「萌さん、先日は本当に申し訳ありませんでした。」
皆が各々のグループにわかれて話し始めている中、そう話しかけてきたのは真一だった。
先日というのは、あのドッグランでの一件についてだろう。
「あっ、いえいえ、私は全然……というかむしろ、何も知らずにすみませんでした。莉奈さんの気持ちを考えれば、取り乱すのは仕方ないですよ。それより……あのあとは大丈夫でしたか?」
「……実は、しばらくの間は結構塞ぎ込んでしまっていたんです。食欲もなくて、かなり痩せちゃったりして……」
萌の心はズキリと痛んだ。
そこまで傷が深かったとは……それだけ昇に本気だったということだ。
チラと莉奈に視線を移す。
確かに少し痩せたように見える莉奈はベランダに出ていて、昇と何やら話しているようだ。
きっと昇は、ちゃんとケジメをつけようとようやく思ったのだろう。
「……莉奈さん……今はどう思ってるんでしょうか……」
「あ、それが、最近ようやく吹っ切れたようで。今ではもう完全に以前のお嬢様に戻っているんですよ。まぁ……外から見たお嬢様は……ってだけですけど。」
真一は声を落としてそう呟き、向こうに見える莉奈に目を細めた。
「じゃ、じゃあやっぱり心の中ではまだ……」
「悲しみというよりどうだろう……僕から見ると、どちらかというとその隠してる感情は……怒り……」
本当に複雑な心境になった。
愛と憎しみは表裏一体というけれど、事実だと思う。本気であればあるほどそれは、ふとした瞬間に裏返るのだ。
「真一さんは莉奈さんのこと、しっかり見ていて、よく理解されてるんですね。」
「いえ、分からないことはありますよ……
こんなに何年も毎日そばで見ていても…やはり理解しようと頑張っても、全ては不可能です…」
「それは……そうですよね。私も、昇さんのこと分からないと思うことばかりですし……」
やはり、なんだかんだ言っても、自分以外の人間はどんなに近くても他人に過ぎない。
近づきたいと思っても、近づけない。
よくこんなことを考える。
「でも、真一さんは莉奈さんのこと、とても大事に大切にしているって、見ていて分かりますよ。全ては理解できなくても、それだけで充分なんじゃないかな……」
「僕はただ、お嬢様の笑顔を見ていたいだけなんですよ。なるべく毎日おだやかに楽しく、幸せであってほしいんです。僕は一生、あの人のそばにいたいから……」
初めて会った時から思っていたが、莉奈に対しての真一の愛情は、本当に深いと傍から見ていてとても思う。
そしてそれが少し違和感で不思議だとも思うのだ。
「あの……真一さんは、莉奈さんとどういう繋がりで執事の職に就いたんですか?」
「莉奈お嬢が僕のことを拾ってくれたんですよ。」
「え?拾われた……?」
「だから僕の飼い主は永遠に莉奈お嬢で、莉奈お嬢はペットをどうしようと自由なんです。」
ニコッと純朴そうな笑みで綺麗に笑う真一に、若干ゾクッとした。
" 真ちゃんもね、莉奈のペットなんだ♪"
莉奈が以前、そう言っていたことを思い出した。
そしてそれをまさか、真一本人の口から聞くとは思わなかった。
「……真一さん、それって……何かキッカケみたいなのがあったんですか?」
萌は仕事柄、他人のストーリーに興味があり、つい深堀してしまう癖がある。
それによってたまに、相手が聞かれたくないことまで聞いてしまうこともあるくらいだが、やはり仕事に活かせそうなことはなんでも聞きたいのだ。
「あ、ごめんなさい、他人なのにズケズケとっ」
「え!聞いてくれるんですか?!」
目を輝かせ、話したくてたまらないといった予想外の反応をされ、ある意味驚いてしまった。
同時に、期待値も高まる。
萌は頭の中でメモ帳を用意しペンを握った。