をなくせば、事務員さんが足を止めるのであった。そうして、恐らく社長室の入口に取り付けられた受話器を手に取る。俺に聞こえないように小声で会話がなされること数分。

 事務員さんが受話器を置いてこちらを向く。


「社長はもう少々お時間がかかるそうです。お茶をお持ちしますので、中で座ってお待ちください」

「承知いたしました」


 表向きはまだ対応できている。が、もう内心汗だくだくだった。え、え、社長がいるところにドアをノックして「失礼します」じゃないのォ⁉俺が座ってるところに社長が来るってことだよな?え、そんな対応知らねェッ、というかそのお茶は手を付けていいのか……?飲んだらご退席ください、とか言われるのか?

 もうこれ以上ないぐらい内心は嵐だった。俺はだらだらと冷や汗をかきながら、事務員さんに案内されるまま座る。


「冷たいお茶と温かいお茶、どちらがよろしいですか?」

「つ、冷たいのでお願いします……」


 もう何を答えても試されている気しかしなくて。俺はせめて間違いだけは踏んでいないことを祈りながら、スーツの膝を握りしめる。そうして、俺の前にお茶が置かれ、事務員さんがお辞儀をして出ていった。

 お茶に手を付けるほど肝が据わっている訳でもないので、ひたすら気まずい時間を過ごす。できることと言ったらバトマス新弾で出てきたあのデッキ面白そうだったなーということを脳の1割ぐらいを使って考えることぐらいだった。9割は絶対に忘れられない面接知識に使われてます。それでも大分緊張というデッドスペースに脳は占拠されて。そんな脳内大忙しの中———。

 ———コンコン。

 ノック音が鳴り響いた。


「はいッ」


 俺は急いで立ち上がり、鞄を持てば扉はゆっくりと開いて……。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?