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第106話 これは総力戦

「以心伝心……烈々っ!」

 フーカの言葉と同時にフーカの指先から糸が生成される

 それは、今までの繊細さを丸で感じさせない強く強靭な糸だった

 力でねじ伏せる、その言葉に準ずるように

「こ、れはっ……」

 その攻撃にたいしてトトはその糸を斬ることは出来ないと判断したのか斧を面で構えて防御の構えをとり正面からぶつかる

「っ……」

 ドオンッ! と大きな音がして土埃をたてながらフーカの糸は壁を抉り建物を揺らす

 まきおこる突風から顔を腕で守りならどうなったのか、懸念しながら晴れていく土埃に目をこらす

「トト……!」

 土埃が晴れて見えたのはフーカの糸に押しきられて壁際にまで押し込まれたトトがいた

「だい、じょうぶだから、そんな顔するなよ……」

 慌てて名前を呼ぶ私にトトは逆に冷静に反応を返しながら身体に異常がないか確認するようにぶんっと一度大きく斧を払う

「以心伝心烈々は、糸の粘着力や心層を探る力をゼロにして極限まで攻撃力に全振りした力業、細々したことが同時に出来ない代わりにその一撃は強力になる、そうそう防げるものでもないですよ?」

 一方フーカは説明しながら再度手のなかで糸を創造し始める

「……今のが最大火力ならたいしたことないね、次は叩き斬る」

 トトは今度は受けるのではなく正面からぶつかり合えるように斧を構え直すと自身の両肩から腕を生やしてさらに斧を持つ手を増やし、背中から生やした腕は地面と壁に伸ばす

 確かに以心伝心烈々の一撃は強かった、だが底無しちゃんほどではないにしろどちらかと言えばパワータイプのトトが全力で迎撃体制に入れば止められないという程にはどうしても見えない

「本気でそんなことが、出来ると、思いますっ……?」

 何か、おかしい

 そうは思うもののそれを考えている間も無くフーカはまたその大きく練られた糸を思い切り飛ばすために手を横に振りかぶる

 いや、待て

 そもそもフーカは何故技の情報を手ずから全てバラしたんだ

「それじゃあ、ばいばーい」

 そんな純粋な疑問を抱いた瞬間フーカは糸を横に振り抜く

 瞬間

「しゃがめ!!」

 私はトトにむかって叫んでいた

「こ、れは……」

 私の言葉に反応して反射的にしゃがむトトの上を通ったのは太く強靭な糸ではなく、太い糸からほどかれた1本の鋭い糸だった

 それは壁に一筋の線を描き、その細い傷跡からは壁のどこまでその一撃が通っているのか分からなかった

 だがおそらく見えないだけでかなり深い

「ありゃ、さすがに気付かれました?」

 私が考察している間にもフーカはまた攻撃の準備をする

「それは、あそこまでつらつらと話してくれれば後ろに何かを隠してることぐらい想像がつくさ」

 そう、あそそまで全てを開示されれば逆に怪し過ぎるくらいだ

 何の意図もなくそんなことをするほどフーカは馬鹿じゃない

「……うーん、さすがに頭が回る相手に情報を出しすぎると警戒されるか、いくら糸が太いと言っても元は沢山の糸を寄り合わせた糸の束、それをほどいて鋭さに補正をかければスパッと落とせる、そういう算段だったんですけどねー、あ、おそらく1本の鋭さに集中すればその斧でも手でも、防げないと思いますよ?」

「……!」

 だがフーカはまた何をしてみせたのかわざと分かりやすいように私の目の前に1本の糸を飛ばして近くにあった柱を裁断して見せる

 その鋭さは人の首くらい簡単に落とせるのは容易で私は少し距離を取るように後退りする

「何故またつらつら話すと? 今度はちゃんと考えてますよ自分、烈々なら斧と手で対処が可能、だけどその場から動けない、避けに徹したとしたらすぐにシェルターはぼろぼろになって三人まとめて瓦礫の下敷き、1本に集中した以心伝心真線は見てれば避けることが出来るけど、斧や手では対処が出来ない、自分はその二つをそれなりに切り分けられるからどっちが飛んで来るかも分からない、あ、もしかしたら途中で粘着性のある糸に戻るかもしれないから二択じゃなくて三択かも、それか他にも機能はあるかもしれないか、さて、それを分かったうえで……自分の手数についてこれますか?」

