「……行きは緊張した道でも、帰りはなんか、少しだけ清々しくて、楽しくなっちゃうね」
ゾンビイーターの研究施設を出て暫く、私達は軽い雑談をしながら着々とシェルターに向かって進んでいた
来る時も話はしていたが心根にはこれから起こるであろうことがぐるぐる渦巻いていてこんな風に何も気にせず楽しく会話することは出来なかった
「私もいますからゾンビにやられる可能性もほとんどないですからね、まぁ、最悪噛まれてもあなたは死にませんし」
「極論……」
ソラちゃんの振りきれた言葉に私は苦笑いを返す
「冗談です、あなたを噛ませるなんて、私がさせませんよ」
だがそんな私を見てソラちゃんは意味ありげな笑顔を浮かべてからそっと私の手を取る
「そ、そう? ありがとう……」
手を繋がれたことに少しだけ心臓をドキリとさせながらお礼を伝える
「あなたの為でもありますが、自分のためでもありますから」
だけどソラちゃんはまた、今度は真剣にそんな風に意味ありげなことを言って握っている私の手を自身の顔と同じぐらいの高さまで持ち上げる
「そっか……?」
私が噛まれないことがソラちゃんのためでもある
今いちソラちゃんの伝えたいことが分からず疑問符を浮かべながらもそれ以上追求することはやめた
「帰りも三日はかかるでしょうが、アカネさん達の無事も確認しています、ゆっくり帰れますね」
ソラちゃんは言いながら一瞬手を離してするっと指と指を絡ませて繋ぎ直す
「へっ? あ、う、うん」
「どうされました?」
どぎまぎしている私にソラちゃんは不思議そうに聞いてくるから
「いや、何でもないんだけど……」
何でもない、そうは言ったもののはっきり言ってソラちゃんの行動があまりにも心臓に悪すぎて何を話していたのかなんてほとんど頭には入ってこない
「そうですか」
ソラちゃんはそれで納得したようで手を離すことなく少しだけ私との距離を詰めてくる
「……」
よし、考えるのは止めよう
私は思考をさんざんに巡らせた後に結果としてそう決意して動揺を悟られないように覚悟を決める
「そういえば今日はどの辺りでキャンプを張りますか? 疲れているのであればそこそこの場所で休みましょう」
そんなところに神の一声がかかる
「う、うん、流石に疲れては、いるかなー……!」
私は即答でその申し出を許諾する
「では、この辺りで休みましょう」
ソラちゃんは私の返事を聞くと握っていた手をパッと離して早々に野営の準備を始める
「……そうだね」
そんなソラちゃんに返事を返しながら、先ほどまで低い体温で包まれていた自分の手に視線を落とした
「今日は特別な日だから、桃缶開けちゃおっかなー」
テントを張って火を起こすといつものように対面して座ると私は上機嫌にカバンのなかから桃缶を取り出す
「相変わらず好きですね、それ」
そんな私を見てソラちゃんは何か考える素振りを見せながら聞いてくる
「え、うん、そうだね」
今も昔も、私にとって桃の缶詰めは特別なものだ
「……ひとつ、食べてみてもいいですか?」
「え゛……ソラちゃん、食べられたっけ……」
ソラちゃんの申し出に私は手に持っていた桃缶を取りこぼしそうになる
ソラちゃんはゾンビだ
今までも必要ないと決して何も口にしようとしたことはなかった
そもそもゾンビが人肉以外を食べている姿は想像つかない
「何の栄養にも腹の足しにもなりませんが、食べることは可能ですよ、まぁ、消化器官が機能していないので多量に接種すれば不味いかもしれませんが最悪腹に穴を開けて取り出します」
「いや怖い怖い怖い! そんな無理して食べないでいいから!」
ソラちゃんの言葉に私はブンブンと首を振って断る
お腹に穴を開けて取り出す
確かにソラちゃんは痛くないのかもしれないが聞いているだけで私が痛い
「私が、あなたと同じものを……あなたの好きなものを食べてみたいだけです」
だけどソラちゃんは引くことなく真剣な瞳でそう続けるから
「…………わかった、ひとつだけだよ」
