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第47話

新しい環境というものはあまり好まないタチだ。

だからあまり経験がない。経験しないようにしている。

不満があっても我慢して頑なに同じ状態に留まる方が楽だ。この底知れぬ緊張感と不安の感情が嫌だから。


「ただいまご紹介に預かりました、本條萌です。皆さんの戦力になれるよう頑張りますのでどうぞよろしくお願いいたします。」


自分に向けられている無数の周りの目を見ていられなくて、サッと深く頭を下げた。


「よろしくーっ!」

「いえーい女子だぁっ!よろしくぅ!」

「よろでーすっ☆」


えっ、と唖然としてしまうほど、ここの職場はかなりフレンドリーというか、自由すぎた。

皆がイキイキとしていて、仲が良く、明らかに空気が軽くて明るい。

人見知りの自分でさえ、すぐに馴染んでしまった。


株式会社COSMOS

もちろん名前も業績も知っている。

めちゃくちゃ大手というわけではないが、必ず年に一度はかなり大きい有名ドラマや映画で賞をとっている会社だ。

私の元いた会社もそこそこだったので、知名度は同じくらいと言っていい。

つまり、傍から見れば完全なるライバル社だ。



「本條さーん、ランチ一緒に行きましょ〜!」

「ここのランチ種類も多くて美味いんだぜー」

「しかもタダだし朝から夜までやってるし☆」


早速誘ってくれたのは、同じチームの人たちだ。

少しチャラっとしたスタイルの男性、ヤマトくんと、ギャル風の女の子、凪紗ちゃん、完全にオタク系統だが元気いっぱいの航くん。


みんな個性豊かなまだ20代の若者だが、驚くほど仕事ができ、そして速い。

初日からこんなに仲良くしてくれるのは単純に思ってもなかったことでとても嬉しい。


「わぁ……凄いね。ビュッフェスタイルなんだ…」


だから今日からはお弁当いらないって昇さんが言っていたのか…。

それにしても、これが朝から晩まで?!


「俺さー、ここの職場来てからほぼ食費ゼロなんよねw」

「僕もだよ〜!朝昼晩ここで食べてるもの!はははww」

「うちも、朝ごはんもお弁当も作る必要なくって超助かってる♡」


やっぱりそうなるのか。凄すぎる。

こんな夢みたいな会社、きっと入社倍率がエグいほど高いだろう。

だからこそ、ここで働いている人たちは選ばれし優秀な人間ということだ。

どおりで皆もれなく仕事が出来るわけだ……

そして人間性も素晴らしい。


「どれも美味しそう。毎日食べ放題なんて太っちゃいそうだなぁ…」


「そうそう!それだけが問題なのよね!でも最上階には無料で使えるスポーツジムも併設されてるからたまに行くんだ〜!今度本條さんも一緒に行こ!」


「えっ、ジムまであるの?!しかも最上階に……!ってことは眺めもいいんでしょうね」


「夜景最高っすよ!プールもあるし!っお、やったぜ〜今日はラザニアがある!」


「あー!僕のお気に入りのデザートがないんだけど!」


仕事以外ではまるで高校生のようなテンションの3人と食事をしていると、別のチームの方々も集まってきた。


「おぉ、新人さん。どうですー?何か困ったこととかないですー?」


「あっ、お、お疲れ様です!大丈夫です!お気遣いありがとうございます」


この人は唯一落ち着いた印象の男性で、30代くらいに見える。名前は須藤直人さんだ。


「あれっ、直人さんまた野菜しかとってない!見た目と真逆の草食男子やんww」


「うるさいな。今度健康診断あるんだぞ、お前ら分かってるのか?」


「あ、うちら若いんで☆」

「若いんで!」「同じく若いんで〜」


「……。うぜー」


なんだかここの皆と一緒にいると、笑いばかりが起きてなかなか食事が進まない自分に気がついた。

肥満防止になるかも!


「本條さんてそういえば、前職は株式会社ランテイナーに所属していたんですって?どうして突然うちに?」


篠田祐子さんという40代くらいの女性はこの中だと1番地位が高いのだが、この職場ではポジションや年齢等関係の無い雰囲気作りがなされているのか、完全に皆に馴染んで食事をしている。


「篠田課長……えっと、はい。長年勤めていましたが……いろいろあって、その……」


「あらやだ、ごめんなさい!過去のことなんて聞いちゃって!そんなことどうだっていいのにね!意外とうちは、他者から転職してきた人たちが多いから、全っ全気にしなくていいのよ!」


「そ、そうなんですか?!」


「8割はそうじゃね?ここにいる全員もそうだし?」

「ちなみに退職率はほぼゼロっすよ」


「え!それはすごい……!」


それはもう完全に優良な職場だ。

こんな経営の仕方ができるなんて、トップが相当潤っていないと不可能だろう。


あんなに身構えていたけれど、思い切って転職して良かった。

ここではきっと、私も上手くやって行けそうな気がする。


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