 そんな私を見ながらフーカはにこにこと笑いながらさらに情報を開示する

 なるほど、あえて情報を開示することでこちらに心理戦をしかけている、ということか

 私が所属していた頃のフーカであればしない戦略

 それ程までに彼女は今、真剣に戦っている

 もしかすれば分断のためにした挑発は逆効果だったのか

「……思っていたよりも頭が回るんだな、見た目より」

 トトは言いながらめんどくさそうに斧を振るう

 トトは別に頭は悪くないが次に何が来るのか、それを全て踏まえてまで戦闘に集中出来るかといえばそうではない

 だから私は

「自分そんなバカに見えますかねー、心外心外、自分はこう見えて色々考えていますよしっかりと、ゲームは得意なので」

「それじゃあ、これはちゃんと予想していたかな?」

 そういってわざとふざけた様子を見せるフーカに見せつけるように、取り出したひとつの端末のボタンを迷わずに押した

「……何を、した?」

 だがそれでこのフロアに何かが起きることはなく、それを訝しそうにフーカが聞いてくる

「お得意の糸で外の様子を伺ってみたらいかがかな? ……なんて、そんなことしなくても教えるさ、外にある迎撃用の冷却ガスを散布した、これでゾンビイーター達もゾンビも……動きが鈍くなる」

 そう、このシェルターは私が作った時に一番対ゾンビ用、という部分に力を込めたシェルターだ

 ゾンビを弱らせるには冷気、それは周知の事実

「……正気です? 外には底無しもいるのに」

 フーカはそれを聞いて信じられないというようにそう呟く

「正気さ、底無しちゃんも動きは鈍るだろうが……それでもゾンビイーターのなかで一番頑丈といえる身体を持つ彼女なら問題ないだろう」

 そう、底無しちゃんはその異能よりも何よりも身体の頑丈さが一番秀でた能力だ

 だからこそ、それもあり外に残すのは底無しちゃん以外になかった

「……ま、だからといって何が変わるかって話だけどねー、外がどうなろうと自分には関係ない」

 だがフーカは余裕綽々といった様子で、いまだにそれが意味することの重大さに気づいた様子はない 

「関係大有りさ、これは総力戦、底無しちゃんが外の戦闘を早々に決着つけられれば私がシェルターのシャッターを上げて底無しちゃんをここに呼ぶ、そうすれば……3体1の出来上がり、というわけだ、シャッターの解錠は私にはいつでも出来る、時間制限のあるなか果たしてそんな悠々と心理戦をしてられるかな?」

 だからこそ、あえて私も余裕があるという様子を崩すことなく、フーカがしたように説明し返してみせる

「……つくづく、あんたは癪に触る、そしてあんまり自分をバカにしないほうがいいですよ、何度でも言うけど、自分だって考えて、動いてるんですよっ……!」

 フーカは一瞬顔をしかめたがすぐにいつもの様子に戻ってそれから、思い切り手を振り下ろした

「うわっ……!」

「っ……」

 瞬間廊下を寸断するように幾重もの糸の束が空間を埋め尽くしていく

 トトと私の間にもその糸はしっかりと張られ、トトと分断された私の前には少しでもトトのほうに行かせないようにフーカが立ちふさがる

「細々したことが同時に出来ない、という言葉信じてました? 自分が嘘をつかないと思いました? それならこれは自分の読み勝ちですねぇ、わざわざあなたの目の前を切り裂いてみせたのも、わざわざ能力を説明してみせたのも、本命を隠して全てトトとあなたの間に距離を作るため、さあ、これで1対1、戦う術を持たないあんたは一体……どうやって切り抜けるんですかねぇ」

 フーカは手の中の糸を弄びながらそう言って、笑った

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