「告白されたぁ!?」
「ちょ、しんた! 声が大きい!!」
生徒会の定例会議が終わり、ゴミの処理を終わらせた俺は寮に戻り、しんたと一緒に夕食とお風呂を済ませてから、彼と自室で雑談をしていた。その中でのひとつの話題兼相談として、今日あった出来事をしんたに話してみたわけだった。
「生徒会長が、真翔にねぇ……」
「いきなりだったからさ……ちゃんと返事をすることも出来ないまま会長帰っちゃって……」
「でも、生徒会長はゆっくり考えてほしいってお前に言ったんだろ? はーあ、先越されちゃったかぁ」
「ん? 先を越されたって、何が?」
「いいや? 特に深い意味はないけど……それで?」
意味深な発言に問いかけるも、すぐにはぐらかされてしまった。しんたはこの学校に入ってすぐに出来た友達で、同室でもあるけど……彼の発言の意図が分からないことがたまにある。
「ええと、これから好きになってもらえるようにアタックするって、言われて……なぁ、しんた。恋愛におけるアタックってどんなの?」
「は? お前恋したことくらいあるだろ……まさか、無いとか言うなよ? 言ったら笑ってやるからな」
「……それが、さ」
「え、マジで? ほんとに言ってる? いやいや!! あっはっはは!!!」
「もー! すぐそうやってからかう! 恋くらい一回だけどしたことはあるよ! でもアタックが何なのか分からないから聞いてるのに!」
「一回!? そりゃ気になるな、どんな子だったの?」
「……中学一年生の時に、クラスで一番可愛い子だったよ」
「真翔の性格なら、見てるだけで時間が経ってそのうち違うクラスになって離れ離れ……とかか? 想像つくわー!! ほんっと可愛いなぁお前!!」
「も……もうっ、しんたなんてもう知らないっ!」
見事に言い当てられて、少し悔しくなった。
俺がぷいっとそっぽを向けば、しんたは「拗ねるなよ~」と笑いながら言ってくる。
こんな俺でも一応恋をしたことはあるが、好きになって貰えるようにアタックなんてしたことが無かった。だから「アタックする」、と華村生徒会長に言われた時は戸惑ったし、アタックって一体どんな行動をするものなのか分からないからしんたに相談しているのに……と、俺の恋愛遍歴を聞いて大爆笑している目の前のしんたを睨みつけたくなった。
「真翔、ごめんって!」
「むぅ……」
「まーなーと!」
「……」
「明日の昼飯奢るからさ~……許してくれよぉ、なぁ真翔」
「……一番高い焼肉定食なら」
「えっ、あれって1500円とかじゃ……まぁ、いいや。真翔が許してくれるなら安いもんだよな」
奢り、という言葉には抗えなかった。
月に一度、学校生活に支障をきたさないくらいのお金を振り込んでくれると母は言っていたが、それでも使える額は限られている訳で。
余程の理由がない限りアルバイトも出来ないし、入学して一年目は右も左も分からない中で日々を過ごさなければいけないので、そんな余裕もない。育ち盛りの男子にとってはお昼ご飯の量が大事になってくるが、そんなに潤沢にお金があるわけではないので、『奢る』という言葉は酷く甘美な響きに思えてしまう。
元はと言えば怒らせたしんたが悪いのだが、俺は彼の優しさに素直に甘えてからかわれたことは許すことにした。
「で、しんたの中でのアタックってどんなの?」
「んー、意中の相手に好きになって貰えるように自分をアピールすることかな。好きな奴と話して、その会話の中で自分のいい所や悪い部分を見つけてもらって、自分という人物を相手に受け入れてもらう……とか」
「うーん、何だか難しいな」
「真翔はさ、俺のことどう思ってる?」
しんたの突然の質問に、俺は思わず固まってしまった。いつに無く真剣な視線が俺を刺す。
「えぇ……しんたのことは好きだよ。面白いし、話してて楽しいし……こうやって相談も乗ってくれて良い奴だな、って思ってるけど」
「それだよ。何気ない日常会話の中で、真翔は木高晋太郎という人物のことを知ったからそれを言えるわけだ。華村生徒会長に同じこと聞かれたら、お前は俺の時みたいに答えられるか?」
「そ、それは……」
思い返せば、華村生徒会長とお互いの話をしたことは一度もなかった。緊張の中、一回だけ二人きりで生徒会室でお茶をしただけの、ただの先輩後輩の関係だ。
本人の口から最初に見た俺の笑顔と、今日のチョコレートの件があって華村生徒会長は告白をしたと言っていたが、どうして俺だったのかが本当に分からなかった。