そんな風に言われれば私だって嬉しくないわけがなくて、私はすごすごと缶詰めを差し出す
「っ! はい!」
「……あれ? 食べないの?」
パアッと少し嬉しそうな表情でそう言いながらもソラちゃんは手を出そうとしない
だから不思議でそう聞いてみれば
「食べさせてくれないんですか?」
また、そんなソラちゃんから聞くとは思わなかった言葉が飛び出してくる
「あ゛……わ、分かった! 分かった! ほらはい!」
だけどこれ以上私だけ慌てるのも少しだけ癪で、むすっとしながら桃をフォークでさしてソラちゃんのほうへ差し出す
「ありがとうございます」
ソラちゃんはお礼を言うとぱくりとそれを口に含んで、ちゃんと咀嚼してからごくりと飲み下す
「……やっぱり、味とかそういものは感じられませんね」
それから暫くしてから少しだけ残念そうにそう呟く
「そっか……」
同じ食べ物を分かち合えたことは内心嬉しかったけど、やっぱり味までは共有できなくて、少しだけ寂しいと思ってしまう
「でも、満足です」
だけどソラちゃんは少しも悲しそうにはせずに嬉しそうにそう言って笑う
「ソラちゃん……」
そんなソラちゃんにやっぱり私のなかには違和感がポンポンと浮かんできて
ふと、名前を呼ぶ
「何ですか?」
そうすればいつも通りのソラちゃんが不思議そうに少し首を傾げる
「変なことを言う……変なことを言うけど……本当にソラちゃん……?」
私は一呼吸置いてから真剣にそう問いかける
「それ以外に誰がいるんですか……」
そんな私の真剣な問いかけにソラちゃんは呆れた様子でそう返してくる
あ、今の感じはいつものソラちゃんだった
「だ、だってだって! 私の記憶のソラちゃんはこんなことしないからっ……」
私は足をバタバタさせながらソラちゃんに叫ぶ
そう、ソラちゃんは自分から私の手を握ったり、私と同じことをしてみたいなんて言ったりしない
それこそキスだってそうだ
それにこんな風に楽しそうにずっと笑っているのだって見たことがない
それが決してダメなことかと言われればそんなことはない
むしろ私からすれば手を握ってくれることは嬉しいし、色んなソラちゃんを見れるのは楽しいことだ
だけどこんなにポンポンと与えられれば私の心臓がもたない
「……まぁ、そうですね、確かに普段の私はそういうことはあまりしませんが、先ほども言った通り、今日の私はそれなりに高揚しています、だから、今だけはこうして、やりたいようにやるんです、まぁ、シェルターにたどり着く前には普段の調子に戻ると思うので嫌でなければ付き合ってください」
ソラちゃんは少しだけ逡巡した後に現状を説明してから困ったように眉を下げて付き合って欲しいとそう付け足す
「私は……構わないけど……」
そんなソラちゃんもまた新しく見るソラちゃんで、私は肯定しながらもは気恥ずかしくて少しだけ視線を反らす
そしてそれと同じくらいに
シェルターに戻る頃にはこんな積極的で、自身の意思を明確に示してくれることがなくなるのかと思うとそれはそれで寂しいと、名残惜しいと思ってしまう自分がいた
「ありがとうございます、それでウミさん」
お礼を言いながらソラちゃんは会話の話題を切り替えるように私の名前を呼ぶ
「どうしたの?」
私は口のなかに放り込もうと思っていた桃を缶に戻してから聞き返す
「月陽の都の整備が終わったら、その後はどうするか、決めましたか? 月陽の都でたくさんの人の安全を確保したい、それがあなたの行動理由だった、ですがそれもきっとアカネさんがいれば近い未来の話です、その後、夢を叶えたあなたは、一体、どうするんですか?」
先ほどまでの和やかな雰囲気とは一転して真剣な表情でソラちゃんはそう問いかけてくる
「それは……ちゃんと考えてみたことがあってね、聞いて欲しいんだ」
ソラちゃんとこの後の話をした後に私はしっかりと自身のその後を考えて、決めたことがあった
だから私は、それをソラちゃんに聞いて欲しいと思って、桃缶を地面に置くと真剣にソラちゃんの瞳を覗き込んで続けた