「……お、おれ……。付き合ってる人、いる」
何かに触れていないと不安で、テーブルの上に山積みにされているみかんを手に取った。
母さんが手を叩いて嬉しそうにしている。
広いソファなのに、わざわざ俺の隣ぴったりに座ってきて、興味津々って顔してる。
あぁ、裏切るみたいになるなぁ、これ。
母さん、ショック……だよな?悲しむ顔、見たくないけど、何だか、今がタイミングな気がする。
ここを逃したら、一生伝えられない気がするんだ。
「わーーー!!やっぱり!!!なんかねぇ、このね、ひなから滲みでる綺麗さってい…………う」
「男なんだ」
母さんの声にかぶせて、思い切って告白した。
「……ん?ひな?」
「お、男の人なんだ、付き合ってるの……」
母さんはきょとんと首を傾げている。
母さんの目を見ていられなくて、握りしてめいていたみかんを見つめた。
そりゃ、びっくりするよな、20年間育てた息子が、ゲイだったんだもんな。
一体、
なんて、
なんて言われるだろう。
気持ち悪いとか言われたら……結構、ショック、かもな。
ははっ、でもさ、俺ももう成人してるんだし、一人暮らしもしてるしら母さんから嫌われた所で
痛くも痒くもないじゃないか。
俺には、秋斗さんが、いてくれる。うん、そうだよ。
目を瞑って母さんからの言葉を受ける覚悟を決める。
「あらっ!!!そうなのねっ!ねぇ、いくつなの?その子!」
想像していたどの言葉とも違う言葉が、
しかもいつものテンションと変わらないまま、聞こえてきて、慌てて目を開ける。
「……え、えと、23、歳。学年は2つ違いなんだけど」
あれ?
「そっか!ひな3月生まれだからねぇー。ねねっ!その人の写真とかないの!?芸能人でいったら誰系!?やだもぉーーどうしよう、可愛い息子が二人になっちゃうってこと!?ね、ねっ!背は何センチっ!?」
え?母さん……?
「……え?な、なんか、その、他に、言う事、ないの?」
「え?言う事……?……あぁっ!ごめんごめん!そうよね!言い忘れちゃってた!おめでとう!ひな。幸せになってよ。本当にねぇ、恋っていいもんよねぇ!あー、そうそう、あのねぇーママがパパと出会った頃はねぇー」
え?ええ?
うちの母さん、ちょっと飛んでるなとは思ってたけど……え?息子がゲイって聞いても、驚かない?どころか、喜んで……る?はぁ?そんな親、いんの?
そんな俺の考えなんておかまいなしというかのように、子どもの頃から何百回と聞かされている父さんとの馴れ初めを話始めた母さん。
今日は高校の時の告白編だ。
だーれが自分の両親のラブラブ話なんか聞きたいってんだ……
夢中になって語り始めている母さんを慌てて止めた。
「っねぇ!驚いたりとか、しないのかよ?俺、男と付き合ってんだよ?男が、……男が……好きなんだ、よ?」
「……?なんで?別に、ひなが誰を好きでも良いじゃない。ひなが一生懸命好きになった人が悪い人なわけないし、その相手の人も、こんな可愛いひなを好きになってくれて、大切にしてくれて、ママ嬉しくて、感動してる。ちょっとさぁ、ママパパの大事なひなを取られちゃった感はあって寂しいけどさ。でももうひなもいつまでも子どもじゃないし。ママ達も、子離れきちんとしなきゃって思っていても、やっぱり親って、いつまで経っても、いくつになったとしても、子どもの事は心配なのよ。……でもね、そんな大事なひなを側で守ってくれている人がいるなんてわかって、親としたらこんなに安心して、嬉しいことはないのよ?」
……え?そ、そうなの?
ほら、ドラマとかであるじゃん……
「男が好きだなんて!母さん、ちょっと、頭混乱してるわ。ちょっと考える時間ちょうだい。すぐに、はいそうですか、なんて、認められない。だって、将来子どもだって、出来ないのよ?世間からどんな目でみられるのか、わかってるの!?」
的な……?
あれ?
やっぱりうちの母さん、ぶっ飛んでる?
「親はねぇ、子どもが幸せで元気に生きていてくれたら、それで幸せなのよ。パパも喜ぶよ、きっと。だからその、お付き合いしている人、次は連れてきてね。一緒に甘いものパーティしましょ」
「……ねぇ、母さん……残念なお知らせ。秋斗さん、……あ、付き合ってる人、秋斗さんって言うんだけどね、……甘いの超苦手だよ」
「えっ!!!!」
母さんがやっとショックを受けた顔をした。
「甘いもの、苦手っ!?…えーー、じゃあ、ママ特製ケーキでおもてなしは、無理ね。そ、それじゃ、うーん、たこパにしよっか?あ、焼肉パーティでもっ」
はぁ、やっぱどこかズレてるよな。
でも、でも良かった。
こんなにあっさり受け入れてもらえるなんて。
よかった、こんな母さんの子どもで生まれて。
そうだよなぁ、いつも、どんな時にも俺の味方でいてくれたもんな、母さん。
3年になってから突然、やっぱ専門学校行かないって言い出した時も……HARE caffeで正社員で働くって高校卒業間近に言い出した時も。一人暮らししたいって言った時も……。
心配はしていたけれど、そうなのね、うん、頑張ってね!ひなが選んだ道が正解よ。
ってそっと後押ししてくれたもんな。
「ふふっ、秋斗さん、肉は好きだよ」
「よしっ、じゃあ焼肉パーティで決まりねっ!あー、秋斗くんはお酒好きかしら?とっておきのやつ開けちゃうから、絶対に来てねっ!って秋斗くんにちゃんと伝えておいてよ!……って!!!ああっ!!そうだ!はんぺんミキサーに入れっぱなしだった!!大変大変っ、伊達巻き作り途中なのよー、美味しいの作るから楽しみにしてて。あ、ここらへんのおやつ、好きなの食べてね」
ゴンっ、とテーブルに置かれたガラスの受け皿に、たくさんのクッキーやらパウンドケーキが並んでいる。
どれも丁寧に作られて、綺麗に並べられている。
さすが母さんだ。
俺がお菓子作りとか、料理好きになったのは、紛れもなく母さんの影響だ。
バタバタとキッチンへ戻る母さんをちらっとみてから、ガラスの皿に手を伸ばす。
フルーツがぎっしり詰まっていて、分厚くカットされたパウンドケーキに齧り付いた。
「んまっ、……っ、」
目の前の大きなスクリーンが滲んでしまってまったく見えない。
でも、俺だっていつまでも子どもじゃない。
母さんが子どもの頃から呼んでいた『泣き虫ひなちゃん』なんて不服な名前の俺じゃない。
だから、
……だから
そんなの絶対バレたくなくて、斜め上を向きながら必死に目に力を入れていた。
唇が震えているのも見えないように、大きなパウンドケーキで口元を隠した。
この家の子どもに生まれて、良かった。
俺は、幸せ者だな。
秋斗さん、俺、俺、頑張ったよ。
何だか、今、ぎゅってしてもらいたく、なっちゃったな。