うんうんと唸って悩む俺を見兼ねたのか、しんたは俺の肩をぽん、と叩いて優しく微笑んだ。
「時間は貰ったんだから、真翔なりに考えて答えを出せばいいよ。それに、向こうからアタックしてくれるんだから生徒会長のことを知るいいチャンスじゃん」
「そう、だね……うん、ゆっくり考えてみる。ありがとな、しんた」
「別にいいよ。誰でもない真翔の為ならこのくらいのことはするさ」
「しんた様……!」
「おーおー、感謝しろよなー? 拝んで讃えてくれてもいいんだぜ?」
「ちょっと前に新田のところでトランプして、全敗で帰ってきた時も同じこと言われたような……」
「気のせい気のせい」
明らかにシラを切っている顔をしているが、覚えはあるようなので俺もそれ以上は追求しないでおくことにした。
「なぁ、しんた。これからも困ったことがあったら……こうやって相談してもいいか?」
「俺がちからになれるならそれ以上に嬉しいことはないよ。いいよ、何でも気軽に相談して」
「ありがとう、助かるよ」
しんたの優しい言葉に、なんて頼りになるんだろうと俺は感謝するしかなかった。
もう一度「ありがとう」と告げてから、俺は今日の定例会議で生徒会長が言っていたことを思い出し、スクールバッグからスマートフォンを取り出した。
「あ、そうだ……グループチャットで明日の連絡の確認しなきゃ……」
「……ん? お前、スマホなんて持ってたっけ?」
「えっと、明日から全校生徒に配布されるんだよ。華村グループが全校生徒分のスマホ用意したんだってさ。で、生徒会役員は今日からの支給」
「へぇ、さすが金持ち。やることが派手だなぁ」
「限定的な使い方しか出来ないみたいだけど、LINEやメールとか、電話とか……連絡するだけなら困らないから、しんたも明日配布されたらLINEか番号の交換しようよ」
「もちろんいいけど……スマホかぁ、久しぶりに見たな」
「この学校スマホ禁止だもんね。一時的なものでも支給されるのはかなり助かるし、華村生徒会長には感謝だよ」
俺がそう言うと、目の前に座っているしんたはどこか複雑そうな、でも少し嬉しそうな不思議な表情をしていた。何か気がかりなことでもあるのだろうか。
「しんた? どうしたの?」
「いや、その配布されるスマホも……卒業したら使えなくなるんだよなぁ、と思って」
「あ、確かに……」
「卒業後もお前と会いたいしさ、元々持ってる携帯の番号くらいは紙に書いて交換しようぜ」
「それもそうだね……無くすなよ? 俺の個人情報なんだから!」
「それは真翔だってそうだろ? 無くすなよ~? 俺の個人情報!」
お互いの顔を見て、くだらないことでツボに入り二人で大笑いをする。こんな日々がずっと続けばいいのになぁ、と俺はしみじみ思った。
そして、備え付けられている机の引き出しからお互いメモ帳を引っ張り出し、この高校に入る前に使っていたスマホの番号を書いて交換する。
「どう保管するかな~、無くしづらい場所ってどこだろ……」
「俺は机の引き出しの中に入れておこうと思ってるけど……それなら無くさないだろうし」
「その案もらい! 筆記用具入ってるとこの下なら流石に無くさないだろ」
「寮を出る時に忘れなければ、な」
「それを言うなよな~、確かに俺は忘れっぽいけど……今日も化学の教科書忘れて大変だったんだからな!」
「それは知ってる。前の席の俺に「教科書見せて~」って言ってたけど、物理的に無理だからな、アレ」
「いやぁ、焦ってて……でも、当てられなくてセーフだったよな」
「教科書はロッカー室の中に全部あるはずなのに、何で忘れるのか俺には分からなかったけど」
「ロッカー室に行くの忘れてたんだよ~! トイレとか、友達との雑談とかで忙しくってさ!」
それは忙しいのうちに入るのか微妙なラインだが、「今後は気をつけろよ」とだけ伝えたところで、俺は大きく欠伸をした。
「おっ、真翔お眠か?」
「もう零時過ぎてるし……明日も学校だからそろそろ寝ようかな」
「話してると時間ってあっという間だよなー。俺も寝るかな」
両脇にベッドが置いてある真ん中のスペースで話していたので、しんたは立ち上がって自分のベッドの掛け布団を捲り、布団の中に滑り込んだ。
俺は生徒会のグループチャットに「俺は明日は作業出来なさそうです」とだけ打って、送信ボタンを押す。
そして、部屋の電気を消そうと入り口付近にあるスイッチをオフにしようとしたところで、コンコンと部屋の扉を叩く音。
