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第107話 欲しいのは平和な日常

 次の行動をどうするべきか、私は必死に頭を巡らせる

 とりあえずはソラちゃんに刀を抜かせないといけない

 だがその隙を私では作り出すことが出来ない

「さてと、万策尽きたという感じか」

 そして考える時間すら与えない、というようにヤマトさんは次の攻撃に備えるように腕をパキパキと鳴らしながら一歩前に踏み出す

(おそらく、まぁ聞かないと思うけど一応やってみるかー?)

 ヤマト?

 気だるげに、私に言う様子でもなく呟くヤマトに私は聞き返す

(口、借りるぞ)

 だがヤマトは何か説明するでもなくただそれだけ言った

「なぁ、お前は一体何がしたいんだ?」

「ん? あたしに言ってるのか?」

 ダイチが私の口を使って語りかける

 ヤマトさんは一瞬動きを止めると不思議そうに聞き返してくる

 だがそれでもソラちゃんが刀を抜く隙すら与えないようにしっかりとヤマトさんは盤面から目を離さない 

「お前以外に誰がいるってんだ?」

「ああ、君がダイチか、悪いけどっ……」

「っ……くそ!」

 さらにダイチはいつものように話しかけるがすでに会話をするつもりのないヤマトさんは距離をつめて攻撃をしかけてくる

 身体の操作は預けていないので私は慌てて後ろに下がって避ける

「ウミさん!」

「時間稼ぎに付き合う気はないし抜かせる気もない」

「っ……」

 私のほうへ来たタイミングでソラちゃんは刀を抜こうとするがヤマトさんがソラちゃんにむかって懐から取り出したビー玉サイズの球体を投げたことで叶わない

 近距離タイプだと勝手に思っていたがちゃんと遠距離に関しても対策済みだったことに内心驚きを隠せない

「……こちらこそ悪いが、別に時間稼ぎじゃないんだよなぁ」

「じゃあ、何だ?」

「いや、聞きたくてな、身体の動きはウミに任してるからゆっくり話せる、お前は……この戦い別にどっちが勝っても構わないんだろ?」

 身体を私が動かすことで会話に集中できるダイチを尻目に自分で会話に対応しながらヤマトさんは私やソラちゃんに攻撃をしつつソラちゃんからの攻撃はいなし、隙あらば反撃も繰り出してくる

「やる気がないわりには一応大将として行動はして、今だって手を抜かずにこうして戦ってる」

「……だからどうした?」

 ヤマトさんはダイチの言葉に特に関心を示すでもなくただ聞き返す

「お前は、あくまで戦況のために自分がこちらに残ったのだと言ったが……それもまたただの建前だ、オレはなんでお前がここに残ったのか、よく理解してる」

「へぇ……」

 ダイチの言いはなった言葉にヤマトさんは少し驚いた様子で声を漏らす

「これで向こうが全滅したとして、お前には何の関係もないんだろうな、自分が生きていられれば、すでに死んでいるくせにな」

「……ふむ、まぁ、確かに的を射ているというか、だが……」

「ぐっ……!」

 ダイチの舌戦にうんうんと頷きながらヤマトさんは私に向かって大きく拳を振り抜く

 避けきれないと判断した私は腕でガードしたもののリミッターを外していても腕がもげるかと思った

「ソラさん……! っ……」

 慌ててソラちゃんは私を守るようにヤマトさんに向かって攻撃を仕掛けるもそれもまたヤマトさんには通らずに逆に反撃をくらって地面に押し付けられる

「そのよく回る口で今までのやつらは上手いこと挑発出来ていたんだろうが残念ながらあたしには聞かない、何故ならあたしは……自分の卑怯さを自分で一番よく分かったうえで行動しているからだ」

「……まぁ、そうだろうと思ったよ、だからオレの挑発なんて意味がない、だがお前はその先に何を求める? 生き残ったその先に」

 強いうえにメンタル面でも揺さぶりが聞かない

 それならどこから攻めればほつれが生じるのかすら分からないなかそれでもダイチは会話を続ける

「……少しだけ、自語りでもしてみるか」

 両手で私とソラちゃんを地面に押さえつけたヤマトさんはそんなダイチの言葉を聞いて少しだけ斜め上に視線を向けた後に口を開いてそう言った

「ほぉ、聞いてやるから語ってみろよ」

「あたし、じつは犬を飼っててな、そいつもまたゾンビなんだが……研究の過程でオメガウイルスを投与された犬を研究が終わっていらないって言うんで貰ったんだ、名前はポチ」

