目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第37話 待ってる人がいるから

「ねえねえねえねえ、なんでそんなに必死なのっ?」

 私がバールで殴りかかるとそれを避けることも、防ぐこともせずに頭で受け止める

 だが強い打撃にもかかわらず頭に損傷はない

 やはり、適応率が高ければ高いほどに頑丈になるのだろう

 ここまで強い異能を使うのだ、底無しのオメガウイルス適合率はそれ程までに高いのだろう

「必死にも、なるよ!」

 今度はバールを大きく振りかぶると顔面を狙った

 ソラちゃんから習ったことだ

 頭部に攻撃が通らなかったら顔面や首など柔らかいところを狙え、と

「だってー、お姉ちゃんは白い人だから死なないよ?」

 さすがにまずいと感じたのかひょいっと私の一撃を避けるとつんのめった私の背中をポンッと押した

「ぐっ……」

 そのまま強く地面に転がる

 あの体格でポンッと押されただけなのにまるで思い切り背中を殴られたような衝撃だった

「お姉ちゃん大げさー、お腹すいたから早く食べたいなぁー、黒いお姉ちゃんは美味しいだろうからっ、死なないお姉ちゃんは戦う必要ないのにねー」

 きっと本当にこの子はわかっていないのだろう

 何がそこまで私を駆り立てるのか 

「だから問題なの、私が死ぬなら構わない、でもソラちゃんは死なせない」

 きっとこんな説明したって通じない

 そんなことは今までのやり取りで十分に分かっている

 それでも言わないなんてことは出来なかった

「……わからない、でも、なんかこう、嫌な気持ち」

 私の言葉を聞いて初めてずっと楽しそうにしていた表情を変えてむすくれるように頬を膨らませた

 そんな様子はまるで普通の少女のようで

 一瞬、私は気を抜いてしまったのだ

「痛っ……ぁ!!」

 その一瞬で

 底無し

 少女の指から伸びた口は私の脇腹に思い切り噛みついた

 噛み、千切られる

 そう思った瞬間自分の意思とは別に手に持っていたナイフが私に噛みついている口をスパッと切り落としたのだ

 瞬間底無しが絶叫する

「これ……は」

 頭がじんじんとして、少しずつ視界がぼやけていく

 この感覚は何度も体験している

 だからいまから何が起きようとしているのかすぐにわかった

 だからこそ私はそれを拒否した

 いつものように飲み込まれないように必死でもがいてもがいていると頭のなかで声が響いた

(おい、変われ、ほら眠りに落ちろよ、そうして起きたらまたいつもの日常が待ってるんだ)

 「それはっ、出来ない……」

 (なんでだ? いつもはこういうことは全部オレに任せてきただろう? いつもと同じことだろう、なんでそれを拒否するんだ、苦しむだけだ、早く眠れ)

「ソラちゃんが待ってる、からっ……」

 (ならソラってやつのところまで行ったら変わってやる、だから沈め)

 「ソラちゃんは、言わなかったけど……きっとダイチの人格だなんていうあなたは私を優先するんでしょう? ソラちゃんを助けになんていかない、底無しのことを考えることもしない、だからっ……今はっ! 変われない!!」

 (……じゃあいい、無理矢理にでも主導権を奪わせてもらう、おまえは眠ればいいんだ、もう傷付く必要は、ない)

「……やっぱりあなたはダイチじゃない、私が私を守るために作った人格……私は傷付く側じゃない、傷付けた側だからっ……!」

(ダメだ、くそ乗っ取れない……後悔することに、ぜったいにな――)

「……」

 それを最後にダイチを名乗る偽物の人格が語らってくることはなくなった

 慌てて私は底無しの様子を伺う

 底無しは指から伸びた口を切り落とされた指を押さえていまだに痛がっていた

「ひどい、ひどいひどいひどいひどい……わたしがっ! 何をした!? ただお腹が空いて……何か食べないとお腹が空いて死んじゃいそうで……いや、違う、わたしはもう死んでっ……」

 底無しは動揺した様子で頭をかきむしると私のいる場所とは逆の方向に走り出した

 動揺していた底無しだったが話していることや様子は今までのとち狂った様子ではなく少しだけだが正気を取り戻していたように思えた

「あ、ちょっと! 待って!!」

 本当であれば深追いする必要はない

 むしろ相手から離れていってくれたのだからこのままソラちゃんを探しにいくのが一番の筈だ

 それでも私が底無しを追いかけることにしたのには理由があった

 彼女に噛まれて少しだけ

 理由も仕組みだって分からない

 それでも確実に、彼女の感情が私の中に一瞬だけ流れたのだ

 流れた感情は

 悲しみ、絶望、恐怖、羨望、そして死にたくなる程の空腹だった

 だから思ったのだ

 彼女が戦う理由、それはきっと彼女自身の思いではないのだと

 ソラちゃんに言えばまたお人好しだとか状況を理解していないとか色々と言われちゃうだろうし自分でも馬鹿な行動だと思っている

 それでも、私は彼女を追いかける

 私も、その感情に覚えがあったから

 自己満足だとしても頬ってなんておけなかったのだ

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?