「こんな時間に誰だろ……はーい」
不思議に思いながら扉を開けると、そこには雄馬先輩が上機嫌な様子でニコニコしながら立っていた。
「良かった、真翔まだ起きてたんだね」
「これから寝るところでした。というか、部屋番号教えた覚えがないんですけど……」
「あっはは、そこは企業秘密ってことで。ねぇ真翔、これからちょっとだけ時間ある? 見せたいものがあるんだ。あんまり時間取らせないようにするし」
「ええと……」
俺がチラッとしんたの方を見れば、彼は不機嫌なのを隠そうとはしないで眉根にシワを寄せていた。
「しんた、俺ちょっと出てきていい? 先に寝てていいからさ」
「いいけど……あまり遅くなるなよ? 明日に響くからさ」
「うん。じゃあ、行ってくる……電気だけ消しとくな」
「おう」
パチン、と部屋の電気を消してから、俺は部屋から出て扉をゆっくりと閉めた。
「……俺、真翔の同室の子にあんまり良く思われてないみたいだねぇ」
「いつもは明るくて良い奴なんですけど……そういえば、生徒会長の話をした時も似たような顔してたなぁ」
「華村グループの御曹司さま? また何で」
「華村グループが全校生徒の分を用意したスマホが明日から配布予定なんですよ。生徒会役員は今日? 昨日? からなんですけど」
「へぇ、御曹司さまも大胆なことするねぇ。さすが金持ち」
「あはは、しんたと同じこと言ってる」
「それしか言うことないじゃん。なぁに、御曹司さまの実費?」
「そうみたいです。スマホ絶対反対の理事長に、自分が用意して限定的な機能のみのスマートフォンなら可能か聞いて説得したみたいです」
「スマホなんて久しぶりに触るかも。配布されたら連絡先交換しようよ」
「はい、もちろんです」
「……ほら、着いたよ」
何気ない雑談をしながら雄馬先輩に着いて行った先は、寮の屋上だった。
「屋上……? 立ち入っても平気なんですか?」
「立ち入り禁止の札とか無いから大丈夫でしょ。今日の昼間は快晴だったから、きっと夜も綺麗な星空になると思ってたんだよねぇ。周りに灯りはないし、都会にしてはいい景色だと俺は思うけど」
「えっ、雄馬先輩が俺に見せたかったものって……」
「そう、これ。なかなかに綺麗じゃない? あぁ、これはただの俺の感想だから無理やり同意しなくていいよ。俺が勝手に真翔に見せたいなーって思って連れてきただけだし」
「……いえ、綺麗です。すごく……きれい……」
上を見上げれば、満天の星空が視界いっぱいに広がっていて、下から紫、青、藍色……見事なまでの綺麗なグラデーションに、俺は思わず息を飲んだ。
「こんなに綺麗な星空初めて見た……凄いのに、綺麗としか言えない……もっと色々言いたいのに、なんでこの言葉しか出てこないんだろう……」
「人ってそういう生き物じゃない? 本当に『凄いもの』を見た時の反応ってさ、きっとみんな同じだよ」
「そう、でしょうか……」
「うん。ま、俺としては真翔がこの景色を気に入ってくれたのが何よりも嬉しいから、そういう邪魔な言葉なんていらないけどね。自然と出てくる言葉こそが『本物の感情』なんだと思うからさ」
「……はい」
「ねぇ、真翔。真翔も寝っ転がってみなよ。すごいよ、見上げなくても目の前に星の海が広がってる」
いつの間に寝っ転がったのだろう……でも、屋上の床に寝そべって空を見上げている雄馬先輩の瞳はキラキラしていて。
……吸い込まれそうなくらい、綺麗だと思った。言うなれば、星空よりも綺麗だと。子供のように無邪気で、冒険心に満ち溢れている瞳。
「……じゃあ、隣失礼しますね」
「うん、どうぞ」
先輩の提案を無下に出来ないし、俺も寝っ転がって雄馬先輩の見ている星空を見てみたかった。
「こういうのが絵のインスピレーションに繋がるんだよねぇ。人間観察もそう」
「そういえばずっと聞きたかったんですけど……先輩、美術部なんですか? 部活は必須だし、俺の中の雄馬先輩は絵を描いてるのでそれしか思い浮かばなくて……」
「美術部だよ、まぁ……幽霊部員だけどね。俺は描きたい時に描きたいものを描くのが好きだからさ」
「自分を持ってて素敵だと思います。俺も見習わなきゃな……」
雄馬先輩の輝く瞳を見て思った。この感情が一体何なのかは分からないけれど、今はここに連れてきてくれた雄馬先輩と一緒に、この天空に溢れんばかりの藍色の空と、無数の光を見ていたかった。
それだけで、今は幸せだと思えた。