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第137話 ただ最後までそばにいてほしい

「どう、なったの……?」

 霧が晴れていくなか寒さに背筋を震わせながら顛末を見守る

「これは……」

 ソラちゃんは刀を突き立てたその先の大きな肉塊を見上げる

「凍っていてほる……?」

 刀を通して内側から冷却液を流し込まれた肉塊は確実に表皮に達するほどの凍結が見て取れた

 私は祈るような気持ちでそう呟きながら一歩前に出る

「っ、前には出ないでください! 動いてます……!」

 だがソラちゃんは慌ててそう私を制してから肉塊から刀を引き抜く

「っ……」

 ソラちゃんの言葉に少しだけ瞳の奥を明滅させながらまた壁に体重を預ける

「確実に氷結はしていますが全てを凍らすには足りなかったようですね……」

 一部分にしても凍ったことで一時攻撃の止んだなかいつまた氷壁を破って再度攻撃を再開するのか分からないそれに少しだけ触れてソラちゃんはそう呟く

「そんな……」

 ソラちゃんの異能を全開にしても直全てを凍らすまでには足りない

 その宣告は斬撃の通らないその異形を前にしてはほぼ死刑宣告のようなものだった

「追撃しようにも刀の残数はゼロです、ですが……」

 だがソラちゃんは言うが早いか刀を再度構え直して氷結したその肉塊を両断する

 一度は弾かれた刀

 だが凍ったことで弱体化しているのかはたまた動きが鈍くなっているから狙いが定めやすいのか

 どちらかは分からないが両断したその返す刀でまた肉塊を切り裂く

「切り刻めば、どうですか……!」

 だがそれでも止まることなくソラちゃんは肉塊をバラバラに裁断し続ける

 ぼとり、ぼとりと音を立ててブロック状になった肉の塊が辺りに飛び散っていく

「…………」

 ある程度まで寸断されたそれを私とソラちゃんは一抹の拭いきれない不安のなか事の顛末を見守る

 このまま動かなくなることを願って

「っ……冷却液が侵食してても直再生するとか本当に化物じゃないですか……」

 だがそんな願いも虚しく寸断された肉塊はぶるぶると少し震えたかと思うとすぐに切り離された本体に向かってゆっくりと、確実に引き寄せられていき、そのままずるりとくっついて再生する

 それを見て流石のソラちゃんも刀を持っていないほうの手で頭を押さえる

「ソ、ソラちゃん! 一回部屋出たほうがいいかも……!」

 その間にも部屋を押し潰さんと膨らんでいく肉塊に攻撃性が戻る前に場所を移すべきだと判断してソラちゃんに声をかける

「……そう、ですね」

 ソラちゃんの返事を聞いてから私達は一度部屋の外へ出て息をつく

 この戦いで唯一の救いはヨハネさんだった肉塊におそらく意思がないところだ

 攻撃こそしてくるもののそれは無差別に近く、だからこそヤマトさんやユウヒさんとの戦いのような常に針積めた状態でいる必要はない

 そして、何よりも意思と意思のぶつかり合いが起こらないことが絶望こそあれど心の安定を残してくれていた

「ソラちゃんの白冷夜行が決定打にならないとなると、次はどう動く……?」

 ドアから肉塊の様子を伺いながら私はソラちゃんに指示をあおぐ

「そう、ですね、既に切り刻ざんだ殆どの肉塊が集結していますしこのまま大きくなればもう少しでこの部屋の壁を壊すほどに大きくなるでしょう、俊敏性も攻撃性もどんどんと時間経過で上がっています、もう次は刀も通らないかもしれません」

 ソラちゃんも肉塊の様子を確認して冷静にそう論じて自身の刀をかちゃりと音を立てて握り直す

「それじゃあ……」

「ですが、それで諦める私達ではないでしょう?」

 なす術無しなのか

 そう言おうとした私の言葉を遮るようにソラちゃんは真の通った声でそう問いかけてくる

「……」

 答えは勿論イエスだ

 目の前まで迫った夢を捨てるようなことをするわけがない

「そして、諦められる状況でもない……本音を言えばあなただけでも安全な圏内に離脱させたい、というのが事実です」

「……それはっ」

 ソラちゃんの言葉に私は反論しようと口を開く

「ですがそんなことは言いません」

「っ……!」

 だが私が否定するよりも先にそれをソラちゃんが遮った

 意外なその言葉に私は少しだけ驚いて息を飲む

「あなたもいたほうが勝率も上がるだろうとか、理由をつけようと思えばいくつだって適当につけることが出来ます、ですが……実際のところは私が、ただ最後まで……あなたに側にいてほしい、それだけです」

 ソラちゃんは何度か視線を揺蕩わせながら、それでもしっかりとそれを言葉にして証明するように義手ではないほうの手で私の手を握る

「ソ、ラちゃん……」

 そんなソラちゃんに逆に私が緊張してしまってたどたどしくなりながらも何とかソラちゃんの名前を呼ぶ

「危険だと分かっていても、打開策が見つからないかもしれなくても、離れないで欲しい、随分と欲張りになったものです」

 ソラちゃんは私の手の甲を優しく撫でながら自虐的にそう呟く

「……大丈夫だよ、もし、今すぐ消えて欲しいって言われても、ソラちゃんに拒絶されても、私はどこにもいかないし、ソラちゃんを独りになんてしないから、私きっと、ソラちゃんが思ってるよりもずっとずっと、重い女だよ?」

 緊張なんてものよりもそんなソラちゃんが愛しいという気持ちが勝って私は少し気持ち悪いかもしれないなんて重いながらもそう言って笑って見せる

「……いえ、まぁ、その兆しがあることは既に理解していましたけどね」

「えー……」

 だけどソラちゃんは苦笑いしながら否定するでもなくそんな風に返してくるから私は心外というようにそうブーイングしてみたり

「ふ……あははっ、ダメですね、こんな真剣にならないといけない状況なのに……」

 ついにソラちゃんはこらえきれないというように吹き出して、それからそう言って、また笑う

「……だからこそ、笑うんだよ、勝とう、私達で」

 この緊張した場面には似つかわしくない笑い声と和やかなムード

 それはきっとこの後の結末の為に必要なもので

 大切な未来を掴み取ろうと心に誓うには充分過ぎるくらいだった

「……はい、そうですね、これが、最後の壁ですから……!」

 そして私のそんな言葉を受けてまた、ソラちゃんも呼応するようにそう言って、二幕の幕を下ろす為に刀を構え直した

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