「うち特製のコーヒーもよかったらどうぞ!」
そう言って大きめの水筒に入った湯で、例のスティックコーヒーを作り出した。
これが、今回村田が提案したことの1つなのだ。
「あっ、それこないだ家で私にいれてくれたものですよね!すごく美味しかったから、私もまた貰おうかな!」
そう言った萌に、昇は急いで別のドリンクを渡した。
「萌さん、今回は萌さん好きなお酒たくさん買ってきたからこっちにしたらどうです?それにコーヒー飲むと寝られなくなるかも」
「あ、うちのはカフェインがほとんど入ってないんですよ?!うーん…この風味最高です〜」
コーヒー好きの萌の前でさぞ美味そうに飲みだした真一を、昇がムッ……と睨む。
そんなにコーヒーの潔白を証明したいならと、今日この機会に、萌以外の人たちに飲んでもらうという約束だったのに。
とはいえ、真一自身も飲んでいるのだから、やはりコーヒーは無関係……?
別のものをあの時だけ混ぜていたか、もしくはそもそも別のものに含まれていたか……
「凪紗ちゃんって犬飼ってたのね。マルチーズって確か小さい頃近所にいて、たまに撫でさせてもらってたなぁ〜」
華子が凪紗のマルを撫でながら目を細めた。
「実はね、実家の犬なのこの子。最近会ってなかったし、せっかく最高のドッグランだって聞いたから連れてきちゃった♡
華子ちゃんはわんちゃん飼ってないんだ?」
「私はいつも海外にいたし今後もよく行くと思うから、私は世話できないし飼えないの。
昔は父にねだったこともあったけど、うちの家族は皆それぞれ多忙だからさ、無理なんだよね。だからこうしてたまーに誰かのペットと遊ばせてもらえるだけで充分。」
「なるほどそっかー。っあ!庵さんは熱帯魚をたくさん飼ってるんですよね!!」
「えっ、そうなの?」
「こないだ家に行かせてもらった時、それはそれは凄くてウチ発狂しちゃって……!もう感激しすぎてやんばかったんだからぁー!!」
「わっ、私見たことない!そんなに凄いの?!」
村田は突然話を振られ、体に妙な緊張感が走り出す。
まぁ今日もきっとこの2人の間に挟まれるんだろうと覚悟はしていたが、正直本当にストレスだ。
俺がもっとノリの良いふざけた奴だったらなぁ……
「あー……えっと、まぁ……熱帯魚はまぁなんていうか……趣味の一つでもあるから。」
「アレって管理難しいっていうのに、庵さんはやっぱり流石だよねぇ!まるで水族館にいる気分だったの!」
「私……知らなかった……!」
華子は、自分は家に入れてもらったことすらないのに、一度のデートで家にまであげてその凄いらしい部屋の光景を見せてあげている凪紗に対して激しく嫉妬した。
村田は実は昔から、自宅をアクアリウムのようにするのが好きで、ある意味唯一の趣味だったりする。
男でそれってなんだか寂しい気がして自ら進んで誰かに明かしたことはなく、たまたま家に来た者が勝手に驚くだけだ。
何度か昇がうちに来た時には明らかに驚愕した表情をしていたし、しつこく家に行きたいと何度も言ってきた凪紗を仕方なく入れた時も、同じような表情をしていた。
「私にも今度見せてよ村田さん!」
「なっ、ならウチももう一度見たい!!また行っていいですか?庵さん!いつなら空いてます?」
おい誰か助けてくれ……
と心の中で願いながら言葉を探していると、
「はいはい!御三方も是非これどーぞ!!」
と、コーヒーを渡してきたのは真一だった。
思わぬ助け舟に、フーっと胸をなで下ろしながらそのコーヒーを受け取る。
「……おぉ、良い香りだ……っ」
て……ちょっと待て!
こ、ここここれが例のアレじゃっ……
まぁ死ぬわけじゃないんだろうが、本当に大丈夫なんだろうな?
怪訝な顔をしながら村田はコーヒーを見つめる。
「わぁ〜良い香り〜!ウチさぁ、実はコーヒーって普段ぜんっぜん飲まないんだよねぇ〜。」
「もしかして凪紗ちゃん、大人な風味が苦手な感じ?」
「あはっ!違う違う〜!コーヒーとかコーラとか、黒いものは飲まないのよウチ♡だって歯が染まるの嫌だから☆女の子だし、歯の美しさは重要だよ?華子ちゃん♡」
いちいち癪に障る言い方だなぁ、と若干ムッとしながら華子はコーヒーを啜る。
こないだからずっとこんな不穏な雰囲気だ。
「でも今日みたいに特別な日くらいは飲むわ♡」
その様子を横目に、村田はコーヒーを飲むふりを続けた。