 ダイチに促されてヤマトさんは話し始める

「全くもってひねりも何もないな」

 それは申し訳ないが私も少し思った

「シンプルでいいだろ、あたしは……何のしがらみもない、戦う必要も、気を張る必要もない、ただ窓からきれいな景色が見える家で飼い犬と一緒にひがな1日窓の外を眺める、そんなゆったりした人生が欲しいんだ」

「それは、無理な話だろ、オレ達の境遇だけじゃない……この崩壊した世界では」

 ヤマトさんの語った絶対に手に入らないであろう理想の未来をダイチは速攻で否定する

 だがその理想の未来は本来であれば誰だって当たり前に享受することの出来たはずの未来だった

 それは勿論ヤマトさんも、私達も

「そう、あたしはゾンビでゾンビイーターで、ハイスコアラーだ、さらには世界は廃退してる、だから無理って分かってる、でもな、もしこの戦いで勝てたらそれを笠に着てあたしはこのくだらない組織を抜ける、逆に負けたら負けたであたしは死なずにこの場を切り抜けて、勝手に姿をくらます、それで綺麗な風景は無理でもただ、平和な日常を送るっていう算段なんだ」

 ヤマトさんは言いきると楽しそうに、それでいて悲しそうに吐き出すように笑う

「なかなか雲の上みたいな夢を持ってるんだな」

「ああ、あたしは結果自分が良ければ周りはどうだっていい……いや、いつだって周りを気遣うような余裕はない、だから……悪いけどここで、大人しく捕まってくれ」

 ヤマトさんは言いながら私の首にかけた手にギリギリと力を込め始めてそう諭す

「……それは出来ない話だ、オレ達にもやらなければならないことがある」

 だがダイチは速攻でそれを断る

「そうか、残念だ……」

 本当に残念そうにそう呟くヤマトさんの顔面に向けて私の腕が私の意思とは関係なく延びていきヤマトさんの顔を掴む

 それを鬱陶しそうに引き離そうとするが私とソラちゃんを押さえている関係上手が空いておらずそれも叶わない

「なぁ、オレの本当の目的なんだったと思う?」

「本当の、目的?」

 そんなヤマトさんにダイチは再度問いかける

「そ、元々お前には挑発なんて聞かないって分かってた、だってお前は自分のことばっかで、それを自分で理解したうえで行動しているようなやつに何言ったって無駄ってやつだ」

「……まぁ、その通りだな」

 そしてダイチの言葉をヤマトさんは否定することすらせずに肯定する

「だから……全て近くに来させるためだけの会話で、もしかしたら自分の手に薬品を仕込んでた、とかだったらどうする? 例えば酸とか」

「っ……な! しまっ……」

 ダイチの言葉に慌ててヤマトさんは押さえられたきり制を貫いていたソラちゃんの首から手を離して自身の顔にあてられた私の手を剥がしにかかる

 そして、剥がれた瞬間に私の身体を動かしてダイチが私の首に宛がわれた手とソラちゃんから離れた手の両手首を掴んで拘束する

「捕ーかまーえた、残念今のも嘘でした、少しでいいからお前の動きを止める、それがオレの本当の目的だ」

「くっ、離っ……」

「馬鹿が、誰が離すかよ」

 何とか振りほどこうとするヤマトさんにリミッターを外した全力でダイチはヤマトさんの腕を掴みそう簡単には振りほどかれないように力む

 そして、ヤマトさんは私の腕を振りほどくとすぐにその場を飛び避けた

「……ダイチさん、助かりました」

 瞬間先程までヤマトさんのいた場所をソラちゃんの刀が一閃、斬り結ぶ

 私が何とか立ち上がりながら横を見れば蒼い刀身の刃を抜ききったソラちゃんが立っていた

 そう、ダイチの目的は挑発して相手に隙を作ることではなくただ、物理的に時間稼ぎをしてソラちゃんに刀を抜かせることだったのだろう

(挑発に乗ってくれる玉ならもっと楽だったんだけどな)

 中に戻ってきたダイチは面倒くさそうにそれだけ言った

「あー、やっぱりあたしにはこういうの向いてないんだよ……」

 だがこのおかげで状況は変わった

 今までは防戦一方だったが刀を抜けたということはソラちゃんは本気で戦えて、私は邪魔をしないようにしながら少しでも役に立てるように動けばいい

 こんな私でも役に立つ方法はまだある

「さて、これで私も本気を出せる……ここから、巻き返します」

 ソラちゃんは言いながら蒼い刀身をブンッと強くら振り切った

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