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第110話

「あれ?希美さんはお酒苦手なんですか?」


萌は、希美が先程から皆がすすめるワインやシャンパンを断り、常温の水しか飲んでいないことに気がついた。


「いえ、そういうわけじゃないわ。お酒は大好きなんだけど……」


「あっ!わかった!」


と、閃いたように言ったのは凪紗だ。


「希美さんみたいに美意識高くてお綺麗な女性特有の、常温水を1日2リットル飲むとかいうアレですね?!ウチは真似できないけど☆」


「えっ!2リットルだって?!それ逆に腹タプタプになるんじゃ!」


「いや、ヤマトくん。実際水は血液や細胞の循環も良くしてデトックス効果もあるから肌も髪も綺麗になるし、食欲抑制効果もあるからダイエット効果も期待できると医学的にも証明されていて、僕の大好きな○○の声優星野さんも実際1日2.5リットル飲んでいて、僕も週末は真似してー……」


ペラペラと喋り出す博識の航は無視して、華子と莉奈も希美に酒を奨め出す。


「今日くらいはいいじゃないですか、希美さん!ほら、これなんか、私がニューヨークから持ち帰ってきたお気に入りのやつなんですよ!」


「そうですよ〜、このシャンパンは、私とシンくんが開発した低カロリー無添加のものなの♡是非飲んでみてほしいな♡」


希美はそんな皆にくすくす笑った。


「ありがとう。でもしばらくお酒はやめようと思っててね。」


「えっ、禁酒ですか?なにかお酒の失敗でも?」


真一の言葉に、希美は首を振った。


「実は私、妊娠しているのよ。」


サラッと言ったその発言に、皆が一瞬固まった。

当然、華子も昇も、ここにいる誰もが知らなかったことだ。


「すごいっ!おめでとうございます!!」


パァと満面の笑みで拍手をしだしたのは真一で、それを合図に皆がお祝いの言葉を言う。

どうやらつい数週間前に発覚したらしい。


「結婚7年目にして、まぁたまたまって感じよ。本当は夫婦揃って、子供にそんな積極的じゃなかったし、どちらかというと要らないとか言ってたくらいなんだけどね。まぁ、できたらできたで、やっぱり嬉しいものね。」


希美は愛おしそうにお腹に手を当てた。


「じゃあきっと、ご主人もはしゃいでるんじゃないですか?」


「うーん、あの人はただ驚いていただけで……いつも何考えてるかわかんない人だからどうかしら。」


そこに関してはどうでもいいような口振りでそう言った希美。

昇は心底驚いていた。

なぜなら、兄の翼は子供なんて絶対に要らないというようなことを言っていて、加賀見の跡取りは昇に任せるというプレッシャーまでかけてきたくらいの男だからだ。

つまりきっと……翼にとってこの妊娠は想定外。

かといって堕ろせなどということは言えないだろうから、希美の言うように何を考えているのか分からない男だ。

本当に希美と子供のために生きられるのか甚だ疑問だが、もしかしたらあの冷酷男が変わるチャンスかもしれない。


「あなたたちは作らないの?子供。」


「えっ」


希美が突然こちらに話を振ってきて、昇も萌も皆の前で固まる。


萌は正直、考えたことがなかった……と思った。

昇さんとの子供を育てていく未来……想像つかない。そもそも私は子供が欲しいと思ったことだってなかった。自分のことでいつも精一杯で……。

でも……希美さんの幸せそうな顔を見ると、なんだか羨ましいと初めて思う。

自分以外のために生きることが。


「もちろん欲しいですよ。」


キッパリとそう言った昇に、萌は目を丸くする。


「でも、今はまだ難しいですね。もう少しいろいろと落ち着いたら必ずという感じです。」


そ、そうだよね……と萌は納得する。

同時に、落ち着く日なんて来るのか?とも思うし、それってきっと、私の家族のことや、仕事のことだろうけど……そこまで言うほど子供を持つことに関係あるだろうか……。


昇さんはもしや、本当は子供を望んでいないのでは?

落ち着いたら……とか、いつか……とかって、男性が必ずする言い逃れって聞いたことあるし。


いや別に私だって積極的に子供が欲しいわけじゃないけどさ……

私なんかに人一人ちゃんと育てられる自信なんてないし……

だけど……


「好きな人との赤ちゃんかぁ。いいなぁ〜」


そう呟いた莉奈にハッとする。

今まさに萌が心の中で思ったことだったからだ。


「莉奈もいつか、好きな人との可愛〜い赤ちゃんがほしいなぁ〜♡3人でお揃いのお洋服とか着て散歩したりとか〜♡あ、その前にマタニティフォトとかもいっぱい撮りたーい♡」


「あぁ!マタニティフォト流行ってるよね!ウチの兄貴の奥さんも撮ってた!」


「えっ!写真ない?!見せて見せて!」


莉奈と凪紗は気が合うらしく、既に結構仲良くなっていて盛り上がっている。


「でもやっぱり不安よ。元気に生まれてくればいいけれど……私もう若くないし…。あーそれにこれから酷い悪阻とかも経験するんだろうなぁ〜」


と、希美は不安げに言う。

確かに、子供を母子ともに健康に安全に産めることは当たり前じゃないし、女側にはたくさんの苦労が伴うものだ。


「そこは翼様にしっかりサポートしていただかないとですね!僕、それとなくチクリと言っておきます!!」


なんと、莉奈の執事である真一は、翼と意外にも仲が良いらしい。


萌がふと昇を見ると、昇はどこか複雑そうな寂しそうな笑みを浮かべていた。


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