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第93話 ピアス③〜side陽向〜

あっという間の年末年始だった。

3日にもなると街は少しずつ正月のまったりした雰囲気から抜け出してしまってきている。

最近は年末年始も休まず営業している店も多くあり、

子どもの頃に経験したことのある、家でのんびりとした正月とは最近は少し変わってきているのを感じる。


この5日間は……ただただ最高の休日だった。

ゴロゴロして朝から夕方までテレビを観たり、

母さん父さんと初詣に行ったり、

結局父さんには初釣りに駆り出されたり、

母さんとお菓子作りをしたり、

二人の酒呑みに毎晩付き合ったり……

21歳になるっていうのにお年玉をもらってしまったり。

田舎に住んでるばあちゃんじいちゃんとテレビ電話したり。


と、

何だか少し子どもの頃に戻った気がして、

母さん父さんの言葉に甘えてずっとダラダラと過ごしていた。


ご飯を誰かが作ってくれて、洗濯もしてもらえて、せっせと掃除されていく家。一人暮らしをしてみて、母さんが今までどれだけ俺の事や家族の事をしてくれていたのかがよくわかった。



そして、元旦の夜には、酔っ払った母さんが父さんに、俺が彼氏が出来た事を話してしまい……

俺はまた心臓がぴりっと痛んだ。


でも……

やっぱりうちの家はおかしいみたいで

父さんまで「おーーー!よかったなぁ、陽向!陽向も結婚する年頃かぁ。ちょうどこの前な、男同士だって、結婚式できるって、この前な、スマホでなんか見たぞ!結婚式のスピーチとか父さんやらないとだよな?今のうちから考えておかないとな!」

「やだぁ、パパったらー、まだ結婚とは言ってないわよー!彼氏くんが出来たって報告よ。あー、でも待って!!結婚式はママは着物がいいのかしら?あ!お母さんに着物あるか聞いておかないとだわっ!って、ひなごめんね、勝手に盛り上がっちゃって。もうね、ママ達嬉しくてさぁー。結婚式うんぬんは、ママ達の勝手な妄想だからねっ!ひな達の良いように、ちゃんと2人で決めていってね。ママ達はそれを全力で応援しますっ」


と、酔っ払ってるのもあるけれど、やっぱりぶっ飛んだ事を言っていた。

結婚……結婚かぁ。

父さん母さんは高校生から付き合って、そのまま20歳で結婚したから、俺と同じ歳には結婚してたことになる。

だから付き合う🟰結婚、なんだろうな。

でも、秋斗さんと、俺……

結婚なんて、法律的にはできないし。……というか、秋斗さん、結婚とか、そういうの……

あまり、考えていないかもしれないもんな。


そんな事を考えていたら

なんだかもやもやしてしまった。

はぁ、なんだか

秋斗さんに会って、触れて安心したい。



……と、

する予定のなかったカミングアウトもあっさりと出来てしまい、自分の中では一世一代の大勝負?が終わったような、なんだか心の奥底でずっとつっかかっていた魚の骨みたいなものが、取れたような……

でも、スッキリというよりは、安心感からなのか、すごく身体が疲れている気がする。

何だか、よくわからない。

だってこんなこと、人生で初めての経験だし。



「もう一泊くらいいじゃない」

「せめて家まで車で送るよー!」

と言う2人を全力で拒否して、それでも地元の駅まで歩いて着いてきた2人に軽く手を振り、3日の夕方、1人で花⚪︎駅に戻ってきた。


なんだろ、この異世界から現実世界へ戻ってきたような感覚。

なんだか駅もどってくると、

秋斗さんと、俺の住む世界って感じがする。


あーあ、秋斗さんに会いたいけど……

6日まで会えないんだよなぁ。

はぁ、会いたい……


少しでも……無理かな?

駅の改札を出た所で、トートバッグからスマホを取り出した。

毎日毎日メッセージもくれて、

親にカミングアウトしちゃった事も伝えたら

とっても心配してくれていた。

だから、早く会いたい。

大丈夫だよ、だから、これからもずっと秋斗さんの側にいさせて欲しいって直接伝えたいな。


メッセージアプリから、秋斗さんのアイコンをタップする。

クリスマスや、30日の時みたいに、少し、少しだけでいいから、会えないかな?


『ただいまー!花⚪︎駅に帰ってきたよ。秋斗さん、何してますか?』

送信をタップする。

会いたいです。とは、なんだか恥ずかしくて書けなかった。

秋斗さんからの既読がつくまで、少し、待っておこ。

もしかしたら、秋斗さんも、会いたいとか思ってくれてたら、駅にこのままいた方がいいもんな。

改札前の電光掲示板の下の壁に寄りかかる。


3日なこともあり、いつもなら大学終わりの学生とかでごった返している時間帯だけど、

ほとんど人がいない。

いつもは気にならない電車が来るアナウンスが、やたら大きな音で聞こえる。


「……。寝てるの、かな?」

既読がつくのをその場所で10分くらい待ってみたけれど、俺が送った画面のまま、トーク画面は何も変化がなかった。

「そっか、仕方ないよな。秋斗さん、お休みだし、……大人しく、帰ろっと。」

足の間に挟んでいた、母さんに持たされた食料のせいで行きよりもぱんぱんになり、かなり重いトートバッグを、よいしょっと肩に掛け、スマホをいつものトートバッグにしまった。


はぁ、明日から仕事だ。

真っ暗でブラインドも降りたHARE caffeが見えてきた。

店の前には年末年始にみんなで飾った門松と、しめ縄。

『あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。新年は1月4日、11時より営業致します』

と年末の閉店時のまま貼られていた。


明日、店長何時から来るんだろ?

9時に出勤で間に合うかな?クッキーやベーグルとかの仕込みも1からしなきゃだし、豆も挽かなきゃだしなぁ。

ずっと休んでたから、店の掃除もしなきゃだもんね。


聞いてみよっと

HARE caffeの入口自動ドアに映った自分を横目で見ながら、店の前を通り過ぎる。


タタタタッ!!!

前から大急ぎで走ってくる人の足音が聞こえてきた。

わ、ダッシュしてる、電車間に合わないのかな?

がんばれー

そんな事を思いながら、店長に連絡をしようとスマホを取り出したと同時に、すごい速さで風のように通り過ぎた足音の人。

え?

その人シルエットにも、ふわっと香ってきた残り香にも、すごく心当たりがあった。

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