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第38話 存在④〜side秋斗〜

何度も何度もスマホの日付と時間を確認する。

おかしい。

もう、18時30分を過ぎた。いつもなら18時10分には東口に来るのに……。

ひとつ前のメッセージのやり取りでは

『今日、会えるの、楽しみです!仕事頑張ってきます!』

と出勤前に送られてきたメッセージが残っている。

忘れてるわけじゃ、ないよな?

忙しいんだろうか?……店の様子、見にいくか?

いや、でも、行き違いになって会えなくなっても、困るな。


『陽向?仕事終わったか?忙しいのか?いつもの所で待ってる』

とメッセージを送り、しばらく画面を眺めて待つが、一向に既読にはならない。

もう18時40分過ぎだ。さすがに、遅いよな?

ふぅ、ひとつ深呼吸をしてから、電話のマークをタップする。


ピリリリリリ、ピリリリリリ、ピリリリリリ……

機会音だけが耳に響く。

どうした?どうしたんだろう、陽向。

体調でも、悪いのか?

どっかで、倒れたりしていないか?……店、見に行ってみるか。

陽向の夕ご飯の入ったビニールの袋をぎゅっと強く握りしめた。



HARE caffeの自動ドアが開かないように、窓の隙間から、店の様子を伺う。

そんなに、混んでいない。レジには何度か見た事のある店員がレジ前の菓子を並べていた。

よし、暇そうにしてる、今なら、聞けるかも……。

思い切って店の中へ入り、レジへまっすぐ突き進んだ。

「いらっしゃいませー、あ、あら?」

「あ、すみません。あの、買いに来たんじゃないんですが……その、お聞きしたい事があって……」

 店員は嫌な顔ひとつせずに笑顔で「どうかなさいましたか?」と尋ねてきた。


「その……、陽向、陽向……や、柳瀬?くんは、もう、退勤、されてますか?あの、約束してたんですけど、来ないから、気、気になって……」

言葉がつっかえつっかえでしか出てこない。

「柳瀬ですか?えっーと、お客様は柳瀬のお友だちだと存じておりますので、特別にお教えしますが……基本的には従業員の事に関しては、本来ならお教え出来ませんからね。」

 そ、そりゃそうだ。釘を刺された。何してんだ、俺。陽向とは、友だちでも無いが、ここは、黙っておこう。 冷や汗が額からつぅっと垂れてくる。

「柳瀬は18時30分頃に退勤しましたよ。今日は途中体調崩していたので、その分残って、仕事を終わらせてくれてから退勤しました。仕事終わる頃には、体調は大丈夫そうだったのですが……もしかしたら、また体調悪くなっているのかも……何か連絡ありません?」

「体調、崩してるんですか?陽向……。」

やっぱり、どこかで倒れているのか?

いや、でも、陽向の家は東口方面だ。倒れていたりにしろ、約束を忘れていたにしろ、東口は絶対通るはずだ……。もしかして、何かに、巻き込まれている?

「あ、あの!陽向の家って……」

「ん、んーー、と、さすがに、住所は……個人情報なので……」

「で、ですよね……あの、す、すみません。も、もし、陽向から、何か連絡あったら、その、……東口にいると……伝えてもらえますか?」

たらたらと垂れる冷や汗をTシャツの腕の部分で拭いとる。

一気に恥ずかしくなり、店員の返事も待たずに出口へと向かった。

やべぇ、これは本気で怪しいやつだと思われたかもしれない。

友だちなのに、家も知らない?連絡も取れない?

不審に思われたかもしれない。 いや、でも陽向は退勤したとわかった……。

じゃあ、本当に、どこに行ったんだよ?

いつもなら、仕事終わったら、ニコニコしながらいつもの柱の所へ来るだろう?

 陽向、陽向? 再びメッセージアプリを開くが、一向に変わらない画面。陽向、どうしたんだよ。

胸がずっとザワザワとして、腹の辺りもチクチクと痛む。なんだよ、どうして、突然……。

まさか、このまま会えないなんてこと、あるのか?

