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第48話

たった一日で、私は随分多くの社員と仲良くなってしまった。

あまり友達作りも上手いほうではないのに、ここでは皆がフレンドリーすぎたおかげだ。


「本條さん、今日はお疲れ様でした。良かったら喋りながら途中まで帰りましょう」


「あ、お疲れ様です王谷さん!はい!」


王谷夏輝さん。彼も同じチームの1人で、爽やかな印象のとても優しいイケメンだ。

女子からかなりの人気があり、優しくて爽やかすぎるため「王子」というあだ名がついているのだとギャルの凪紗ちゃんが言っていた。


王谷さん、初日の私に気を使ってくれたのだろうけど、ほかの女子たちから一気に嫉妬の対象になって虐められでもしたら困るんですけど……などと考えてしまった。

が、そういう雰囲気のある職場ではないから多分大丈夫だろうとも思う。


「あ、あの……今日の私大丈夫でしたかね。皆さんの足でまといにだけはなってないと良いんですが……」


「え?いやいや、驚きましたよ。本條さんとても仕事できるんですね。初日にも関わらず、こちらが教えなくてもテキパキと動いてくれるので皆も安心したと思います」


「ホントですか!?良かった……!皆さん良い方々ばかりで私も安心しました。」


「うちは、仕事ができる人には皆あぁですから。逆に、できない人に対しては真逆なので、だからうちは仕事できる人のみで構成されている会社なんです」


思いもよらないその言葉に、ゾクッと鳥肌が立った。

すなわち、ここでは仕事のできない人間はいらないから容赦なく切り捨てるということだ。そこに年齢や性格云々は関係ないのだろう。


「以前いらっしゃった、ランテイナーさんの噂は聞いてますよ。あそこは会社としての実績のみ重視で個々の活躍は無視する会社らしいですね」


「えっ、ご存知なんですか?」


「えぇ。数年前にそこの元社員がいましたから。寿退社しちゃいましたけど。ちなみにその人は引き抜かれてウチに入社してきましたよ」


「ホントですか!」


「ちなみに僕も引き抜きです。大きな声じゃ言えないですけど、結構多いんですよ、引き抜かれてきた人は。本條さんもそうでしょう?」


「えっと…まぁ、それに近いといいますか……」


なるほど。だから優秀な人が集まっている会社なのかと納得する。

もちろん引き抜きということ自体はトラブルにもなりかねないのであまり公にしづらい節があるが、1番手っ取り早く確実に会社の業績を上げる戦略でもある。



「あっ、ていうか同い年だったんだ!じゃあこれからはタメ口で!」


いろいろな会話を通して自分たちは同じ歳だと判明した。王谷さんは見た目とは裏腹に結構ハッキリした物言いとクールな性格だが、フレンドリーさは周りと変わらないのだと知った。


「えぁっ、いいのかな……じゃ、じゃあ…よろしく…」


彼はどうやら徒歩圏内に住んでいるらしい。

私はというと、車やバスで10分、徒歩で40分といったところなので実は必ず村田さんを呼ぶようにと言われている。

しかし、こうして同僚と歩いて帰る方が遥かに健康的だし、常々思うが、ドライバーに送り迎えさせるなんてリッチな生活には慣れない。



「……あ!ここのパン屋知ってる?めちゃくちゃ美味しいんだよ!ちょっと僕寄るから先に帰っても」


「それじゃあ私も寄ろうかな!ここら辺のこといろいろ知りたいし!」


そう言うと、王谷さんはとても嬉しそうな顔をした。


「そう!ここは僕の1番推しのパン屋で、週代わりで違う惣菜パンが出るんだよ!それがもうめちゃめちゃ美味くて超オススメ!今週は何かな〜」


店内はとてもオシャレで広く、たくさんの種類のパンや菓子、ジャムといったものたちが並んでいる。

パン屋なんてかなり久しぶりだから、とてもワクワクしてしまう。


「わぁ迷う……どれにしよう……」


「カレーパンとアンパンも王道で美味しいよ。僕週2で食べてる」


「えっ、そんなにっ?」


考えてみたら、朝昼晩とビュッフェが食べられる職場にいるのに、彼はどうやらこちらのパンが優先のようだ。


「そういえば、昇さんは何が好きなんだろう……?甘いパン好きかなぁ……それとも……」


「何?彼氏に?てか彼氏の好み知らないんだ?」


「あっ、うん……実はまだ全然知らなくて……」


「ならもう全部買っていっちゃえば?」


「それはさすがに多いよっ!でも本当にどれも美味しそうだから…うーん…」


「じゃあさ、本條さんの好みを買っていけばいいんじゃない。何パンが好きなの?ちなみに僕は〜、カレーパンチーズデニッシュアンパンメロンパン揚げドーナツそれから…ー」


「私の好みのパン……」


私がパン屋に行くと必ず買ってしまうものは……


ちょっと迷ったけれど、私はそれらをいくつか購入した。

ついでに、王谷さんに薦められたスタンプカードも作った。

王谷さんはやはり常連だからか、店員さんたちと非常に仲が良く……というよりも、バイトの女性たちにモテモテという印象だった。


外に出ると、王谷さんは歩きながらさっそく食べ始めたので驚いてしまった。


「んー!やぁっぱ揚げたてカレーパン最高〜!」



普段はクールな印象なのに、好物の前では子供っぽくなるところは、絶対に女子たちをメロメロにしてしまうはずだ。


「それにしてもいっぱい買ったねー。それ全部一人で食べるの?」


「いや、家族にも分けたりするよー?まぁ好きなやつは全部僕が食べるけど」


家族と住んでるんだ!と、これまた意外な一面を知った。

王谷さんは本当に根っからの優しくて良い人だ。

他の社員もそうだけど、みんな私の緊張を解し仕事のしやすいように接してくれるんだから。



途中の道で別れてから、私はたった今までスマホを見ていなかったことに気がついた。

少し慌てて取り出すと、村田さんからと昇さんから、両方からメッセージが来ていた。

いずれも、仕事が終わったら連絡するようにということ。


「まぁここまで来たら……歩いて帰ろ!」


なんだか今日は良い気分だ。


朝まであった底知れぬ不安と緊張感で押し潰されそうだった自分が嘘みたいに、帰り道の空気は全く違って感じられた。


こうやって人は皆少しづつ、勇気を出すことによって自信をつけていくのかもしれない。


家に帰ると、昇さんが料理を作っているところだった。

物凄く集中しているのか、近付いても気が付かないようだ。

チコはしっぽを振りながら一目散で駆け付けてきたにも関わらずだ。


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