「トト!」
私は慌ててトトの名前を呼ぶ
「分かってるって、これぐらいなら」
トトは背中から手を生やすと無理やり糸を引きちぎり地面に着地する
「……自分の糸それなりの強度の筈なんだけど、そんな簡単に千切られると自信喪失って感じだねー」
フーカは言いながら項垂れるジェスチャーをする
「簡単そうに見えた? それに自信喪失ってわりに全然そうは見えないけど」
着地したトトはいまだに身体にこびりつく粘糸を忌々しげに剥がしていく
その間に底無しちゃんのほうを確認するがそちらは特に問題はなさそうだった
だが今のところはだ
底無しちゃんの戦闘力にはブレがある
だから早く次の段階に進まなければいけない
「っていうか底無し一人に止められてるの情けなー」
フーカは手元の粘糸で遊びながら底無しと戦うゾンビイーター達を笑う
「そういう君だってトト一人に止められてるじゃないか」
そんなフーカに私は舌戦を仕掛ける
実際のところは底無しちゃん程の潜在力のある相手によくここまで敵側も奮闘していると思うくらいだ
「まぁ、そうとも言えるかな?」
フーカは特に否定するでもなくそう言いながら首を傾げる
私は元々は研究者側だ
フーカの粘糸に感情の察知能力があることは知っている
だからこそこの後言う言葉は、深意を探られてはいけない
出来る限り、本当の感情は乗せないように気を付けながら
「ハイスコアラーも実際は大したことないようだ、ユウヒも最後は呆気ないものだったよ」
馬鹿にしたようにそう言い放つ
「は……?」
ずっと余裕綽々だったフーカについに解れが現れる
「自身のつけた火に焼かれるなんてなかなか滑稽だと思わないかい?」
言いながら私は嘲るように笑う
「……そんな安い挑発乗ると思ってるんです?」
「さあどうだろうか」
乗るだろう
フーカなら、確実に
他のゾンビイーター達には欠片も興味を示さなかった彼女が唯一心を許していた相手だ
それを貶されて黙っていられる子ではない
例えそれが挑発だろうと
「どちらにしろ一人堂々と乗り込んできて負けてるんじゃあわけがないね」
実際のところは彼女の残したものは大きい
「……そっちは五人だったんでしょ」
そう、五人相手に彼女は充分に善処していた
「そうだね、五対一だった、でももし……君も一緒に来て五対二だったら……彼女は死んではいなかっただろう、そこについてはどう思うんだい? 索敵してあげた身としては」
「……」
実際二人で来られていればこちらも一溜りもなかっただろう
だがそれが出来なかった理由も、ユウヒの優しさも、分かっている
「とりあえず、ここは任せたよ、私は……秘密兵器の準備に取りかかるとしよう」
私はフーカが黙り込んだのを見計らって開いていたシェルターの扉へ向かう
「っ……待て!」
「おっと、ここを通りたいなら僕を倒さないと」
追いかけて来ようとするフーカの前にトトが立ちふさがる
「お前の相手なんてしている暇はない……!!」
だが本来パワータイプではないフーカはトトの斧に押される
「悪いね、どうしても、勝たないといけないんだ」
私はフーカに最後の念押しをするとシェルターの扉をくぐる
「……この」
人に関心のないものは存外揺さぶりには弱い
しかも普段から相手の気持ちを糸で読み取りながら生活しているような相手なら尚更だ
表面上しか読み取れないなら感情を作ればいい
それだけで嘘が本当になる
そして本心でそう思っている相手を果たして見逃せるのか
答えは、否だ
「っ……自分は逃走しようとしている重要人物を追います、あなた達は底無しをどうしてでも倒しなさい! 数の利はこちらにある!」
「おっと!」
フーカは一応率いていた軍勢に声をかけるとトトに粘糸をつけて無理やりシェルターに引きずりこむ形で私を追ってシェルターの中へと脚を踏み入れた
「よし、トト! 投げるんだ!」
「言われなくてもっ!」
トトは自身に巻かれた糸を握ってフーカを思い切りシェルター内へと投げ飛ばす
「っ、しまっ……」
その一瞬の間に私はシェルターのシャッターを閉める
「よし、これで三対多ではなく、一対多と二対一の盤面の完成かな、分断は戦いの基本だよ、クモの巣からも無事脱出出来たわけだ」
フーカがシェルター内に閉じ込められたのを確認しながらトトは自身の周りの糸をまた取り払うと斧を構え直した
「……それが狙いだったとして、何か変わる? 元々外でも別れて戦ってたしー、何より糸は……すぐにまた張れる」
フーカは有言実行とばかりにシェルター内に見える太さからおそらく見えない太さのものも含めて身体中から糸を張り始める
「いや、実際のところはこちら側ではなくあちら側の問題でね」
そう、場所が変わったところでフーカの糸を伸ばす速度は尋常じゃないため巣の上にいることは変わらないだろう
だが問題はこちらではない
「底無しのほうってこと……?」
「そう、彼女には……以前、ユウヒとの戦いで使ったものよりも強力な薬を渡してある、それを使えばこの戦闘中は意思を取り戻していられるだろう、そして今より強い力も使える筈だ、だがどれほどの操作性のものなのかもわからない、だからそれに巻き込まれないように分断したかったというのが一番の理由、ただ、薬を使ったその後は……どうなるかまでは分からないが」
私が底無しちゃんに渡したものはおそらくヨハネがゾンビイーター達に使っているものと似たような性能を持つもの
だからこそ、それを使った後の副作用は計り知れなかった
それでも勝つために私は底無しちゃんに理由を説明した上で頼んだのだ
「おい待てよ、そんなの僕は聞いてない」
トトが隣から怒気を発しながら詰め寄る
「ああ誰にも言ってないからね、君含め全員に、言ってあるのは底無しちゃん本人にだけだ」
言えばきっと三人とも止めただろう
知れば非難もされただろう
だとしても
それでも、私は何としてもこの戦いを勝利に導かなければいけなかったのだ
「また、勝手にそういうことしたのかっ……」
「したけど、後悔はしていない、この戦いが終わったら君たちの声は全てちゃんと受け入れる、だから一度戦いに集中しよう、私は……戦う術を持たないから君が頼りだ」
言いながらまた私は少し後ろへと下がる
トトの、邪魔をしないように
「……分かったよ、後で覚えてろよ」
トトも現状優先するのはこちらではないと察したのかフーカのほうを見やる
フーカ自身はというと何故か私達の会話が終わるのを待っていてくれたようでやっと話が終わったのか、というように一度大きく息を吐くと
「痴話喧嘩は終わったかな? 自分今けっこう腹が立ってまして、自分でもこんな感情になるとは思わなかったんですけど、挑発だと、感情のコントロールだと分かっていてもなおムカつくものはムカつく、ヤマトみたいなこと言うのは嫌ですが……力でねじ伏せてやりますよ」
粘糸を生成しながら構えた
その顔は決して笑ってはいなかった