……というか、あの方、どこかで、見たことあるんだけどなぁ、どこだっけな……?
うーん……。この前山本さんに連れてきてもらった時に、お見かけしたのかな?……いや、んー、もっと、前に、会ってる気がするんだけどなぁ?
うちの店に、来てくれた?
うーーん、思い出せない。俺結構、人の顔覚えてると思うんだけどなぁ……。
うーん、うーん、と必死に脳みそをフル回転させながら思い出しているうちに、
またあの従業員が戻ってきた。手にはたくさんの缶を抱えている。従業員に差し入れかな?
ってことは立場上の人?
いや、新人が買い出しパターンもあるからなぁ。
「なぁ、あんた、ひなたちゃん、だろ?」
「……っ!え、えと、は、はい……すみません、こんな所で、待ってたり、して、お店の迷惑でしたら、あの、場所、移動します、から……」
その従業員はキリッとした眉毛を片方上げながら、俺の顔を覗き込んできた。
「秋斗と付き合ってんの?」
「……え、えと、えーと、ど、どうして……?」
どうしよう、秋斗さん、内緒にしてるかもしれないから、俺がベラベラ言っちゃダメだよね。
職場の立場とかあるだろうし、ゲイってことで仕事しずらくなってしまったり、最悪、辞めさせられることだってあるらしい。まだ世の中、多様性という言葉ばかりが先走りしてしまっていて、本質的なことは、あまり変わって無いような……
でも、そう考えたらウチの店のスタッフ達は、寛容だよな。俺が男が好きって言っても、二宮さんも、長谷川さんも驚きもしなかったもんなぁ。その後の気まずさなんてものもなく、いつも通りに接してくれている。
なんなら二宮さんなんて、お客様で来ているゲイカップルらしき人たちをみて、癒されているほどだもんな。
俺は、すごく、恵まれた環境にいるんだ。
「ふん、ま、いいや。もう少し待っときな。王子様呼んできてやるわ」
「お、王子……さ、!?あの、別にその、あの、付き合ってとか、無いですっ、あの、ただ俺が待ってる、だけなのでっ!!呼んでもらわなくて……あ、あのっ!!」
俺の話なんて全く聞いてくれずに、缶を抱えたまま器用にフェンスを開けて、その人は店の中へ消えていってしまった。
ど、どうしよう……バレてしまった……?
秋斗さんとお付き合いしてること……
どうしよう、どうしよう、秋斗さんに迷惑かけてしまったら……。
不安で一気に心拍数があがる。
このプレゼントだけ、フェンスにかけておこうか……
いや、駅で待っておこうか……
花◯駅に戻った方が良いのか……
やっぱり……、会えないって言われてるから、会わない方がよいのか
頭の中でどれが正解なのかを必死で考える。
どうしよう「陽向。陽向がバラしちゃったから、俺クビになったわ」なんてことになったら……!
俺、俺……!
わ、別れないと、ダメ……?
やだよ、そんなの!
でも、絶対、あの感じ、バレちゃってたよね?
どうしよう、どうしよう!
「……あの、……なぁ、そこの人!」
びくっ!!!
身体が跳ね上がった。え、フェンスの音、しなかったけど……
フェンスの少し開いた隙間から人影らしきものが見えた。
フェンスの上から照らされているライトのせいで、
その人影は真っ黒で、誰なのか、表情も何も……見えなかった。
フェンスから出てきた黒い手に手招きされる。
「あの、うちの責任者が、中入れって。風邪ひいたら、やばいだろ。」
え……?
この声……!?
まさか……
秋斗、さん?
どうしよう、怒ってる……?
「っご、ごめんなさいっ!!」
「……!?え?」
フェンスから黒い人影がこちらに向かってくる。
うん、シルエットでもわかる。
やっぱり秋斗さんだ。
どうしよう、とりあえず、ちゃんと、謝らないと……
でも、どうしよう、怒ってたら、別れる、なんて、言われたら……。
足が勝手に後ろへ下がっていってしまう。
「ご、ごめんなさい、あの、お仕事の、邪魔する、つもりじゃ……えっと、会えないって、言われてた、のに、その、ごめんなさい、あの……」
嫌われなくない、邪魔なんて、するつもりじゃなかった。
ただ、一目会いたかった。
一言声が聴きたかった。
それだけなのに……!
「陽向!!!な、なんで?え?どうして!?……いつからいるんだよ、こんな寒い中!」
秋斗さんが怒った声で俺をぎゅっと羽交締めにする。
逃げるな、と言われているようだ。
怒ってる……よね。あの人に、なんて言われちゃったんだろ……。
「ごめんなさい。30日まで、会えないって、言ってたのに。こんな、お仕事の、邪魔してしまって……」
にんにくや油の匂いがする中に、秋斗さんの香りを見つけ、コックコートの肩部分に鼻をすり寄せる。
「いや、邪魔なんかじゃない。そんなわけない!……でも、こんな寒い中で待ってないでくれ。一言連絡くれたら、終わる時間伝えるし、急な用事なら、仕事終わった後、陽向ん家寄っていくし」
あれ……
ん?
寒い中待ってた事で、怒ってる?
バレた事で怒ってるわけじゃ、無いのかな……?
抱きしめられ、秋斗さんが触れてくれている所から、じわじわと氷が溶けるように、暖かくなっていく。
「あの……、クリスマスだから……えっと、初めて、イベ、イベントだし、あの、何か、疲れが取れるの、と思って…………いや、でも、本当に、迷惑かけるつもりじゃなくて……」
もっと、もっと秋斗さんを感じていたくて顔をぐりぐりと秋斗さんに埋めていく。
「ん?クリスマスだもんな、今日。……ごめん、一緒にいられなくて」
なんで、秋斗さんが謝るんだろ?
俺が勝手にしたことなのにさ。
「……あの、お仕事終わってからで、大丈夫、です!だから、俺のことは気にせず、お仕事戻って下さい。秋斗さんに少し会えただけで、一気にポカポカになっちゃいましたっ。へへっ」
大好きな人を困らせたくない。
今、秋斗さんパワーチャージできたから、あと何時間でも待てるよ。
「いや、もう、マッハで終わらしてくるからさ、あの、とりあえず、中入れよ。あったかいドリンクとか……」
そういう秋斗さんに、がしっと腕を掴まれる。
「ダメだね!!!」
え……?
ハキハキとした滑舌のよい声が
2人だけの世界に響いた。