 東口に辿り着くまでに並ぶ店の中をひとつひとつ覗いていく。もう、恥なんか知らない。ただ、陽向の事が心配で仕方なかった。





8月もそろそろ終わりだ。夜の風はだいぶ心地よい。

……あと、5分、あと5分だけ待とう。もしかしたら、今向かっていると、連絡があるかもしれない。


 そう、何度何度繰り返しただろう。

すっかり駅前の人通りは少なくなり、家路を急ぐ人が時々隣を走り抜けていく。

 ……21時過ぎた……。さすがに、もう、帰ろう。

安否がわからないのが、心配だけど……。

何か会えない理由があるのかも、しれない。

ふぅ。何度確認したかわからないメッセージアプリの画面を暗くして、ジーンズの尻ポケットにスマホを捩じ込む。

「あれ!?さっきの、柳瀬くんの友だち……!?」

背後から急に女の声がして驚いた。

振り返ると、さっきのHARE caffeの店員が立っていた。仕事終わりだろう。私服なので、さっきと少しイメージが違う。

「……あ、先ほどはありがとうございました。」

「え?まだ、柳瀬くんと連絡つかない?……どうしたんだろ?あの子、連絡とかちゃんとする子だけどなぁ……本当に体調悪いのかも……えっと、あなた、お名前……聞いても良いですか? 私は二宮と申します。こんなんですが、HARE Caffeの店長やらせてもらってます」

……店長だったのか、どうりでよく店にいるわけだ。

「あ、えっと、倉橋です。……陽向、くんとは、まだ連絡つかなくて……。いや、でも、もうさすがに帰ろうかと。何か理由があるのかもしれないですし。」

店長はじっと俺の目をみると、小さなバックからスマホを取り出し、電話をかけ始める。

誰に?てか、話の途中じゃなかったか、今?よくわからない女だ。

「あ?もしもし?二宮だけどさ、柳瀬くん、体調どんなかなって。うん、うん、そうなんだ。良かった!……それでさ、柳瀬くんに会いたいって人が待ってるんだけど……え?えっとねぇ、倉橋さんていう方。……そう?そうなんだ……?いやでもさ……!……あ、うん、じゃあ、伝えておくよ?うん、じゃあ、明日ゆっくり休んでね、はい、じゃあね……」

え……?陽向に、電話……?

通じたんだ……。自分のスマホ画面を付ける。

ずっと変わらない未読のメッセージ……。

もしかして、俺のスマホが調子おかしい……?

二宮さんがスマホの画面を消したのを確認してから恐る恐る聞いてみる

「ひ、陽向、なんて……?」

「あ、うん、……え、えっとね、体調やっぱり、あんまり良くないみたい。だ、だから、今日は家から出るの、無理みたいよ?き、きっと、体調良くなったら、ちゃんと倉橋くんの所にも、連絡入ると思うんだけど……ご、ごめんね!なんか!力になれなくて!!でも、また水曜日には柳瀬くん出勤してくると思うから、また、お店にでも顔出しに来てよ。サービスするし!ね?」

じゃあね!と

逃げるように二宮さんは走って行った。


体調、悪いんだ……。大丈夫なんだろうか、1人で。

二宮さんが見えなくなってから

メッセージアプリ内の電話のマークをタップする。


ピリリリリリ、ピリリリリリ、ピリリリリリ……

俺の電話はやっぱり繋がらない……

やっぱり、スマホの調子が、悪いのかも。

まぁ、でも、体調悪化したら、二宮さんには連絡が行くだろうから……とりあえずは大丈夫か?


よし、帰ろう。

ガサッとビニール袋が足に当たり音を立てる。

この、夕飯……あの店長にあげれば良かった。

杏仁豆腐なんか、俺食べないし。

はぁ……


なんだか、どっと全身が重くなる……。

疲れた。でも、陽向が無事で

本当に良かった……。


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