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第126話

萌と昇は、なかなか周りに馴染めずに自分たちから離れないチコと、少し離れたところでボール遊びをしていた。

向こうの方ではたくさんの犬たちが楽しそうに戯れている。


「うーん……チコも皆とああして遊べたら、もっと楽しめると思うんだけどなぁ〜。きっとお友達もいっぱいできるよ?」


「ははは…、チコは僕に似たのかもなぁ。

僕も子供の頃は、誰とも馴染めず人見知りで自分に自信もなくて、いっつも独りだったから。」


「え?そうだったんですか?」


そういえば、昇の子供の頃がどんなだったかなど聞いたことはなかったので目を丸くした。

今の昇からは想像もつかない。


「っあ!こらこら!ロールシャッハ!!」


うわあ!!とつい声を上げてしまった。

それより前に、すごい反射神経でチコが昇の影に隠れる。

突然、凄い勢いでゴールデンレトリバーが萌に目掛けて走ってきたのだ。


「えっ、ちょっ……わぁっ……!」


萌に飛びつきじゃれてくるゴールデンレトリバー。

すると……


「あれっ?もしかして……えっ?!本條さんじゃないですか!!」


頭上から、なにやら聞き覚えのある声が降ってきた。

どうにかして顔を上げると、そこには……


「あ、明石くん!!!」


明石健吾。

前の職場で自分を一番慕ってくれていた後輩が立っていた。


「わー!お久しぶりです!!こんな所でまさか再会するとはっ!っあぁ、旦那さんもお久しぶりです!」


「ど、どうも、こんにちは……犬を飼われてたんですね。」


「そうなんです!ロールシャッハです!ここに来るの初めてなんですが、こないだクジ引きで当たって!」


「そういえばこの子……そっか、私むかーし会ったことあったよね!」


「覚えてましたか!ロールシャッハも覚えてるみたいですね!一目散にこっち目掛けてっちゃったんで驚きましたけど、本條さんいたから納得です!あはは」


この変わった犬の名前は聞いていなかったが、昔明石の散歩中に出くわしたことがあった。

その時のことをこの犬も覚えているのか、千切らんばかりにしっぽを振って萌の顔を舐めていて、それをチコが嫉妬深そうに昇の影から見ている。


「私たちは今日、友達や同僚たちと来たの。ほら、あっちに。よかったら加わる?」


「えっ、いいんすか?!嬉しいです!本條さんの新しい職場の皆さんともお話ししてみたいし!」


ということで、急遽明石も参加となったのだ。

この持ち前の明るさと犬のような人懐こさで、すぐに皆と馴染み始めた。


「へぇ〜っ!それはおめでとうございます!僕もいつかは子供欲しいなぁ〜!まぁその前に彼女ですけどね!」


希美の妊娠の話を聞いた明石がそう言って眉を下げて笑えば皆も同様に笑った。


「明石くんは絶対モテそうだから、きっと彼女の1人や2人すぐできるでしょうに。」


「いやいや、モテませんし、それに僕、ずーっと片思いしてる人がいるんですよ。もう何年も……。その人のことが、まだ好きです…」


「きゃー!素敵〜♡ずーっと一途に思い続けてるなんて切なくてキュンとしちゃう〜♡でもどうして何年も?早く想いを伝えたらいいのに。」


恋バナ大好きな凪紗がそう言うと、明石は視線を一瞬だけ萌の手元に泳がせた。

まるでこちらに強調するかのように、その指輪は太陽光で光っている。


「そうですね…もっと早くに言えばよかったのかな。今となってはもう…ますます難しくなってしまっていて……でも諦めきれないんですよね。」


「そっかぁー…なんだかいろいろ複雑なんだね?でも恋愛って実は、シンプルに考えた方が上手くいくのよ!皆難しく考えすぎだから、自暴自棄になったり関係拗れたり!」


「いや、お前は逆にもっとちゃんと考えるべきだけどな。」


ヤマトに突っ込まれ、恋多き女である凪紗はプリプリ反論しはじめいつもの職場の光景となる。


「でも確かに……凪紗ちゃんの言ってることは正しいと思うよ。」


突然の真剣な声に、え?と、全員の動きが止まって視線が華子に移る。


「思うようにいかないのが恋愛なのに、つい考えすぎるからどんどんダメな方向にいくんだよね……」


華子は寂しそうな目をしてロールシャッハを撫でている。

村田さんのことを考えているんだろうな、と、萌だけは分かった。


「私も、凪紗ちゃんみたいに単純な思考回路してればなぁ……きっともしかしたら今頃は…」


「ちょっとちょっと!何よそれ!まるでウチが能無しの尻軽女みたいに言って!」


「は、はぁっ?そんなこと言ってないでしょ!?」


「いい?!ウチが真実を教えてあげる!よく聞きなさいよ!恋愛の法則!真実よ!」


凪紗は突然その場に仁王立ちした。

かなりのドヤ顔で、鼻を鳴らすその姿が、太陽光で眩しい。

一体何を言い出すのかと、全員が眩しさに目を細めた。


「恋愛ってのはね!

絶対的に、積極的な人が勝つって決まってんの!!」


それはつまり、消極的な人は負ける。

早い者勝ち。ということを意味しているのだと感じて明石はハッと息を飲んだ。


「これが唯一の、恋愛の法則よ!これ以外には、何も無い!」

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