僕の人生は、今思えば本当にろくでもなかった。
莉奈お嬢には絶対に言えないくらい、クズな生き方をしていた。
僕の家庭は厳格で、幼い頃から教育熱心な両親のせいで、自由がまるでなかった。
立派な人間になれと、毎日毎日、口を酸っぱくして言われていた。
毎日の習い事、毎日の勉強……おかげで友達がほぼ居なかった。
そんな中、親が決めた名門中学を受験させられ、無事合格。
そこは当然、成績上位の集まり。特別な子供たちの集まり。
自分の成績は思うように上がらず、どんなに頑張っても親に罵倒されつづける日々だった。
ある日限界が来て、朝いつも通り登校したふりをして、今まで1度も入ったことのなかったゲームセンターへ行った。
そこにいた不良数人に、金を出せなどと脅された。
「お前、鈴院中学の制服じゃん!勉強できて金持ちで、さぞ人生満喫してるんだろうよ。ならちょっとくらい俺らにも恵んでくれてもいいよなぁ?」
……は?
人生を……なんだって?
「満喫なんて……1度もしたことない」
「あ?」
「なんにも知らないくせにっ!」
「うるっせえ!」
ドカッ!
殴られて、尻もちをついた。
見上げると、憎悪に滲んだ顔がたくさんこちらを見下ろしていた。
「お前みてーな奴が1番嫌いなんだよ!すげー恵まれてるくせに、いちいち大変ぶってんじゃねぇよ!嫌味か!イライラすんなぁ!」
「きっ、君たちにはわからないだろ!こっちの世界の辛さなんて!!」
蹴り飛ばされそうになった瞬間、自分の中で何かがプツリと切れた。
「みんな成績を上げるために必死で!周りは全員ライバルで!マウントの取り合い蹴落としあい奪い合いで!教師も親も、自分たちのために僕らを使ってるだけ!!自分に自信なんて持つ余裕なくて、むしろ自己肯定感なんて文字は皆無で!自由なんて許されない!道も目指すゴールも全部決められてて!……こんな人生、欲しけりゃくれてやるよ!!」
殴りかかろうと振り上げた僕の拳を後ろから止めた人がいた。
驚いて振り返ると、同じ名門中学の先輩だと、制服とネクタイの色で気づく。
「すいませんね、俺の後輩が生意気言って。
これあげるから、忘れてくれる?ただしもう二度と絡んでこないでね。」
「なっ……?!」
5万円くらいのお札をそいつらに押付けて、
「ほら、行くぞ。」
先輩は俺を連れて外へ出た。
そして公園で、ハンカチを濡らしたものを渡される。
僕はそれを、先程殴られた頬に当てながら無意識に涙が溢れていた。
さっきのでいろんな感情が爆発したからかもしれない。
泣いている僕の隣で、先輩は笑った。
「あっはは!お前面白いね!あのままいたら、完全にボロ雑巾みたいにされてたと思うよ、お前。弱っちいくせにくだらないことで歯向かうからだよ。」
「……っ、なんなんだよ、あんたっ……からかうために助けたのか?」
「俺のために決まってんじゃん。お前が騒ぎ起こしたら、俺があそこにいるってバレちまうだろ?最悪、同じ制服の俺がお前と間違えられるか、お友達かなんかだと思われたら最悪だ。」
そういえば……
今は普通に授業の時間だ。
ということは、この人も今日、学校をサボっているということになる。
「あ……あそこで何してたんですか?あなた、3年生ですよね?」
「何って、暇つぶし以外にないだろ?そもそも俺、学校なんて週2くらいしか行ってないしな。」
「えっ?!」
あとから知ったことだが、それなのにこの人は、成績が常にトップだった。
「父親がさ、お前は家の経営の勉強のほうが重要だから、学校はとりあえず卒業さえできればいいって言うんだ。だからそれさえ達成されんなら何しててもいいわけ。」
そんな親がいるとは……
学校に行かなくてもいいなんて言う親聞いたことが無い。
が……きっとこの人も家柄が凄くて、それこそ親だっていろんな意味で普通じゃないんだろう。
「あの……とにかく、僕のためじゃないにしても、助けてくれてありがとうございました。名前は……」
「俺、加賀見翼。お前は1年の前野真一だよな。」
「なんで知ってるんすか!」
「ん?目ぇ付けてたから。俺、変わってる奴が好きなんだよ。」
「変わってる?僕が?」
こんなに浮かない奴で、むしろかなり影が薄いはずなのに、なぜこの人が興味を持ったか謎すぎた。
見た目も中身も、あまりにも普通だと思っていたのだが、翼さんは言った。
「だって真一くんさぁ、ドがつくほど生粋の真面目くんじゃん。そこまでの奴そういないよ。人生、真面目な奴ほど損を見るのにさぁ。」
お前見てるとそれが超面白くって!
と言ってケラケラ笑いだした。
「もっと肩の力も手も抜いてさ、自分の好きにテキトーに生きてみろよ。」
「そんな簡単に言われても……無理ですよ……」
「お前さ、なんのために生きてんの?
得する生き方を考えろよ。人生なんて、得したもん勝ちだ。」
その言葉に、ハッとした。
今までそんなこと、考えたこと無かったからだ。
「自分のために生きなくてどうすんだよ。お前の人生なんだから、少しはお前らしく生きてみろよ。お前はお前だろ。」
雷に撃たれたような衝撃を受けた。
しかし僕は極端だった。
好きに生きると決めたからには、本当に自分のしたいことやりたいことを思う存分好きなように生きるようになった。
今までしてみたかったけどできなかった女遊びや夜遊び、髪を染めたりピアスを開けたりオシャレしたり、親に反抗したり……
そこらへんの普通の高校生がすることをするようになったら、いつのまにか不良と呼ばれるようになり、成績どころの話ではなくなった。
けれどそんなことすらどうでもよくて、なんならめちゃくちゃ人生が楽しくなってしまった。
翼さんは、自分が卒業するまでよく遊んでくれた。
翼さんの卒業式の日、僕は彼にお礼を言った。
「翼さん!僕なんかと仲良くしてくれて、いろんなことを教えてくれて、本当に嬉しかったです。ありがとうございました!」
すると彼は僕にこう返した。
「そういう素直で流されやすいお前みたいな可愛い性格の奴、俺は一番好きなんだよ。これからも、ずっとそんな感じでいろよ、真一。」
のちに
あぁ、そうか……
ようやく僕は腑に落ちた。
楽しんでいるはずなのにずっと感じていた違和感……
自分の好きに生きているつもりでいて、実際はただ、この人や周りに流されていただけだった……
僕が本当にしたいことってなんだ?
本当の自分って、一体なんだ?
いつだってわからなかった。
自分のことも、他人のことも、
生きるということそのもののことも。