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第143話 帰ろう


 一瞬、何が起きたのか分からなかった

 確実に重なったひんやりとしたそれが数秒も経たないうちに離されて、私の目に移る血の通っていない筈のソラちゃんの顔が少しだけ赤いような気がして、そこでやっと、何が起きたのかを、理解して

「…………な、え、まっ……えっ……!?」

 言葉にならない言葉を発しながらずりずりと後ずさってソラちゃんから思い切り距離を取る

「ソラちゃ……今っ、き、キスをっ……え、な、何で!?」

 私はまごまごと話しながら色んなところに視線を泳がせて自身の唇に指で触れる

 基礎体温の高いほうである私の唇が、まだ少しだけひんやりとしている、そんな錯覚さえ覚えて、おそらく恥ずかしい程に私の顔は真っ赤なことだろう

「あははっ…少し驚きすぎじゃないですか?」

 一瞬だけポカンとした後にソラちゃんは堪えきれないといった様子で思い切り吹き出す

「驚くに決まってるじゃんっ!! いきなり何で!?」

 私達がキスをしたのはこれで二回目

 まぁ、あれを一回とカウントしていいのかは分からないが

 それだけなのだ

 そして、二度目はユートピアにたどりつけたらさせて欲しいと頼んでいた

 だからこそソラちゃんの急な行動に動揺が隠せない

「いや、一度目があなたからだったので、やられっぱなしは性に合いませんから」

 ひとしきり笑ったソラちゃんは迷うこと泣くそう告げる

「……え、それが理由なの……?」

 ソラちゃんのあげた理由に軽く絶句してしまう

 負けん気から私はキスをされたのか?

「冗談ですからそんな顔しないでください、実際の理由はこっちです、私がただ、したかったから」

 一瞬ショックを受けた私にソラちゃんはすぐに否定して今度はきっと、本心を語る

「っ……」

 瞬間またブワッと顔に熱が溜まる

「ユートピアに無事にたどり着いたらしよう、という話でしたが……それを私が待てなくなってしまった、それだけです、嫌、でしたか……?」

 ソラちゃんは同期を説明しながら最後に不安げに瞳を揺らしてそう聞いてくる

「ん゛……嫌か嫌じゃないかで聞かれれば……十対零で嫌じゃないです……」

 美少女というものは何をしても板に付くとはいうがこれは、流石に卑怯だ

 私は自身の敗けを認めてうつむきかげんにそう返す

「それならよかったです」

 そうすればソラちゃんは安堵した様子でそれだけ言った

 瞬間

 コンコンッと壁を叩く音がして二人揃って慌てて音のしたほうへ視線をむける

 新しい敵が現れれば流石にもう、これ以上は戦えない

「ごほんっ、申し訳ないがそういうことはもっとこう、適した場所でしてくれないか?」

 だがそんな緊張も一瞬で解消される

 そこに立っていたのはポチに支えられたヤマトさんだったからだ

「……ヤマトですか、何のようですか?」

 ソラちゃんはさっきまでの楽しそうな声色をどこへやら、いつもの調子でヤマトさんにそう問いかける

「あからさまに嫌そうな顔するなよ……せっかくこんなボロボロの身体で何とかここまで来てやったのに」

「呼んでませんよ?」

 苦笑いしながらそう返すヤマトさんにソラちゃんは即答でそう答える

 外でのやり取りはただうまく噛み合っていないだけなのがよく分かったが今のは悪意が込められている

 それなりに一緒に旅をしてきたのだから流石に私でもそれはわかった

「そ、ソラちゃん……あの、ヤマトさん身体のほうは?」

 私との時間を邪魔されたのがよほど嫌だったのかと思うと嬉しくもなってしまうが流石にヤマトさんが可哀想すぎるのでフォローを入れる

「……ひとりでも優しくしてくれるやつがいるだけで泣けてくるぜ全く……言っただろ? あたしの身体は頑丈だって、もう動ける、ポチの手も借りたしここまで来るのはそう大変じゃなかったよ」

 ヤマトさんはまた人間臭いことを言いながら隣にいるポチの頭を撫でる

「それならよかったです」

「……ソラ、お前もこの子を見習え」

 私が少し安堵してそう返せばヤマトさんは視線をソラちゃんへ向けてそうぼやく

「……」

 だがソラちゃんはあからさまに視線を反らしてむすくれたままである

 出会った当初はそれこそ氷の女王のようだったソラちゃんがここまで感情を露にするのは流石に想像がつかなかった

 まぁ、今は気持ちも高揚しているようだからしばらくしたら戻ってしまうだろうけど

「まぁ、いいか、それにしてもお前達はすごいことをやってのけたみたいだな、これが元はヨハネ博士だったものなんだろ? 外から見てても屋敷が揺れてたよ、こんな化物倒しちまうようなやつとあたしは戦ってたのか……」

 ヤマトさんは建物のなかに視線を巡らせながらそう言って、最後に苦笑いをする

「……用件を早く教えていただけますか?」

 だがソラちゃんはそんなヤマトさんをさらに急かす

「褒めてやってんのにそれでもダメなんだな……まぁいい、朗報だ、聞いて喜べ、シェルターへと進軍していたゾンビイーターの隊が敗走したとの連絡を受けた、これで完全にあたしたちヨハネ陣営の敗けが決定した、ということだ、よかったな」

 ヤマトさんの言葉に私は強く息を飲む

 この廃退した世界では連絡ツールというものはもうほとんどが機能していない

 だが流石に政府管轄の組織であれば何らかの連絡ツールを用いていても何もおかしなことはない

「……っ! ソラちゃん! 良かった……アカネさん達も勝ったんだ!」

 私は嬉しくなってソラちゃんの手を強く掴んでブンブンと振る

 大丈夫だと、信じていてもそれでも不安が百パーセント消えるわけではない

 だからこそ、こうして実際に生存を確認出来れば一気に心の靄が晴れていく

「……それは、確かに朗報ですね」

 それはソラちゃんも動揺だったようで少しだけ、目尻を下げて手は私に好きなようにされたままだ

「と、いうわけだから、後の上層部への通告、報告諸々はあたしが請け負うからとっとと帰れー」

 そんな私達を見てヤマトさんはしっしと手で追い払うようなジェスチャーをする

「何で、そこまでしてくれるんですか?」

 私はふと、疑問に思ったことを問いかける

「ん、あたしまた疑われてるのか?」

 私の質問にヤマトさんは苦笑いを浮かべながらそう聞き返してくる。

「あ、いえ、もう疑ってはいないんですけど、普通に疑問で……」

 だから私はすぐにそれを否定して説明し直す

 ヤマトさんの持論を聞いた以上最早疑う意味などないだろう

「よく考えてみろ、ヨハネ博士がいなくなったってことは近いうちにアカネ博士が戻ってきて全権を握る、そしてあたしはその統轄下のゾンビイーターを率いることが決まっている、ということは、だ、今のうちに上司になるであろう人物には媚を売っていく、そういう算段になるな」

「はぁ……」

 ヤマトさんの筋は通っているようで、いかにも漫画に出てくる小物のような言い回しに私は何とか返事を返す

「いや実際に社会人やってくならけっこう必要なスキルだからな、参考にしていいぞ」

 だがヤマトさんはそんなこと気にも止めた様子もなくそう言って笑う

 社会人云々とかではなくそもそもこの世界では役に立ちそうにないスキルだ

 覚えておく必要は……おそらくない

「……相変わらずですね、あなたは」

 そんなヤマトさんを見てソラちゃんも呆れた様子でそうぼやく

「それだけが取り柄なもんでな、というわけでほら、とっとと行った行った、それで早く元気な姿を見せて安心させてやれよ」

 だがヤマトさんはそれも流してさっさと帰るようにさらに促してくる

「ありがとうございます! ソラちゃんも!」

 これがヤマトさんなりの優しさであるということは勿論理解している

 だからこそ私はお礼を伝えて、それからソラちゃんにも促す

「……ありがとうございます」

 ソラちゃんも少しの間の後に立ち上がると礼を述べて歩き出す

 既に身体の調子は戻っているようで少しだけ安心する

「ん、じゃあまた今度ー」

 そして私達はヤマトさんとポチに見送られながら永かった決戦の地を後にした

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